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天才博士と凡骨機械

作者: 枯野 常


 さて、天才と言えば世俗を嫌いヒトの営みと距離を置いて生活をするのが常である。


 ――――というのは、私を作った博士の言である。


 これでもうお察しかと思われるが、博士は自他ともに認める天才だけれども、大変残念な思考回路とお人柄をした人物なのだ。


 私のような家事護衛秘書その他諸々オールマイティにこなす大変高性能なロボットを作っておいて、彼は「天才の処女作とは何処かレトロで懐郷的な外見をしていなければならない」と宣いやがり、普通の人間のように振る舞えるはずだった私の関節を球体関節にしてしまうようなクソやろ……失礼。謎の「ルール」を持って生きている。尚、球体関節だというのに大変滑らかに、人間と同じように動けるので特に困ったことは無い。そこも彼が天才たる所以なのだ。


 そうしてそんな彼は今、とある界隈に生息する人類が求めて止まないある機械の発明に就寝している。


「オイ凡骨、何をぼーっとしている、茶を持ってこい」

「……おや博士、一七二時間五四分四四秒ぶりですね。今私は開発が中断された無人惑星の電波に博士の悪口を送っていたところです」

「……懐古主義の一環としてお前の時計機能を時間で止めたのは失敗だったな、こういうとき苛々する」


 まあ大変、カルシウムを取るべきですね。そう口元に手を当てて待機場所であったダイニングテーブルから立ち上がると、博士はソファに倒れ込み「そういうところだ」と舌打ちをした。


「何処でそういう対応を覚えてくるんだお前は」

「博士がパトロンの小父様やスポンサー企業の偉い方と話しているときの口ぶりからです」

「そうか、一度そのデータをリセットしろ」

「対博士においてはこの口調が一番実用的であると結果が出ておりますので出来かねます」

「……この凡骨が」


 そう捨て台詞のように答えたまま、博士はすぅ、と深く息を吸い込んですぐに眠ってしまった。おそらくこの一週間、彼は殆ど眠らずに発明に勤しんでいたのだろう。彼は計算や理論を組む際には私を使うが、実際に何かを作るという段階に入ると私のことさえシャットアウトしてしまうのだ。生命機能を最低限維持するための食事等のお世話はさせていただくが、それらも全て屋敷内の機械を介すことになり、接触は一切なくなる。


 しかし彼がこうして部屋から出てきてお茶を要求し、あまつさえ普段なら言い負かして勝ち誇った顔をするような場面で会話を放棄して眠りにつくということは、おそらく博士の発明は完成したのだ。テンションマックスで叫びだし其処彼処に連絡するよう指示をしないということは未だ試作段階なのだろうが。


「……これで、博士の大変俗っぽい願望が一つ形になるのですね。めでたいことです」


 そうしてそれは、とある狭くて深い底なし沼のようなコミュニティに属する人間たちにとっても、喉から手が出るほど欲しい代物である。


 ***


 妄想投影装置。

 それが今回博士が作った発明品の名前だ。


 ――――私の頭の中にある妄想を、そのまま絵や文といった形にしてくれる装置があったらいいのに。


 これはしばしばSNSなんかで呟かれる言葉である、と博士は言っていた。

 絵を描いたり小説を書いたりする人間で、こう思ったことのある人間は少なからずいるのではないだろうか。かくいう我らが博士もその一人である。博士はこっそり、子供の頃から好きなアニメのファンアートをイラスト投稿サイトにアップロードしているのだが、どうにも発明のように思い描いたものを形に出来る訳ではなく大変もどかしい気持ちを味わっているらしい。「俺の嫁はもっと可愛い……絵師の肉を食べればいいのか……」と深夜に病んでは非科学的なことを言って部屋の隅にしゃがみこむ博士を宥めすかしてベッドに寝かしつけるのは大変エネルギーを消耗するので勘弁してほしいというのが私の本音だ。そんな、私の受ける二次被害までまるっと解決してくれる優れものが妄想投影装置である。


 頭部に少々大き目のアイマスクのようなものを装着し、「絵」もしくは「文」に分かれたモードを選び起動させればあら不思議、接続した機械に装着者の脳に流れる信号を読み取って頭の中にあるものが自然と入力されていく、という仕組みである。詳しい理論を説明すると恐ろしい容量を取ってしまい、遠い惑星向けの電波に乗せるのは難しいので割愛しよう。


 もちろん博士は天才なので、あのあと改良や試験運用を何度かこなし、妄想投影装置を個人向けとして販売することに成功した。値段はジャッポン製の大型液晶タブレットと描画ソフト等一式を購入するのに足が生えた程度なので、社会人の賞与一回で買える程度の金額である。


 博士としては「神の作品がこれまでよりも短期間に、大量に摂取できるようになる」こと、「これまで世に現れてこなかった神を大量に発掘できる可能性がある」ことだけで報酬は十分、無償でバラ撒きたい、とのことだったが、それはパトロンの小父様とスポンサー企業の重役皆様の懇願により回避された。お坊ちゃま育ちのボンボンはこれだから、と小父様が大変殺意に満ちた表情をしていたのが何とも新鮮で、博士の警護も職務として登録されている私はうっかり戦闘態勢に入りそうになってしまったのがメモリーに新しい。けれど彼はその3分後にはお高いお酒を関係各所に大盤振る舞いしていたので、内心では博士の此の画期的な発明と、それによりもたらされる恩恵に喜んでいたのだろう。


 ――――そう、だれもが浮かれていたのだ、この新しく、様々な願望を叶える発明に。


 そして、実際に起きた事象は、私という高性能なロボットでも予想できない結果だった。


 嗚呼、ヒトとはなんて業が深く、怠惰な生き物なのだろうか。


 ***


「何て結果だ? 俺はいつから星新一の書くSSの住人になった?」

「落ち着いてホットミルクを飲んでください博士、幸いなことにスポンサーの言い分を跳ね除けてサブスクリプションではなく買い切りで販売したおかげで赤字ではないのですから」

「問題はそっちじゃねぇ凡骨、需要に反して供給が減ったことにあるんだよ」


 あああああ、とこの世の終わりのような悲鳴を上げて、博士がソファの上でのたうち回り始めた。ベッドにもなる大型サイズで良かった。博士のこの動きでは、普通のソファだったら落下して頭を打っているだろう。


 さて、此度の博士の発明――――妄想投影装置は、博士やスポンサー企業、パトロンの予想通り、大変良い収益をもたらした。しかしそれは、金銭的には、という限定的なものである。


 博士が望んでいたのは、妄想投影装置のその先、それによって博士が得る「増加した推しの供給」である。しかしながら妄想投影装置というツールは、逆の事態を引き起こしてしまった。

 例えば、安価でいつでも手に入るものがあるとしたら、それを必死になって手に入るために努力する人間はどれほどいるだろうか。「いつだって手に入る」ということは、それに対して割く労力や熱意が減少するということで、結果としてその空間に在った熱狂的な欲望の喪失に繋がってしまう。

 これまで、絵を書くにしろ言葉を紡いで小説にするにせよ、試行錯誤があり、葛藤があり、そのために振り絞られるエネルギーがあった。しかし妄想投影装置により、頭に浮かんだものをぽんぽん形に出来るようになってしまい――――結果、「いつでも作れるし今でなくてもいいかなぁ」なんていう思考を生み出してしまい、創作物の母数が劇的に減少する状況に陥ったのである。パトロンの小父様の見解では、

「これまで〆切から逆算して必死に時間を縫って作っていたものも、その必要が無くなっちゃってやる気が失せちゃったんだねぇ」ということだ。これは開発側の我々が誰一人として想像していなかった事案で、結果として自分の求める結果と真逆の世界を生み出してしまった博士は、こうして絶望に打ちひしがれているのである。日々無理やり食事を取らせているが徐々に食が細くなっていっているので大変面倒くさい。


「やはりお前は凡骨だな、この事態の深刻さがいまいち理解できていないようだ」


 クッションに顔を埋め、隈の濃い顔で私を睨む博士ににこりと口角を上げる。


「いいえ、違いますよ博士。私はデータの集積も得意な高性能ロボット。博士たちとは違う次元で未来を見通しているのです。――――私たちの生きる世界は、もしかしたら思った以上に星新一先生の世界に近いのかもしれませんよ」


 ――――だって、ねぇ博士、考えてみてもくださいよ。


 これまで自分の持っているエネルギーを、自分の世界を、思考を紡ぎ表現することに使ってきたような人たちが、この怠惰な世界に満足できるでしょうか。

 だって彼らも、一人の表現者であると同時に、沢山の供給を求めてネットワークの世界を流離っているのですから。


 更新の止まったホームページ、新作のアップされないイラスト投稿サイト、欲しいものが供給されないもどかしさ。

 皆今までそれと戦い、自分から発信することで同志を集め、また布教して仲間を増やし、そうしてコミュニティを増やして生きてきたのです。書くということはあのコミュニティにおいて、供給であると同時に自己の需要に対しての投資という側面もあると推測できます。


 更に、何かを産み出すことに快楽を見出してしまった人間は、どうしたってそこから逃れることなど出来ずにまた戻ってくることになるでしょう。それは他者からの感想だけではなく、達成感から分泌される脳内物質が麻薬のように作用しているようです。


 その証拠に、「こんなの欲しいな……」「誰か書いて」「いやもう書いて押し付けて書いてもらうしか」なんて言葉が、SNSという小さくて大きな世界の端っこで少しずつ泡のように湧き出し始めているのですよ。きっとあと数日もすれば、この「怠惰」にも飽いてペンを手に取る人間が出始めるでしょう。


「大丈夫ですよ、博士。人間はどうやら、予想以上に欲深く、業が深い生き物のようですから」


読んでくださりありがとうございます。

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