増幅用魔導具
「じゃあ魔導会議に行って来ますから、留守番お願いしますね。」
「ほーい、師匠、行ってらっしゃい」
「ソイニーさん行ってらっしゃい」
ソイニーさんは迎えにきた黒塗りの車に乗り込み、王宮へと向かった。
「師匠行っちゃったね。本当に魔導具士のことを他の魔導士に聞いてくるのかな?」
「ソイニーさんのことだから聞いてくるんじゃないですかね」
「アスカ〜半年以上生活して来て、段々師匠のことがわかって来たね〜師匠はそういうところ、律儀だからね」
僕は今日、自分の進むべき道を決めねばならない。
社会的に嫌われている魔導具士になるか、もう上達しない魔導をこれからも修行し続けるか。
どちらも待つものは絶望である。
どちらも自信とプライドを失う選択である。
しかし、選ばねばならない。
なんどもなんども考えながら難しい顔をしていると、ユミ姉が僕の隣に座った。
「あんまり考えすぎちゃダメだよ、アスカ何かいい方法はないかね、アスカの魔導士として強くなりたいという願望を叶える方法が‥‥‥」
ユミ姉とソイニーさんは、これまで親身に僕のことを考えてくれて来た。
今だって、ユミ姉は僕のために最善の方法を考えてくれている。
だけど、そんな都合よくいかないのが現実なんだよな———
「って、ちょっと待って、アスカ、自分用の増幅用魔導具って作れないの?」
「え? どういうことですか?」
「盲点だったわ、魔導具ってただ魔導を発動しやすくするものだけれども、こんなに精巧な魔導具を作るアスカなら、自分の魔導を増幅させ、さらに強力な魔導を現界させることができる魔導具が作れるんじゃない?」
確かに、言われてみれば、自分の魔導力を何倍も増幅する魔導具はこの世に存在しないが、案外できるかもしれない。
直感がそう告げている。
「ちょっとやってみます。ですけど、この場合軍事用の魔導石が必要になってしまいそうです。高価すぎてとても買えそうに‥‥‥」
「ここはどこでしょう。ソイニー師匠の家で、工房です。世界中のお宝や、高価な魔導石がわんさかある場所だよ。そんな心配しなくても、ここに軍事用魔導石があるよ!」
「え、そんな勝手に使ったら怒られてしまいますよ」
「まあ、大丈夫だって、この軍事用魔導石がいくつも買えるぐらいソイニー師匠は王国からお金をもらってるし」
大丈夫なのかどうか、よくわからない回答だったが、僕の好奇心が、ソイニーさんに怒られるかもしれないという懸念を勝る。
早速、魔導増幅用魔導具の作製に取り掛かる。
実は、昔、一度だけ同じようなことを考えたことがあった。
魔導が使えない僕が魔導を使えるようになるためには、そういう魔導具が必要だと思ったからだ。
まあ、必然の思考である。
だから、イメージするのは簡単だ。
魔導回路に魔導を溜め込む領域を増設し、最大限溜め込んだ魔導を一気に放出する。
これで、弱い魔導でも溜めて溜めて、溜め込んで放つことで、強力な魔導を現界できるようになる。
理論は完璧だ。
集中して、魔導石から魔導を抽出して、魔導木に精巧に魔導回路を形成していく。
1時間後、遂に、完成した。
「ユミ姉、完成しました!できました!」
「アスカ本当!? やったわね。これで本当にアスカの魔導を増幅できたならば、あなたは、魔導士としてやっていけるわね。師匠が帰ってきたら、大規模結界を敷いてもらって、その魔導具を試そう!」
早く使ってみたい。
そう迅る《はや》気持ちを抑えて、魔導具をズボンのポケットにしまった。
「まあ、取り敢えず、ソイニー師匠もまだ帰ってこないだろうし、お昼にする? 折角だし外に食べに行こうか、バイク取ってくるね」
そして、ユミ姉と一緒に横浜中華街に来た。
「さあ今日は食べ放題でも食べようか!この後、師匠に成果を見てもらうために、沢山食べておこう!」
ユミ姉はテンションが高いまま、少し高めの食べ放題店に入って行った。
ーーー
「ほらほら、アスカ、口に汁がついてるよ」
ユミ姉が布巾で口元を拭いてくれる。
「ユミ姉いいよ、自分でできるから」
「遠慮しなくていいのよ」
「遠慮じゃないから」
単純に恥ずかしいのだ、ユミ姉。
だけど、そんなことユミ姉にとってはお構いなしらしい。
「アスカが来てから私嬉しいんだ、弟がまたできたみたいで」
「また?」
「あ、アスカには言ってなかったね。私ね、本当は弟が1人いたんだ。もう死んじゃったんだけどね……」
「そうなんですね」
ユミ姉は明るく振る舞ったが、目の奥は悲しさに染まっていた。
「まあ、だから、とにかくアスカのことはこれからも大事にしていくからね、さあさあ、もっと食べようか」
ユミ姉が店員を呼ぼうとする。
だが、それは携帯が鳴ることで妨げられた。
ーーぴぴぴぴん
「ユミ姉、携帯が鳴ってますよ、それにしてもめちゃくちゃ大きい音でしたね」
「そうね、魔導孤児院のお手伝いさんからメッセージが届いたみたい」
先程までの天真爛漫なユミ姉はそこにいなかった。
真剣な顔つきで、ふざけたことを言えばすぐに叱られそうな雰囲気を醸し出している。
そして、ユミ姉は呟いた。
「コード999《スリーナイン》……」
一瞬の静寂が訪れる。
そして次の瞬間ユミは大声を出しながら立ち上がった。
「アスカ行くよ、すぐにバイクに乗って。店員さんお金はここに置いて来ます。お釣りはいりません」
ユミ姉はものすごい勢いで駆けていく。まるで全力で修行している時のような身のこなしである。
僕も、只事ではないことを感じたので、急いでユミ姉を追う。
「さあ、早く」
10 m手前から投げられたヘルメットをすぐに被り、バイクの後ろに座る。
すると、すぐにユミ姉は急発進した。
「ユミ姉! 一体どうしたんですか!?」
やっと、何が起きているか聞く機会が訪れた。
もう、何が何だかわからない状態である。
「アスカ……」
ユミ姉の重苦しい声が、ヘルメットに備え付けられたイヤホンから聞こえてくる。
「コード999《スリーナイン》がメッセージで届いたわ。このメッセージは……」
「メッセージは?」
固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「孤児院からの緊急救援要請よ、今、魔導孤児院あすなろ荘が何者かに襲われているわ」