戦う理由は他にもある
次の日午前10時
空はこれでもかというほどの快晴だった。
「さあさあ、早く乗りなよ」
ユミ姉は、家の前に大型バイクを止め、僕に早く乗るように促す。
いつもは、ワンピースや清楚系な服装をしているのに、今日はレザー系の服でカッコよく決めている。
ユミ姉は、本当に顔立ちがいい。
だから何着ても似合う。
「アスカ〜、私に見惚れてないで、早く後ろに乗って〜」
「あ、ごめんなさい、ユミ姉」
バイクの後ろに乗ると、「さあ行くよ」と言ってユミ姉はバイクをかっ飛ばす。
「ユミ姉、早いです」
「なんだって?アスカビビってるの〜?」
前の方から笑い声が聞こえる。
ユミ姉はいつだって楽しそうだ。
誰も傷つかないよう、誰も寂しい思いをしないよう、周りを明るくするためにユミ姉は笑うらしい。
実際、ユミ姉の笑顔は、魔導をうまく扱えない僕にとって、心のモヤモヤを和らげてくれた。
「さあついたよ」
辺りを見回すと、鮮やかで心地よい新緑が広がっている。
その間に、一箇所だけ開けた空間があり、そこに平屋が建っている。
「いらっしゃい、思ったより早かったわね」
急に誰かが声をかけて来たかと思いきや、それはエプロンを付けたソイニーさんだった。
「ソイニーさん、一体何をしてるんですか?」
「私? あれ、ユミさんもしかして、何も伝えずに来たんですか?」
「えへへ、サプライズ感があった方が楽しいかなって思って」
「全くユミさんは。それはそうと、アスカさんようこそ、あすなろ荘に」
「あすなろ荘‥‥‥?」
「わーユミ姉さんだ〜」
僕が状況の把握に戸惑っていると、平屋から勢いよく、10人ほどのちびっこたちが駆け出して来た。
「皆んな久々だな〜今日はめいいっぱい遊ぶぞ〜」
「ユミ姉、今日はちゃんとズボンなんだね」
「そうだよ、今日はズボンだから鬼ごっこだってできるぞ〜待て〜」
「あはは、逃げろ〜」
ちびっ子達とユミ姉は、楽しそうに遊び出す。
ただ、僕はまだ、ここがどういった場所なのか理解できてなかった。
「ソイニーさんここはなんですか」
「アスカさん。ここは魔道士の孤児院です」
「魔道士の孤児院?」
「そうです。魔道士は戦争が起きれば必ず出撃します。いわば戦略兵器ですから。
しかし、戦争に行けば死ぬ魔道士だっています。
そして、その魔導士にだって子どもはいます。ここは、魔道士の親を戦争で亡くした子ども達のための孤児院です。」
「そうなんですか……」
「そして、魔導士の子どもは、魔導の素質を持っているため、拉致して魔導兵器にしよういう輩も多くいます。ですので、こうやって守ってあげる大人が必要なのです。
まあ、取り敢えずこちらでお茶にしますか?」
ソイニーさんについて行き、ベランダで、出してもらったお茶を飲みながら、ユミ姉と子ども達のかけっこを見る。
すると、
「ねえねえ、お兄さんは遊ばないの?」
裾を小さな女の子が引っ張る。
「僕と遊びたいの?」
「うん!遊びたい」
「じゃあ、仕方ないな〜」
僕は内心喜びながらも、その喜びがバレないよう表情を気をつけながら、女の子と外に出た。
「アスカ遅いぞ、じゃあ、アスカが鬼な、みんなあのお兄ちゃんから逃げろ〜」
『わー』
皆んな一斉に、楽しそうに散らばる。
僕はそんな子ども達を、絶妙な塩梅で
「悪い子はいねーか?悪い子はいねーか?」
と呟きながら追いかける。
「私悪い子じゃないもーん」と言いながら子ども達も逃げ回る。
「アスカ、それナマハゲじゃないか」
ユミ姉も僕の奇言に笑っている。
なんとも楽しい時間だ。
1時間くらい遊んだ後、原っぱに横たわる。
すると2、3人の子ども達が寄ってきて、手を繋いだら、足にくっついてきたりした。
「お兄ちゃんもユミ姉さんと同じで、魔導士なの?」
2人の子どもが話を切り出す。
確か、アスナとユウキっていう名前だったような。
「魔導士というか、魔導士見習いだね」
「すごーい、って国に5000人くらいしかいないんでしょ、お兄ちゃんすごいね」
「そんなことないよ。アスナちゃんの方が優秀な魔導士になれるんじゃない?」
「私は、魔導士になりたくない。だって怖いんだもん」
「怖い?」
「お父さんやお母さんは、魔導士だから死んだって周りの大人が言ってた。魔導士になると死んじゃうんだって。お兄ちゃんとユミ姉さんも死んじゃうの?」
そうだ、この子たちの親はみんな魔導士で、戦争で死んでしまったんだった。
「大丈夫、ユミ姉さんは強いから死なないよ。それに、僕だってもっと強くなるから死なない」
「約束だよ、絶対死なないでよ。もっとお兄ちゃんと遊びたいから」
そんなこと言われたら、容易に死ねないじゃないか。
死んだらこの子達が悲しむ。
ならば、もっと修行して強くならないと。
あーユミ姉が僕をここに連れて来た理由がわかった。
これまでの自分は姫様にお近づきになるため、前世の過ちを繰り返さないために強くなろうとしていた。
どこか現実離れした、曖昧な目標のために努力しようとしていた。
だが、実際には魔導士を必要としている人は沢山いる。
だから、ユミ姉は、強くなりたいという思いを、もっと具体的で明確な目標と結びつけるためにここに連れて来たのか。
さらに、未だに米帝や他の国との争いはなくならない。
もし他国が攻めて来た時、
僕は、親を亡くしたこの子たちを、危険な目に遭わせたくない。
僕が強くなって、ソイニーさんやユミ姉さんと一緒にこの子達の笑顔を守るんだ。
夕刻、子どもたちは
「ユミ姉さん今度いつ来るの〜」とか、「もっと遊びに来てよ〜」とか言いながら、名残惜しそうに、ユミ姉にひっついている。
僕の方にも、今日「死なないで」と言って来た子ども達が引っ付いている。
「すっかり懐かれたね、アスカ」
ユミ姉が、嬉しそうにこちらを見ている。
「はい!」
僕も嬉しさを隠しきれず、大きな声で返事をした。
「はいはい、皆さん、お兄さんとお姉さんは帰る時間ですから、バイバイしましょうね」
ソイニーさんが、子どもたちを諭しかける。
子ども達は、渋々離れると、バイバイと手を振る。
僕とユミ姉は、名残惜しかったが、そんな子ども達の姿を目に焼き付けてから、バイクで帰宅した。
帰り道、ユミ姉は嬉しそうに話しかけてくる。
「アスカ、目の色が変わったね。私達は魔導士というだけで、様々な人から期待されている。
そして守らなければならない。あの子達もその中の一つだよ」
「はい、ユミ姉、守るべきものがいることが明確にわかりました。自分のことだけ言ってられないことも。後、死なないという約束もしたので」
「そうか、あの子達の笑顔を守るためにも、死ねないな。
明日からも修行頑張ろうな」
「はい、ユミ姉、ありがとうございます」
「私は何もしてないさ、アスカが勝手に自分で成長しただけだよ」
大きく暖かな色をした夕日が静かに輝く。
夕日の色に染められたように、僕のやる気にも夕日のように輝き出す。