表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誘い水LINE  作者: 氷室
6/11

第五話 氾濫する濁流

 ポキポキ。

 いつもの音が鳴る。


 2018年12月2日 2時54分

『俺はだんだんというか本格的に、会社の人達の価値観と逸れてきている気がする笑』

「今更かよ」と心の中で悪態を吐いたが、それは胸の奥にしまい込み、オセロの初手LINEの『どうしたん?』と返信。


『日頃のやり取りとか、飲みの席での話とかで』

 ふむふむ、と相槌LINE。

『去年の今頃と違って一体感はあるけど、俺はなんか違うなって思ってる。いよいよ時間ちゃんと作って自分と向き合わないとなって思う』


 時間がうんぬんではなく、ずっと自分を認識しなければならない現実から目を背けて言い訳をしている。

 それは過去から現在に至るまで、彼が成長できていない証拠でもある。


『残業+飲み、だからなー。自分を失くさないようにするのに必死笑』

 これで退職願望がフェイクである説が濃厚になった。


 本当に会社を辞めたいなら、自分喪失已然に退職を検討しているはずだ。きっと彼は、悪い環境でも頑張ってる自分に酔いしれているのだろう。

 僕が褒めてくれると思い込み、それを待っているのかもしれない。


 2018年12月6日 19時16分

『ちょー腹立つことあったー今日!』

 新たなイベント? とオセロの初手LINE。

『いや、今日社内パトロールみたいなのがあってさ、管理職が車の点検できるか試験をするみたいなイベントがあって』

 となぜか話が中断されている。

 相槌を誘ってきているので、そのまま『嫌な予感がする笑』と相槌を贈る。


『原則どこも支店長がやることになってたんだけど、〇〇支店はたまたま支店長がお客さんのところに挨拶周りに言っていなくてさ』

 また中断されている。長文でもいいから最後まで書いてから送信ボタンを押下して欲しい。

『普通そうなった場合、支店長の次くらいの立場の人がやると思うんだけど、急に上司がいなくなって俺しかやる人いない状況になって』

 ここで切られていたので、『なんでそうなるの笑』と相槌LINE。

『結局俺がやったんだけど、支店長の代理の権限得てるクソ課長にお前が代わりにやるんだからどうのこうのって言われた笑。なんで都合良い時だけ支店長の代理を俺やねん笑。普段はまだ下っ端なんだからどうのこうのとかうるせーくせに笑』


 今日のLINEは誘い水がどうのこうの領域ではない。

 江野さんも言ってくれたが、僕の返信を読まなくても内容を把握できる。どっかの企業が創ったAIのLINEにでも送ってほしい。


 2018年12月10日 20時19分

『俺らついにドライバーにさせられる笑笑』

 おお! 大型!? と相槌LINEをする。

 会社の金で大型免許を取りたいとか言っていたからだ。


『違う違う。皮肉で言っただけ笑笑。また来週から新たな仕事が始まるから事務員が固定でやるんだって笑。もうそれドライバーじゃん笑』

 違う違うじゃねーよ。なんの脈絡もなく、挙句の果てには説明も碌にしていないのに間違えない人の方がすくないだろ。


 コイツの誘い水LINEに相手をしてあげて1年も経つのに、結局進展は皆無。本当に何がしたいんだろう?


 2018年12月16日 23時27分

『寒すぎて電気毛布久々に使ったー。やっぱ超あったかいわ笑』

 だろうな。


 2018年12月18日 14時34分

『都内の道路の運転めっちゃ難しいわ』

 知ってる。


 2018年12月19日 7時38分

『最近とうとう〇〇支店パンクしてる笑笑。仕事回らな過ぎて、お客さんにストップもらうレベルまできてしまった笑』

 で、それを僕に伝えて何のメリットがあるの?


 2018年12月24日 14時33分

『ブラック企業! また新たなお笑い伝説を作る!!』

 またですか笑、と皮肉も込めて相槌LINE。

『競馬で儲けて金を新年会の費用にしようとするも全員ぼろ負け。むしろマイナスになるという自体に!』

 “自体”じゃなくて“事態”ね。


 2018年12月25日 19時33分

『一週間ガチでドライバーとして固定の仕事やってる笑。もうガチで辞めて大型免許取ろうかな笑笑。築地の方まで首都高で行くからだいぶ道覚えちゃったよ笑』

 クリスマスイブも含めて聖夜の二日間を、なんで退職しない人のために非効率な文章読んで指動かしてんだろ。

 つくづく自分が馬鹿らしく思えてくる。


 2018年12月26日 22時41分

『俺今までにないくらい連休が恋しいわ。会社ガチでしんどい。いよいよ潮時かもしれない』

 いよいよも何もずっとでしょ。

 連休が恋しいって言ってるけど、3月の時だって思ってたのに辞めなかったじゃん。

 あと、潮時はチャンスって意味だから間違えてるよ。潮が満ちたった言葉だから勘違いしてるねコイツ。


 2018年12月27日 23時54分

『やばいやばい。大事件勃発笑笑。尾崎vs支店長!』

 なんと! とオセロの初手LINE。

『尾崎が事故に合っちゃってさ。それでバタバタしてる時に、支店長飲みに行ってたからブチ切れてしまっている笑』

『でも部下事故ってるの分かってて飲み優先した支店長もなかなかやわ笑』

 ぶっとんでるわ笑、と相槌LINE。


 上記のやり取りが終わった同日、19時19分に二度目の誘い水。

『マジで天下りどもムカつく。そいつらに虐げられて、辞めたい気持ちが一層強くなってるわ』

 この辞めたい気持ちもフェイクだ。だって、虐げられていても逃走すればいいだけだ。


『今、自分の不甲斐なさとか周りの理不尽さとか葛藤してる状態なんだよねー。辞めるべきか耐えるべきか、自分の不甲斐なさともうちょっと向き合ってみようかとも思う気持ちもあるし』


 僕の感覚は正しかった。やはり辞めるつもりなど一切合切ないのだ。

 辞めるか耐えるか? これだけ回答が容易な二者択一は世間でも唯一なほどだ。


 辞めるメリット……会社から解放される(主に尾崎などの人間関係から)。

          飲み会に強制参加せずに済み、時間を確保できる。

          +飲み会代を支払わなくてよくなるので、お金の消費も軽減できる。

          寮から脱出できて、自由を手に入れる。

 辞めないメリット……現在の給料が維持しやすい(20万前後の給料)。

           寮にいる場合、賃貸よりは家賃が安い。

           大型免許を取得できる可能性がある(確定ではない)。

 以上となるが、どれだけ試行錯誤を繰り返しても即決できる。


 寮は家賃が安いと言っていたが、安い賃貸なんて探せばいいだけだし、住む地域を考慮すればいいだけだ。そのため寮を言い訳にするのは説得力皆無となる。

『仕事は好きだから』は理由になっていない。同じ業界の別会社に入社すればいいだけだし、そもそも2018年3月16日に『俺辞めたら二度と物流行かない笑』と宣言しているので、仕事が好きという発言もフェイクだ。


 とまあ、一年経ってもコイツの思考と環境は変化することなく、ただただ時間を浪費し悪い方向にだけ歩いているだけだ。

 あれだけ一人になりたいと言っていたのに、それが自分一人の決断で確保できると気づいていないなんて皮肉だな。


     ★


 年が明け、2019年になった。


「バヤシ、最近どうよ?」

「声優の仕事が静まりました。コンビニのバイトで食いつないでる。1月の後半になったからオーディションは増えていくとは思うけど、約束はされてない状態です」

「そうじゃなくてよ」

 小坂がふくれっ面で拒否をする。


 正月のコンビニは多忙で、喧騒が店から出ていくのを待っているのは毎年のことだ。

 そして2月にさしかかろうとしている月末には、客足はめっきりとなり店内は有線(BGM)の音と冷蔵庫のブゥゥゥンの音だけが奏でられていた。


「マミはどう?」

「江野さんのこと? なんで僕に聞くんだ。小坂の方が会う機会が多いだろ」

「それはそうなんだけどよぉ。パンケーキ食いに行ってる時のマミを知りたくてさ」

「どうもこうもないよ。ってか小坂からも言ってくれよ。さすがに僕の胃袋と脂肪も限界だって」

「あ~あ、甘い物になるとマミ強情だからなぁ」


 ふう……と珍しく小坂が弱音を失言している。普段は明るい奴なのに。

「小坂も一緒に来ないのか? 甘い物を食べなくても来るだけはいいだろ」

「マミが嫌だって。飯食う時は静かに食べたいんだとよ」

 そこまでテーブルマナーに拘ってるのか。


「そう言えばよ。バヤシのLINEの件、まだ解決してないんしょ?」

「ああ。もう今となっては江野さんと一緒になって面白がってるから、困ったり悩んだりはしてないけどね」

「メンドクサLINE俺にも見せてくれよ」

 新しい命名をされたが、彼の提案を断る必要性はない。店内も閑散としているし、正月セールも終わり特殊な仕事もない。


「わかったよ。客が来たら中断するとして、小坂はちゃんとやり取り読むの初めてだっけ?」

「マミから話を聞いたくらいで、直接読むのは初めてだな」


 ならと、僕は小坂と一緒にこれまでの流れを説明しながら、1年分のLINEをざっくりと目を通してもらい、今月の特徴的なLINEに注目していく。


 2019年1月11日 19時34分

『明日は会社の新年会や。また荒れる予感』

「じゃあ行かなきゃいいんじゃね?」

「小坂、コイツに常識は通じないぞ」

「ああ~」


 この時も『土曜なのに緊張感ありますな』って中身のない相槌LINEで対応している。

『一部の人に内密にしてる正式な飲み会って感じだからね。てかこの文章を文字にしてみたらわけ分からん状況だよな笑』

「いやお前もわけわからんわ」

 小坂のツッコミは的を射ていた。


 2019年1月12日 19時38分

『今飲み会……疲れる』

『俺、もう限界や笑。上手く立ち回れない』

『無理、もう無理』

 どう反応していいのか分からず、この時はスタンプ対応。


 そして返事は翌日(13日)の8時17分。

『昨日、超怒鳴られた笑』

『二次会が盛り上がらなかったのは、俺がキャバクラ誘わなかったからだってw』

 それだけ変な人の集まりの会社と知って残っているのに、愚痴LINEはする神経に腹が立ち、示唆ではなく『マジで辞めたら?』と叩きつけるような提案をした。


『繁忙期終わったらガチで辞めようかな。少なくとも飲みはもう断る』

『尾崎は全部、自分の思い通りにいかないと気が済まない性格だわ』

『なんか今までは俺が誘って段取りとかしてたけど、これからはお前がやれよって感じなんだよね最近。俺自分から誘ってまで飲まなくていいんだけど笑』

 どうやら尾崎に執拗に付き纏われているようだ。

 飲み会の計画も押し付けられて精神的にダメージを負っている模様。


 数日後、会社の社員旅行に強制参加された友人は、何故か聞いてもいないのにこんなLINEをしてきた。

 2019年1月17日 23時14分

『社員旅行が強制参加で休み扱い。休みが多いとのことで週末1日仕事になった笑。なんやそれ笑』

 無茶苦茶だな、と相槌LINE。


 2019年1月18日 9時48分

『繁忙期終わったら退職考えてる』

 またも退職フェイク。どうせ辞めない。

 そもそも繁忙期(3月)まで延ばす意味もないし、その前に辞めた方が救われるのに、これからの人生で一欠けらも関係を持たない人たちに遠慮しているのも理解に苦しむ。

『それがいんじゃない。普通の生活するためには』と相槌LINEで応対。


『2年もやったらもういいかな』

 でたでたフェイク。

『高林の言う通り、むしろクレーム処理押し付けられた段階で辞めたら良かったわ』

『まあ、いい人も多い職場なんだけどねー。ダメかなもう』

 ガチの社畜になっていたようだ。


 2019年1月22日 23時3分

『今日は会社の新年会。酒癖の悪さ大爆発! 偉い人も交えて色んな支店の人も参加したパーティだったけど、〇〇支店の酒癖の悪さが露呈してしまった笑』


 2019年1月24日 7時27分

『なんらかの復讐をして辞めてやるわ笑』

 はいはい。辞めない辞めない。


 2019年1月25日 0時35分

『(社員旅行から)帰ったあと感想文提出しろとのことです笑。※これはネタではないです』

 このLINEがネタになったよ。

 そして中身のない愚痴LINEに付き合ってあげていると……


 12時57分

『やばい。山形の大雪で渋滞巻き込まれた笑。俺、東京帰れないかもしれない』

 本当に自分の話しかしないんだね。


 2018年1月28日 20時9分

『俺仕事辞めたいくせに、配送先の女性に好意もってきてる。なかなかクズだなって自分でも思うわ笑』

 意味がわからんから『お客さん?』と聞いてみる。

『そうそう笑。運送屋に冷たい人多いから、親切な対応されるといい人だなって思っちゃう笑』


 2019年1月30日 12時59分

『やべー。腹立ちすぎて、頭おかしくなりそうやわ笑。ほんま成り立ってねーわこの会社笑』


 このLINEを見て小坂が大爆笑していた。

 それほどにバカバカしい内容だったみたいだ。


「そんなにおもろい?」

「だってよ。次のバヤシの返信ちょーウケる。迷惑メールのスクショ送って話変えてるんだもんよ」

 だってずっと僕に無関係のLINEをしてくるんだもん……僕だって反発心で自分の話するでしょ。


 やっぱり小坂にも見せて良かったと思えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ