キューク=レグナ監督作品
<黒銀の栄光>号との通信が確立された。
ドラグーン<ディア・ヴァイド>の操縦室正面のモニターの一部に映像通信用の枠ができ、そこに赤毛の女海賊の姿が映し出された。
手配書の記録と同じ顔である。
キティシア=ヘブンバーグに間違いなかった。
「ごきげんよう、伯爵閣下。お目にかかれて嬉しく存じますわ」
「おはよう、ヘブンバーグ船長。さっそくだが、降伏を勧告させていただく」
「まぁ、急なこと。閣下は女性を口説くときもそのように結論から入られるのですか?」
「我が隊は30分後に攻撃を開始する」
伯爵はキティシアの軽口を丁重に無視した。
「ただちに加速を止め、停船されよ。裁判を受ける権利は保証しよう」
「なるほど、たしかに今のままでは閣下の軍から逃げおおせてワープするのは難しいかもしれません」
「冷静に分析されているようで何よりだ」
「けれど閣下、私にも流浪の宇宙海賊としての誇りがございますの。難しいからと言ってはいと素直に停船しては、海賊の名折れというもの」
「誇りと命、どちらが重いかは極めて難しい問題だと私も思う」
伯爵はゆっくりと頷いた。
「しかし10倍のドラグーンに追われてであれば、戦わず停船したとしても笑う者はいないのではないかな?」
「それもそうね」
「理解いただけて嬉しく思う」
「けど、だめよ」
キティシアは猫をかぶるのをやめた。
「停船はなし。伯爵に見て貰いたい物があるの」
「<黒銀の栄光>号から画像が送られてきました。表示します」
通信士官が機器を操作し、ディスプレイに一枚の写真が表示された。
セツトとキティシアが並んで写っている。
伯爵の目が一瞬大きく開かれたが、それ以上の動揺は押し殺された。
「どういうつもりかな」
「脅迫なんてしないし期待してないわ。安全は自分たちで買うつもりよ」
「ほう、ならば?」
「ただお知らせしておこうと思って。貴家の宝はいただいた、いらないようなので我が船の宝とさせていただく。以上」
通信が切れた。
「面白い方ね、伯爵って」
通信を切らせたキティがソファーの上で呟いた。
「それは、褒めてるの貶してるの?」
セツトは、つい聞いてしまった。
「褒めてる。短いけれど楽しい会話だったわ。さてデニアス、もう一度やるよ」
「へい」
デニアスが応じると、船内に警告音が響き、照明が暗くなった。。
「全力加速、ついでに使い捨てブースター点火5秒前! 高加速に注意してくだせぇよ!」
セツトはシートにしっかりと座り直した。
「点火!」
<黒銀の栄光>号のメインスラスターがひときわ大きな炎を上げ、同時に、船体の横に据え付けられた細長いブースターが火を噴いた。
燃料が詰め込まれた化学式のブースターである。
大電力を使う通常のスラスターと異なり、ほとんど電力を使わず、一時的に大きな推力を得ることができる。帝国領内で海賊をやるにあたって、ドラグーンから逃げ切るために用意していたものだった。
<黒銀の栄光>号の加速度がドラグーンの加速度を上回った。
噴射予定時間は5分。
その間<黒銀の栄光>号とその乗組員は、ただ耐えることしかできないほどの高重力にさらされる。
船体が悲鳴を上げるように大きくきしみ、ブースターによる爆音が体を震わせる。
(船がバラバラになってしまうんじゃないか。)
セツトが思うほどだった。
普通に生きている限り、船内重力制御で打ち消せないほどの加速を体験することはない。体がシートに押しつけられ、呼吸が苦しい。
セツトは、奥歯をかみしめて高重力に耐えた。
「あと3分」
デニアスの声がブリッジに響いた。
モニターに表示されている船内状況の図に×印が次々と表示されていく。ただ、セツトにはどの×が何の機能についてのものなのかが分からない。重要な設備でないことを祈るばかりだ。
「1分」
時間が進むのが長い。あとたった1分が無限のように感じられる。船内状況は船首から船尾まで×印だらけだ。
振動が止まった。ブリッジの照明は暗いままだ。
「推力80%」
「状況は?」
「船内はぐちゃぐちゃですぜ。あと一度でも戦闘機動すればみんなで一緒に天国にいけやす」
とはデニアス。
「ドラグーン隊との相対速度、逆転しやした。このまま80%出せれば、阻害圏出るまで逃げ切れそうです」
「ういっす。だましだまし乗り切らせやす」
「よし、今回はどうやら計算通りね」
キティが一息ついて、緊張を解いた。
「何点でしたかね?」
キュークが尋ねた。
「70点。故障のフリして引きつけて画像送りつけるというアイデアは悪くないけど、ちょっとリスク大きい。あと伯爵の表情をもう少し崩してみたかったね」
「精進しやす。キューク先生の次回作にご期待くだせぇ」
キュークの立てた計画は、わざわざ危険を冒して画像一枚送りつける、というものだった。
「セツトはどうだった?」
キティがセツトに話を振った。
「僕はもう、船が大丈夫かの心配しかなかったですよ。よく楽しめますね」
「運が悪ければ死ぬだけよ。大事なことをちゃんと伝えておくのは大事なことなの」
「そんなものですか……」
セツトにはまだそこまでの割り切りはできない。
「そんなものよ。さ、早く要塞に戻っちゃいましょう」
ワープができれば、要塞と合流できる。要塞の中に入ってしまえば、あとははったりである。
「<黒銀の栄光>号、ワープ準備に入りました」
「ワープアウト地点を解析して追跡するように」
伯爵は手元の紙を見つめたまま、淡々と命じた。手元にあるのは、さきほど<黒銀の栄光>号から送られてきた画像をプリントアウトしたものである。
「脅されている様子ではございませんね」
それを持ってきた執事が伯爵に話しかけた。
写真の中で、セツトはキティに頬にキスされて顔を赤くしている。全く緊張感がない。海賊に虜囚にされてという雰囲気ではなかった。
海賊も身代金や安全の保証の要求をしてこないところを見ると、拾ったくらいのつもりなのかもしれない。
「そうだな。航宙艇が設定した航路から行方不明になったときにはどうしたものかと思ったが」
「私どもの不手際でございます」
「済んだことだ。しかし、この礼をきっちりしてやらないといけないと思うが、どうだろう」
「彼らは敵に雇われた海賊でございますよ」
「それだ。ならば海賊を相手にするらしく、我が家として懸賞金を上乗せしよう。生け捕り限定でだ」
「素晴らしいお考えと存じます」
一瞬、操縦室に柔らかい感情の波が広がった。乗組員は皆、昔から伯爵家に雇われている者達だ。
「<黒銀の栄光>号、ワープインします」
<黒銀の栄光>号を監視している通信士官が状況を知らせてきた。数分もすればワープ方向とおおよその距離が解析されるだろう。
伯爵は、頭を指揮官としてのものに切り替えた。
「第3惑星の状況は?」
「敵艦現われません」
「よろしい。それでは戦列艦はそのまま。フリゲートは即時のワープで偵察を。ドラグーンは阻害圏を出次第ワープしフリゲートに合流する」
方針は示された。