魔王だけど側近が強すぎて正直自信なくしてる
マルスラは歴史上、魔王軍に対抗するための勇者や聖者を何人も生んできた、いわゆる『人類の希望の都市』だ。
「噂によるとここに例のモノがある様です」
「そうか」
とある冬の昼間、そんなマルスラの住宅地を2人の男が歩いていた。1人は長身で、もう1人は威厳に満ち溢れている。
「静かですね、マルスラは年中賑やかな都市のはずですが」
長身の男が威厳ある男に話しかける。
マルスラは危険とかけ離れた都市としても有名だった。勇者の加護を受けるその都市は、常に平和に満ち、人々の笑い声溢れていると言われているのだが…。現在、男達が歩いている住宅地に彼ら以外の人影は見受けられなかった。
「だってそりゃお前……」
普段は考えられない光景。しかし理由は明白だった。
「魔王と側近が近所散歩してたら誰だって静かになるだろ」
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サタン・レグリウス三世。
それは邪智暴虐にして、史上最悪の魔王の名。この世界でその名を知らない者はいない。
魔物達の頂点に君臨し、その手刀は海を裂き、その蹴りは山をも砕く。彼に反逆しようとした者は死より恐ろしい苦しみを永遠に味わう事になる。
それが、世間のイメージしてる魔王………もとい俺の姿らしい。
改めまして、こんにちは。魔王やってるサタンって言います。
突然だが俺は今、聖なる都市『マルスラ』に来ている。本来魔王が勇者を幾人も輩出した街に来るのは色々危ないし、前代未聞な事なんだが…。なんで俺がこの様な危険を冒してるかっていうとそれは全部、
「目的地はこの先です、魔王様」
コイツのせい。
パイモン・ギューリオス。我が魔王軍の参謀で、俺の側近。俺がおとんから魔王の称号を受け継いだ時からサポート役としてそばについてくれてる頼りになる部下だ。
事の発端は数日前、コイツとババ抜きで遊んでいた時のことである。
『魔王様、お願いがあります』
『なんだ?心理戦か?負けねぇぞ?』
『クリパがしたいです』
『くりぱ?』
くりぱってなんだ?
最初は何のことか全くわからなかった。『黒魔術を用いた龍神召喚の…なんとか』の略みたいな感じかなって思ってた。
しかし、話を聞いていくとクリパとやらは『くりすますぱーてぃ』とか言う神関係の何者かの誕生を祝う物であるらしい事が分かった。
魔王と悪魔が神関係のイベントやるってどうなのよ?そんな理由から最初は却下したが、パイモンはどうしてもクリパがやりたいらしく、その熱弁に押され、俺は遂にクリパなる儀式の実行を許可してしまった。
まぁ何か悪影響のある物ではないらしいし別に良いか。とか思ってたら、
『では魔王様、近々マルスラへ行きましょう』
『マルスラってあの勇者だらけの都市だろ?何で?』
『クリパではクリスマスツリーと言う飾り付け用の木を用意するのが慣例なのです。マルスラにはツリー用の質の良い木が売っているとか』
『そんな事なら魔王城の周りの木使えば良いじゃねぇか』
『誰があんなぐにゃぐにゃの趣味の悪い木を使いたいと言うのですか』
『言いやがったなお前!一応あれ植えたの俺のじいちゃんだからな!!』
なんて色々言い合ってるうちに、俺はいつの間にかパイモンと二人でマルスラへ買い物に行く約束をしてしまっていた。
――んで、現在。
「この道をあと数分歩いたところに木材を売る商人がいるとか。そこで売っているツリー用の木を買ったら今日の公務は終了です」
コイツちゃっかりクリパを公務にしてやがる。
「あのさ、ずっと思ってたんだけど俺来なくて良かったんじゃね?街の人ガンビビリして家籠っちゃってるし、俺クリパ全然知らないし」
「そうはいきません。クリスマスツリーはクリパのシンボルとなる重要かつ神聖な代物。それほど大事なツリーを魔王様以外の誰に決めさせる事が出来ましょうか?」
悪魔が神聖とか言っちゃってるよ。
「まぁ大事な物だってのは分かるけどさ…」
「……魔王様、少々ここでお待ち下さい」
「ん?どした?」
反論しようとしたら、パイモンは突然後ろを向き、スタスタ道を引き返して行ってしまった。
「全く、なんだってんだ…」
その行動の意味は分からないが、待てと言われたので取り敢えず待ってみる。
「ぐぇ!」「うわぁぁぁ!」「くそっ!こんなところで!」
暫くすると遥か後ろから多種多様な叫び声が聞こえてきた。
「うぅ……」「ぐは………」「く、くそ……」
そして聞こえる呻き声。
…………。
「お待たせしました」
「お帰り。一応聞くけど……何やってたんだ?」
「魔王様の命を狙う勇者がいましたので」
「あぁ…やっぱりシメてたのね…」
このパイモン、有能で行動力のあるすごい奴なんだが、一つ欠点がある。
それは……強すぎるって事。
本来勇者ってのは人間を好きな神が普通の人間に特別な力を与えて生まれるもんで、魔王の俺でも倒すのはまぁ手こずる。一般の兵なら一人倒しただけで大手柄、幹部や将軍ランクでもワンパーティ、つまり四人倒せば褒美が出るのだが…
「何人倒した?」
「176人です」
「衆議院比例代表の人数!?」
コイツは息を吐くように倒しちゃう。
「やっぱお前すげぇな…」
「一応法律の規定内に納めておきました。あの分なら、奴らは三ヶ月で全快するでしょう」
「えぇ…」
勇者はただ倒すだけでも凄い敵だというのに、コイツはさらに恐ろしい事に、そいつら相手に結構手加減してるらしい。まぁなんでそんな事してるかっていうと、俺のせいなんだけど。
俺は平和主義なんで、魔王に就任した時、戦闘において自分の命が危ない時以外は相手の命は奪わない様にしろっていう法を作った。ぶっちゃけ基準が曖昧なのでこんな法を守るやつほとんどいないんだが、パイモンはこの法が出来てから本当に相手に対し全力を出した事がないのだ。
「悪魔たる者この程度やってのけて当然です」
お前もう魔王やれよ。
強いのは良い事なのだが、この様にパイモンは強すぎなのである。欠点となるくらい強い。戦闘中、コイツが気まぐれで前線に立った瞬間他の連中は『もういっか』みたいなムードになってくる。やる気は出せ。
「時に魔王様」
「ふぁい!?」
急に呼ばれて変な声が出る。
「先ほどの勇者の軍勢からも分かるように、私達が来る事はなんらかの手段でバレていたようです。目的地までそう遠くはありませんが、どこから勇者が襲ってくるか分かりません。念のためご用心を」
「あ、あぁ分かった」
まぁ…多分必要ないだろうな。
――その後、俺は本当になんの心配をする事もなく街を歩いていった。
『魔王様、クリスマスではサンタとやらに何かプレゼントを願うのが慣例らしいのですが…』
『うぉぉぉぉ!魔王、覚悟ぉぉぉ!!』
『何を欲しますか?』
『プギャ!!』
『今片手間で倒した!?雑談の片手間で勇者倒した!?』
『ふふっ、魔王…貴様の直接攻撃の恐るべき威力は把握済みだ。だから我ら遠距離攻撃パーティは距離をとって…』
『にょ〜ん』
『『『うぁぁぁぁぁ!!??』』』
『何今のビーム!?後ろの山吹き飛んだんだけど!?』
『う…魔封じの床じゃん…俺のじいちゃんこの罠でやられちゃったらしいんだよね…』
『生ぬるいですね』
ズカズカ…
『お前初代魔王の死因になった術効かねぇのかよ!?』
……こんな感じで、パイモンは木材屋に着くまでスンとした顔で敵を倒し続けていった。そして、
「ここです、魔王様」
俺達が目的地に着いた時、後方には絶望した顔の勇者達が山のように転がっていた。
「うわぁ…どんだけ勇者いんだよ、マルスラ」
「254人です。数えました」
「…………後でボーナスやるわ」
「ありがたき幸せ。しかし悪魔たる者この程度やってのけて当然です」
「お前がそれ言うたびに俺の中の大事な何かが崩れていくんだけど」
「左様ですか」
なんか泣きそう。
「…魔王様、せっかくですので勇者どもの前で何か演説なさっては?」
「え?嫌なんだけど。買い物来ただけじゃん」
「今ここでマルスラに我らの力を示しておけば魔王様が目指す無血世界征服も実現しやすいものとなるでしょう」
「そうだけどさ…」
「皆の者!!今回私が貴様らの命を奪わなかったのはこのサタン・レグリウス三世殿の御慈悲による物だ!
さぁ、その事に感謝して魔王様のありがたいお言葉を聞くが良い!」
「えぇ…」
「さ、魔王様。どうぞ」
「……………フハハハハ!その程度で私を倒せると思っていたのか人間ども!!実に愚かだ!!
今回は買い物に来ただけだしこれで許してやろう!!今後もし貴様らが本気で魔王軍を根絶したいと願わくば、悪魔に魂を売るくらいの覚悟と、整った生活リズムで生活する事を忘れない事だな!!」
「うぅ……」「く、くそ……っ」「せ、生活リズム……?」
勇者達は俺の言葉を悔しそうな顔で聞いていた。
「俺…魔王倒したら告白するって決めてたのに…」
なめんな。
「………」
何故だろう。我が魔王軍(2人)は勇者達を完封したはずなのに…演説してる間、俺は勇者達に負けず劣らず、何かに対してめちゃくちゃ敗北感を感じていた。
「さすが魔王様です。素晴らしい演説でした」
「うっせぇ」
勇者達の前での演説を終えた俺は涙ぐむパイモンを従えて木材屋に入っていった。
「くそ……魔王の側近も倒せないなんて…魔王はどんだけ強いんだ………」
なんかすっごい誤解されてる気がする。
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「よし、コレで飾り付けも完了です」
「おぉ、出来たか」
あの後、俺達はきっかり一時間かけて納得できる様なクリスマスツリーを探した。
『コレなんてどうでしょう?』
『お?良いんじゃないか?堂々としてるし枝の分かれ方も綺麗だ』
『じゃあコレにしますか、店主。コレを』
『は、はい…2万ゴールドになります…』
『この割引券は使えるでしょうか?』
『お前そんなモン持ってたのか』
『悪魔たる者取引は狡猾に。先代の教えです』
『多分先代そういう意味で言ったんじゃねぇぞ』
そんなこんなで買ったツリーは魔王城のエントランスに運び込まれた。ツリーの飾り付けは俺、パイモン、そして数人の召使で数時間かけて行われた。
「おぉ…」
完成したツリーを見上げる。
こうしてみるとなかなか美しいな、クリスマスツリーとやら。うん、俺が飾り付けしたクァンババの実やモニョロゴニョロが良い味を出している。
「魔王様の飾り付けセンスねぇよな……」
「マジであれ撤去してぇ…」
…………聞こえなかった事にしよう。
「なかなか美しいものですね、魔王様」
パイモンは俺の隣でツリーを見上げていた。いつもスンとしているパイモンだが、今は心なしか目が輝いてる気がする。
「さて、ツリーも完成しましたし、後は5日後のクリスマスを待つのみです。魔王様はサンタとやらに欲する物を決めましたか?」
「そうだな、俺は西大陸が欲しいと願うつもりだ。あそこを手にすれば我が魔王軍の大陸侵攻はより容易になるだろう」
「それは素晴らしい願いです」
「お前はどうだ?パイモン」
「私は力を欲します」
「え」
「もし私により強大な力が有れば、もっと魔王様のお役に立つことができますから」
お、お前………
「その願いだけは絶対にやめろぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
後日、俺は西大陸、パイモンはクマのぬいぐるみが欲しいとサンタに願ったが、サンタとやらが俺たちのもとに現れる事はなかった。