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誘い水LINE  作者: 氷室
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第二話 雪解けの茨道

 雪解けの春。

 4月は暖かくなる季節ではあるが、まだ肌寒さは尾を引いている。

 寒さには弱くはないと自負していたのだが、どうにも朝は堪える。


 新期の始まりは残念ながらアルバイトだけだった。

 月初は声の仕事はなく、数日後にオーディションが控えているので、原作を読み直そうと考えていた。


 対するアルバイトはコンビニ店員で、特別変わった職場ではなかった。

 まあ友人の職場が毎日のように変なことが多いだけで、一般的には一カ月に問題が発生することの方が少ないだろう。


 コンビニは夜勤にしてもらっている。深夜から早朝までだ。

 今さっきバイトを終えて家に帰ってきて、オーディションのためにマンガを読んでいる。

「これ読んだら寝よ」

 頭の中で演技をイメージするだけでなく、実際に声に出して音読をすることは僕の日課だ。

 もとからインプット派ではなく、アウトプット派だったため黙読よりも音読の方が得意だった。


 風呂にも入り、ご飯も食べて、演技の練習もして寝る。

 単純だけれど、それこそ重要だ。

 僕の日常はくだらないことが多いが、無駄ではないと信じている。

 ……あの件以外は、だけど。



 2018年4月1日 23時22分

『高林殿。俺仕事柄って言ったら偉そうだけど、思ったことがある。2月下旬~4月上旬まで絶対引越依頼しないほうがいいよ笑』

 知ってる。

『繁忙期は引っ越し業者みんな疲弊してるからさ笑。できる奴は家族引っ越しとか難しい現場に回されるし、サービスの質が金高い割にクソすぎる笑』

 それも知ってる。というか予測も想像もできる。

 わざわざLINEする内容ではない。


 バイトが始まるって時に、ネガティブで無駄な知らせを目にして嘆息をついてしまう。

 それもオーディションがある日でも同様だった。


 2018年4月3日 23時17時

『もうやべーよ俺の生活。ブラック企業生活と係長。やばい人生狂わされないようにしないと笑。会社辞めちまえば脱出できるから、いや本当に辞めるわ笑』

 どう返信しようかなぁ……どうせ辞めないだろうし。『はよー脱出するんだぁー。何月に辞めれそう? お金の問題もあるだろうし』と探るようなLINEを試みる。

『もはや金計算する暇さえなかったからさ、明後日休み(半月ぶり)貰ったからさ、ゆっくり見積もってみるね』

 半月ぶりって入力してるのが腹立つ。


 退職願望LINEの翌日は誘い水LINEだ。

 2018年4月4日 22時35分

『係長物理的に無理なことを普通にいってくるんだけど、無理ならお前が全部悪い! 謎の理論笑』

 全貌がみえないLINEだ。本当に困る。


 1日空け、今度は退職宣言LINE。

 2018年4月6日 12時38分

『俺辞める基準決めたわ笑笑』

『お、なになに⁉』

 ようやく僕も愚痴に付き合わなくていいのかと思うと、少し興味がそそられた。これまでの無益なやり取りが布石になっていたから。

『残業超過しすぎた分、ゴールデンウィーク休みと、4月の28日くらいからずっと休ませてもらえるって話を今日された。これでもらえねーってなったらガチで辞めるよ笑笑』


 え? 休みがもらえないからってか、今までの話を聞く限りそれ以前なのだが。

 ちょっと腹立つから、皮肉で刺激してみることにした。

『でも、今のところ5月までは続けるつもりなんだね』

 前に5月か6月まで続けるって言ってたのに、散々愚痴を言っているので「最低でも5月まで仕事をする道を選んだんだから自己責任ですよ」を内包した皮肉を送る。


『まあ、正直踏ん切りつけられない自分がいるのも事実ではあるけどねー。ゴールデンウィークは90%休めねーって話は聞いて笑ったけど笑』

 やっぱり皮肉は察せずか。


 これ以上無駄な愚痴を聞きたくないが、逆に愚痴を繰り返している友人が滑稽で面白くなってきた。

 踏ん切りも何も、社畜になっていることに気付いていないのか、気づいていても納得はできないのか。

 それ以前に、ただ勇気がないだけの臆病者か否か。


 2018年4月7日 1時32分

『俺大勝利きたわ。苦しみに耐え続ければ超えられる壁があることが分かった気がする』

 またこれだけか……本題はどうした?

 バイトの休憩中にみたため、相槌LINE『ん? どった?』と朝4時にしてあげた。

『俺の日頃の我慢が実り、係長の左遷が正式決定したっす笑』

 よかった。これで係長関係の愚痴は減るのか。


 と思いきや……。

 2018年4月8日 15時22分

『係長笑わせてくれるぜ笑』

 こっちが笑うわ。


 2018年4月13日 16時56分

『俺新たに支店長も嫌いになってきてるぜ笑。超めんどくせーわ。会社の付き合いって笑』

 俺新たに友人のこと嫌いになってきてるぜ笑。超めんどくせーわ。誘い水の付き合いって笑。


 因みに、付き合いとは飲み会のことだ。

 同日のLINEではこう語っている。

『ただ支店長って立場で次の日、朝7時から仕事ある人に0時まで、日本酒飲ませるのはヤバいなこいつとは思う。しかも業界的に運転する仕事なのにさ笑』

 とここで僕の相槌LINEを挿んで、

『もう付き合いがだるすぎて、もう会社勤め自体が嫌になってきてる。飲み会なんて酔っ払ってる奴が一方的に楽しんでるだけのクソイベントだわ本当笑笑』

 う~ん。本当に僕のLINEいらんな。


 2018年4月20日 16時53分

『やっぱ1つの仕事といえど、人に押し付けちゃあかんよねって思うわー』

 相槌LINE『また何かあったのか笑』と作業のように入力した。

『どっかの左遷される馬鹿が大量に仕事押し付けてきたせいで、その仕事が機能しなくなって一回電話かかってきたんだよね笑』

 全然分からん笑。

 どんな仕事なのか、誰からの電話なのか、どのような電話なのかも分からん。


 2018年4月21日 18時12分

『いま、明日から会社復帰するんだけど。さ、さすがブラック企業ですわ』

 よく分らんから『係長?』と相槌LINE。

 2018年4月22日 0時13分

『ごめん、その話より先に係長の転勤先正式に決まったわ笑。吹いたわ笑』

 また勝手にLINEしてきて勝手に話逸らした。

 けど僕は寛大だから『どこどこ?』と興味ある風に対応してあげよう。

『北海道笑』

 なんが笑えるの? どこが面白いの?


 で、さすがって思った本題がこちら。

『いやー昨日会社に戻ったんだけど、俺がいなかった分の仕事が放置されていてイラっとしたというのと、「なるべく早く処理してほしい」って分かってる台詞を上司から言われたことなんだよねー。葬式から戻って早速イラっとさせられる笑』

 ああ、昨日か一昨日だったか葬式があるって言ってたな。

 いつも愚痴LINEばっかだから葬式に出てるとは思ってなかった。


 2018年4月24日 21時39分

『すげーっす。仕事のスケジュールが安定のキチガイさでもう笑っちゃう笑笑』

 辞めればいいのに。


 2018年4月26日 12時16分

『物流業界なのに俺と先輩に電気工事士的な仕事をやらせる。謎の方向性笑』

 謎のLINEの方向性はどこに向いているのですか?


 という風に、4月から彼のLINEラッシュは止まらなかった。

 このように無駄に手間をとらせ、なんの脈絡も利益もない無関係の人に送るLINE、果たして意味があるのだろうか。

 そして運命の5月が訪れる。


 2018年5月1日 14時49分

『今、昼寝してたら一番調子乗ってた頃の係長が夢に出てきた笑。マジで殺してー』

 殺せばいいじゃん。そして殺人罪で捕まればいいじゃん。

 夢に出てくるくらいだから、本当は好きなんじゃないか。でないとここまで無関係の友人に知らせてくるはずもないし。


 2018年5月7日 22時51分

『もう恒例なんだけどさ、休み明けにしていきなりさすがブラック企業!』

 またネタできたの? と相槌LINE。

『ネタっていうか単純に付き合いに面倒くせーなって思うことがあってさ』

 だから話の内容分からんわ! もっとちゃんと分かるように入力してから送信ボタン押せや!


 2018年5月9日 0時18分

『ガチで寮から出たいと思った。やっぱ酒の席は嫌いやわ』

 はいはい。

『女性の事務員の人に飲み誘われて、行ったらその人がベロンベロンに酔っ払ってさー。家までは帰れないから俺の寮の部屋に泊めろって言ってきて、部屋の前ですったもんだしてるのを寮中の人に見られた。変な噂たてられたらだるいなー』

 知るかボケ。このLINEがだるいわ。


 2018年5月15日 18時35分

『てか本気で会社辞めたくなってきた笑。仕事の忙しさは落ち着いたけど、飲みの付き合いがしんどすぎる』

 あれ? 5月には貯金が目標額に達するって言ってたから、今月か来月にでも辞める予定だったんじゃないか?

 それを基に考えると、この退職願望LINEはおかしくないか?

 もしかしたら、彼は退職をしたいと言いながら、本当はしたくなくて僕に励まして欲しいだけなのだろうか。


 この時は判断ができなかった。本当に彼はその会社から逃れたいのか疑問に思えてきたので、『辞める算段はつけてるん?』と柔らかい言葉で訊ねてみることにした。

『まだ計画は立ててないけど、飲み会優先にしてる奴が甘い汁を吸う感じが気に食わなくなっちまってる笑』

 まだ計画は立ててない?

 やっぱり本当は退職するつもりがないみたいだな。だって飲み会だって頑張って断ればいいだけだし、それが嫌なら退職すればいいだけなんだから。


 2018年5月17日 19時55分

『俺、物流業者勤めてるのに、電気工事士にさせられるかもしれない笑。あまりにもむちゃくちゃなことがまかり通ってる! また時間あるとき電話でも話そうぜ!』

 また本題スルーですか。


 2018年5月21日 18時52分

『やっぱ係長死んでよし笑笑。最後までムカつかせてくれりぜ!』

 まだ係長の愚痴あるんかい。ってか、誘い水ってくるくせに誤字とか舐めとんのか。

『左遷されるからこそもうどうでも良くなってるかもしれないけど笑笑。今日はなかなかイラっとさせてくれたわ!』

 あっそう。


 2018年5月30日 12時12分

『塗り替えたー。てか飲みの席でもやっぱ係長やばかったわ~。もう俺辞めようかな。まあ、もっと辞めたいと思った時期はたくさんあったからね笑。なんとか頑張るけど、飲み会と係長に対してムカつきすぎて腹の虫が収まらないからまた近いうちに会いに行っていい? 愚痴りたい笑』

 やっぱり、本当は辞めるつもりがないんだな。

 ただ愚痴りたいのか、愚痴すらもフェイクなのか……僕にはわからなくなってきた。


 5月には貯金が、などと言っていたがそれもフェイクで、ただ構って欲しいだけだったのかもしれない。

 確信がないので、もう少しだけ確認として探ってみよう。


 2018年6月1日 23時6分

『係長やっぱクソだわ~。どうしたらあそこまでクズになれんだろ』

 また電話で話すねシリーズだった。

 彼にとっては新鮮な情報なのかもしれないが、僕にとっては全て似た内容ばかりで予想できる事件だ。


 2018年6月9日 19時30分

『今二次会とかいうクソイベントに誘われた。だるすぎるぜ!』


 2018年6月12日 20時39分

『超やべえ笑。思わぬビジネスチャンス到来笑』

 有名な通販会社の社長に会っただけで、特別な関係になったわけではない。


 2018年6月13日 10時27分

『これ違うあれ違うってストレスぱねぇ笑』

 これは辞めるのを考えないと、と煽りLINE。

『そうなんだよね。辞めたいけど、勉強中だし仕事自体は好きだから決断しきれない自分がいるのも正直なところなんだよなー』

 やはり退職願望はフェイクみたいだ。

 5月か6月と言っていたのに、どうでもいい会社の愚痴の方が多いということは、在籍し続けることが決まっているからだろう。

 仕事自体は好き? 3月に『俺辞めたら二度と物流行かない』と宣言していたため、どちらかがフェイクだ。

 仕事が好きだとしても、今の会社に勤めている理由にはならない。


 2018年6月18日 1時13分

『今日あのあと飲み会に連れてかれて説教されたー』

 あのあと、というは対面で愚痴を聞いた日のことで、別れたあとで飲み会に行ったらしい。


 2018年6月23日 21時55分

『めんどくせーよ。何故こんな。すげーだるい。大事件発生過ぎてやばい笑』

 大事件⁉ と相槌で反応してあげた。

『説明すると長くなるから後で直接話す! 今までの飲み会で屈指のやばさだった』

 なんで一回僕が反応してあげないといけないのか。


 2018年6月27日 20時41分

『やっぱりどうも支店長ってサイコパスってるんだよなー』

 内容を聞き出すと、不倫していることと、社員の私的な飲み会を会社の経費で支払ったことでそう思ったらしい。それも、同席していた社員全員が共犯者みたいな感じになったとのこと。


 2018年6月29日 16時28分

『今、社内教育で関東の色んな支店の人が集まって、偉い人と面接するクソも意味ないイベントやってるんだけど、終始笑いを堪えてる笑』

 このLINEがクソも意味ないと思います。

『俺の面接はこれからだけど、去年「尊敬する先輩は誰?」って聞かれた覚えある笑。なんの意味もねー質問笑。まずまともな人が指で数える程度なんだから、一番話やすそうな人挙げるやろ笑』

 

 この面接のイベントで、別の支店の人と話す機会ができたらしい。

『所沢の支店も良いみたい。でも新卒新入社員が所沢行っちゃったんだよね笑。狙うとしたら久喜だわ』

 狙うもなにも、異動って上層部が決めることなんじゃなかろうか……そんなリアルな問いを送ろうかとも考えたが泳がせたかったので『そもそも会社自体を辞める選択肢はなくなったんだね。仕事は好んでいるのはええことです』と皮肉った。

 ところが……。

『いや辞める選択肢はそもそもなくなってねーっす笑。今日他の支店の人と話して、転勤もありかなって思考になった笑』

 ……どゆこと?

 きっと僕を試しているのだろう。どのように返信してくるのか技量を試している。


 という風に、退職は嘘であることが肯ける。

 少なくとも一週間に一度は愚痴を言うということは、それだけ今の会社に対する歪んだ愛情と愛着があるのだ。

 僕にはあずかり知らぬことなのに。


 結果として、友人は6月でも退職をしなかった。

 これまでの辞めたい意志は偽りか、もとより本意でなかったのか……どちらにしても、ただの友人程度の僕には背負える自信がない。


 この時の僕には、これが序章でしかなかったなんて知る由もない。


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