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宇宙要塞

 

 星系内のワープは、わずか数秒だった。

 外部の映像を映し出す<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号のブリッジのメインモニターに、ふたたび星空が映し出された。


「ワープアウトしやした。予定地点との誤差は5キロメートルっす」

「要塞を発見。プラン通りの位置ですぜ。相対速度測定完了、ほいキューク軌道ルート計算よろしく」

「ようそろ、ちょっと時間をくれやい」


 ブリッジの男達の間で必要な仕事が回って片付いていく。ワープアウト直後というのは非常に忙しいのだ。

 船が一瞬揺れた。


超光速機関ワープドライブ内で小爆発、いやぁ、ワープ中でなくて良かった」

「要塞から映像通信入りやした。セツト、どうせお前さん宛だ。座ったままじゃ映らねぇからお頭の近くで立ってくれ」


 セツトは促されるままにキティの後ろにまわろうとしたが、キティに腕を掴まれて横に座らされた。

 メインモニターにミツキの姿が映った。


「お帰りなさい、閣下、そして船長」


 ミツキは地球連邦軍式の敬礼だという仕草をした。


「ただいま、ミツキ。そっちの様子はどう?」

「何も問題ありません。本要塞を探知可能な範囲に宇宙船の出現はありませんでした。そちらは、少しプラン修正があったようですね?」


 ミツキは、おそらく事前の計画と<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号のワープアウト地点や速度が違っていることを指摘しているのだと思われた。


「ちょっと野暮用があってね」

「そうですか。キュークさん、こちらで何か手伝いは必要ですか?」

「トラクタービームの用意よろしく。速度の方は合わせられる」

「かしこまりました。入港お待ちしております」

「生娘相手にするみたいにやさしく頼むぜ」


 ミツキとの話はそれだけで終わった。

 <黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号が要塞との速度を合わせるために減速を開始した。

 少しして、離れたところに防衛隊のフリゲート艦隊がワープアウトしてきた。十分以上に距離を取っており、速度差もあることから、戦闘になることはなさそうだった。


「閣下、予定通り偽装を解除してもよろしいでしょうか?」


 ミツキが通信で確認してきた。


「よろしく頼む」

「了解」


 小惑星のフリをしていた要塞が、完全に偽装を解除した。

 岩石のごつごつしていそうな外観がはがれ、金属の輝きを持った表面が露わになっていく。レーダーにもはっきりと映るようになっているはずだ。

 これでフリゲート艦隊にも要塞の存在が明らかになる。偽装を解いてしまえば、自然物ではないことは一目で分かるだろう。


「当宙域に所在する全宇宙船に告げる」


 要塞から、帝国が一般的に使用している複数の周波数でミツキの声が発信された。


「こちらは地球連邦宇宙軍所属の機動要塞<ヴァーラスキルヴ>であります。要塞司令官の名において、本要塞の半径1光秒内におけるあらゆる戦闘行為を禁止します。繰り返します。こちらは―――」


 3度、同じ文言が繰り返された。





「地球連邦宇宙軍所属の要塞、か」


 伯爵は、フリゲート艦隊に合流した後、フリゲート艦隊の指揮官、クローデ準提督から状況の報告を受けた。


「はい。聞いたことのない軍ですが、観測した限りあの巨大さは異様です」


 クローデはモニターの向こうで恐縮している。


「公にはなっていないからな。地球連邦とは、遺跡を作ったかつての星間国家の名称だよ」

「遺跡の。ではあれは」

「その文明が持っていた軍隊の遺跡だ。いや、動いているのであれば、遺跡というのは適切ではないかもしれんな」

「あれほどの大きさの物が、ですか」

「そうそれ自身が言っているのなら、そうだろう。それで、<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号はその要塞内に入ったのだな?」

「はい。間違いありません」


 伯爵は腕を組み背もたれにもたれかかった。


「敵艦隊だと思って探していたものが、まさかこれとはな。これは大事になるぞ」

「そうなのですか?」


 クローデは伯爵が何を危惧しているのかまだ理解できていない様子だった。


「そうだとも。このドラグーンはまさに遺跡によって作られた船だが、あの<ヴァーラスキルヴ>という要塞も同じ技術水準で作られているものと考えるのが妥当であろう。ドラグーンがあのサイズだとしたら、どれほどの戦力になると思う?」


 全長約100メートルのドラグーンに対し、<ヴァーラスキルヴ>要塞の直径はおよそ30キロと測定されている。

 クローデがようやく理解したという顔をした。


「最悪は、あの要塞が艦艇製造能力を備えている場合だな。その場合、あの要塞を手にした者はドラグーンを、もしかしたらそれを超える艦を作ることができることになる」

「伯爵、そ、それは」

「諸国の軍事バランスが一気に変わるだろうな。とはいえ、それはまだ空想にすぎない。さしあたって、まず我々はどうするのがいいか、少し考えてみようじゃないか」


 伯爵は冷静を装い、あえて余裕を見せて語った。

 内心では、あの要塞がどの程度の波乱を帝国や諸国にもたらすか、冷や汗を流したくなるほどだった。

 しかしそんな様子を見せれば、部下が浮き足立つ。浮き足立てばその分ミスも増える。


「はい、閣下」


 クローデの不安は少し和らいだようだった。


(頭の痛い問題だな。)


 伯爵がとることのできる選択肢は多くなさそうだった。





 要塞司令室の方では、セツトが頭を悩ませていた。

 <黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号が持ち帰った反物質は、コンテナから要塞の反物質貯蔵室に移され、反物質反応炉の起動準備が進められている。

 反応炉、縮退炉、超光速機関の3つは、すでに修復が終わっていて、順次起動していくだけの状態ではある。


「ワープ可能になるまでの時間は?」

「5時間です」


 要塞の戦闘能力の大半は喪失したままだ。

 主砲塔は、修復作業を進めているが、まだ数門しか使える状態にはない。

 防御能力については、シールド発生器の修復が未着手だから、要塞の表面装甲と構造自体で耐える以外なにもできない。


 帝国の艦隊が攻撃と突入を決断すれば、なすすべがないのが現状であった。ミツキに分析して貰ったが、回答は次のようなものだった。


「ドラグーン級突撃駆逐艦が10、それに類すると思われる駆逐艦クラスの艦艇が20、本要塞の能力が万全であればなんの問題もない戦力ですが、現状では、対応困難です。接近までに5隻沈めるのがやっとでしょう」


 ドラグーンは、地球連邦軍でもドラグーンという名前を持っていたらしい。セツトには「突撃駆逐艦」というのがどういう艦なのかは分からなかったが、ミツキ曰く『地球連邦宇宙軍の正規戦闘艦の中で一番小さい戦闘艦です。』とのことだ。


 その一番小さい戦闘艦を最強の戦闘艦として扱っているのが現在の人類のレベルである。


 父ヴァイエル伯爵率いる艦隊は、要塞から距離をとって隊列を整えている。要塞に近づいてくる様子は見せていないが、戦列艦が来るのを待っているのかもしれない。

 セツトのやるべきことは分かっている。しかしその決断ができない。


「閣下、帝国艦隊より映像通信の要請が来ました」


 セツトが決断を躊躇っている間に、やるべきことが向こうから押しかけてきた。


「要塞司令官宛、あちら側は艦隊指揮官ヴァイエル伯爵とのことです」


 どうしますか、とミツキが目で聞いてきた。


「……対応しよう」


 セツトは頷いた。


「はい。こちらで映像と音声を処理して別人に見せかけることも可能ですが?」


 ミツキの提案にセツトは強い誘惑を感じた。今のセツトには父と話すのは少し怖かったし、話し合いがまとまる可能性もその方が高いように思えたからだ。

 しかし心のどこかに逃げてはいけない、という声があった。それは意地かもしれなかった。


「必要ない。このままでいく」

「かしこまりました。しかしせめて、服は着替えていただきたいと思います。その服では、司令官としてふさわしい服との間に恒星間ほどの距離があります」


 セツトの服装は、荷物の中にあった普段着用のくつろいだシャツだった。


「そうね、私も服は変えた方がいいと思うな」


 キティの押しもあって、セツトは着替えの提案に応じることにした。


「そうしよう」

「司令官用の制服は私室の方に置いてあります」

「わかった、着替えてくるよ」


 セツトは要塞司令室から出て行った。

 残されたキティが、嬉しそうな顔をして肘でミツキをつついた。


「いい仕事したね」

「何のことでしょう?」


 一方のミツキはいつものつれない表情だ。


「男の子は、決断のたびに成長するんだよ」

「私には興味ありません。私は閣下が必要とされるかもしれない選択肢を示すのみです。制服の着方が分からないと思いますので、手伝いに行かせていただきます」


 ミツキは敬礼して司令官室を出て行った。


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