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到着

「万事整っていたんじゃなかったっけか?」


 フリゲート<ロスチェア>艦内の艦長私室で、ベルクフッドは嫌みを出して尋ねた。

 室内にいるのは両腕を失ったヴォールフである。


「……」


 ヴォールフは返す言葉もなく憮然としていた。


「まぁいいさ。大事なのはここからのことだ。上の艦隊にはとりあえずハッチが開かなかった、ということで説明はしておいたが、いつまでもこうしてはいられないぞ」

「わかっています」

「今も艦外で待機してるあいつは使えないのか?」

「あれは狙撃用ユニットです。片足とは言え近接戦闘用ボディの敵ではありません」

「なるほど。<ロスチェア>の砲で吹っ飛ばせば話は簡単だが、それでは言い訳が付かないしな。陰謀係のアイデアは?」

「実行場所をココに選んだのは、大気がない補給基地だからだけではありません」

「そうだろう。だから今その理由を聞いてるんだ」


 ベルクフッドの言葉にはとげがある。元々そういう所のある男だったが、偉そうなことを言っておいて無様に失敗したヴォールフに対して遠慮をする必要を感じていないようであった。


「我々の地上戦力が街で待機していますので、速やかに呼びましょう」

「そうしてくれ。何日で来る?」

「距離がありますし、あまり堂々と動かすわけにもいきませんので、3日ほど」

「わかった。その分の日数は艦隊うえと上手く話して稼いでおこう」

「よろしくお願いします」




 艦橋正面のモニターに星空が戻った。

 正面に巨大なはずのガス惑星が小さく映っている。

 機械的で無機質な艦橋にあって唯一場違いな赤いソファーに腰掛けたキティは、その惑星をじっと見つめた。


 答えを待っているのだ。質問はわざわざ口にしていないが。


「第1衛星の軌道上に帝国艦がありやす。ただ、数が妙で、フリゲート5とドラグーン3しかありませんぜ。目当てのふねはありやせん」

「別部隊かしら?」

「うーん……お、管制局から通信。出やすね。……こちら貨物船<アネゴハーダ>よりカプリⅣ管制局へ。本船は補給のため寄港を望む」


 もちろん艦名は嘘である。

 今、<黒銀の栄光>号は識別信号においても帝国船籍の貨物船<アネゴハーダ>号になりすましている。


『<アネゴハーダ>号、カプリⅣへようこそ。だが申し訳ないが、いま本港での補給は提供できない』

「事故ですかい?」

『補給船が反物質を漏らして吹っ飛んでしまって、その対応で火の車だ』

「それは大変。しかしこちらも燃料の余裕がほぼありませんで、着陸して待たしてもらえないすかね」

『そうなのか……。補給が提供できるのはいつか分からないが、それでもいいかね?』

「しゃあなしでしょう。悪いタイミングにすいやせんね」

『あぁまったくだ。それもこれも軍のせいだ。おっとこれは失言』

「忠実な帝国臣民としては今の発言を軍にお伝えしたくなりやすね」

『よしてくれよしてくれ、あー、着陸を許可する。誘導には従うように』

「へい、あんがとさんです。近くなったらまた。通信終了オーヴァー


 短いものの、十分な情報を得られた会話だった。


「当たりだな」


 キュークが呟き、キティが頷いた。


「当たりね。王子様はご存命かしら」

「軌道上に見当たらないんで白馬の方はどうかわかりませんが、王子様は強運もちなんで生きてるんじゃないですかね。ちょっと聞き耳立ててみやす」

「よろしく。魔法使いの腕前に期待してるわ」

「へい」


 キュークは艦橋にいる男達にそれぞれ分担を割り振り、聞き耳―――流れている通信や信号を傍受することや、望遠画像で情報を集めるのである―――を立てた。


 半日もすると、状況の概要が明らかになった。


「衛星の地上、なんもないとこに識別信号が2つ。フリゲート<ロスチェア>とドラグーン<レイ=ティーマ>が横たわってます。

 軌道上の艦隊は傷物がほとんどなんで、補給船の爆発を受けて<レイ=ティーマ>は不時着、<ロスチェア>はそれを救援に着陸した感じすね。

 <レイ=ティーマ>はレーザー通信当てても応答がないんで、かなりのダメージかと思いやす」

「まぁ大変」

「ほんとどこ行ってもトラブルに巻き込まれる坊やですね。で?」


 どうしやす、とキューク。

 キティは顎に手を当てて少しの間思案して回答を出した。


「港に着陸して大人しく結果を待つ、というのは好みじゃ無いわね」

「へぃ」

「まして救出に降りたフリゲート様が動かない、というのも絶対によからぬ事を企んでいるわ」

「でしょうねぇ」

「そうなると、私たちの役割はなぁに?」

「艦名を明かして丁寧に隣に着陸させていただけるよう頼んでみますかね」

「まぁ。相手の善意に期待するなんて、キューク、帝都の世間知らずの風に染まってしまったの?」

「冗談ですとも。やはりここは横から突っ込んで囚われのお姫様を助け出す手でしょ」


 キュークの言葉にキティは手を叩いた。


「それよ」

「海賊ってより騎士様の仕事じゃねぇですかい」

「騎士が頼りにならないからアウトローの海賊がやるしかないのよ。そういうストーリーは嫌い?」

「報酬次第すね」

「くれないなら暴れちゃうぞ」

「そういうの大好きですぜ」

「いいわ、それで?」

「カルナクアの採掘場での作戦、覚えてやすか?」

「もちろん。そうね、それでいきましょう」

「へぃ、では3分後に減速開始しやす」


 キティはただ頷いてソファから立ち上がった。


「部屋に戻ってるわ」

「へぃ」

「お風呂に入るけど、サービスシーンは無いわよ」

「へーぃ」


 男達は軽く聞き流した。


 <黒銀の栄光>号は、至って普通の貨物船<アネゴハーダ>号を上手く演じ、衛星上に設置された宇宙港への軌道をとっていた。

 普通の貨物船が出せる程度の推進力で減速し着実に衛星へと近づいていく。

 緊急の連絡が管制局にもたらされたのは、着陸まであと5時間程度となったころのことである。


『カプリⅣ管制局! こちら<アネゴハーダ>号、応答願う!』


 管制局の担当官の耳に飛び込んできた声は緊迫していた。


「こちらカプリⅣ管制、どうした?」

『推進剤タンクが破損した! このままだと衛星地表に突き刺さっちまう!』


 管制官は息を呑んだ。


「お、落ち着け。落ち着くんだ」


 管制官は半ば自分に言い聞かせた。

 こういうときマニュアルではどうすることになっていたんだ、思い出せ。


「まず現在の軌道データをこちらに送ってくれ」

『あ、あぁそうだな。ちょっと待ってくれ』


 すぐに通信で<アネゴハーダ>号の現在の軌道要素が送られてきた。その軌道計算によると、たしかに<アネゴハーダ>号は衛星を3周ほどしてから地表に突き刺さるコースを取っている。


『助けてくれ、破損の衝撃で軌道がこんなことに』

「心配するな、<アネゴハーダ>号。墜落予想地点は幸い何も無いところだ。都市もないし、設備もないし、こないだ不時着した軍艦からも遠い。これなら被害はない」

『俺たちの船と、預かってる積荷は!?』

「推進剤は無いんだな?」

『全くないんだ。姿勢制御系もメインサブの推進機関も全部なくなっちまった。こんなことならあのくそオーナー殺してでもちゃんと整備費出させるんだった!! 畜生! 畜生!』

「落ち着け、ここにいないそのくそオーナーを殺すためにも、ちゃんと対応して生き残るんだ、いいな?」

『そうだな。そうだったな。すまない。どうすればいい?』


 緊急事態での対処は航宙士試験で必須の科目のはずだが、と管制官は思ったが、自分の船がどうにかなると言うときに冷静にそれを思い出すことができるとは限らない。

 管制官は<アネゴハーダ>号の者に同情しつつ、優しく語りかけた。


「まず反物質を全部放出するんだ」

『わかった。……操作したぞ。2時間で放出完了だ』

「よし、いいぞ。良い調子だ。次に乗員の脱出の用意をするんだ」

『わかった』

「落ち着いて用意するんだぞ、用意ができたら、脱出艇を切り離す前にまた連絡をくれ」

『わかった、ありがとう』


 通信が終わった。その頃には他の管制官達が各所への連絡に奔走し始めていた。


「近隣都市に緊急警報!」「軍に連絡を、ただし今の軌道の限り破壊措置は執らない!」「脱出艇回収ができる近くの船はいないか!」


 管制官は短く息をついて気合いを入れ直し、仕事に取りかかった。




「仕込みよーし」


 <黒銀の栄光>号艦橋では、管制官との通信が終わった瞬間に、いつもの緩い空気が戻っていた。

 事故はもちろん偽装である。


「脱出艇ダミーバルーン準備よーし」

「その他準備全部よーし」

「30分後の管制との通信再開までカウントダウン開始しまー」


 正面モニターにタイマーが表示された。


 30分後、<アネゴハーダ>号は脱出艇を切り離した。

 無人となった<アネゴハーダ>号は、誰にも妨害されること無くカプリⅣ衛星地表へ向けて一直線に飛翔していった。


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