棺桶再び
サツキの手から、光の刃が消えた。
「あなたはなにがしたいの?」
サツキが問う。
「作戦艦隊の目的に従い、新たな地球連邦を設立しようとする者ですよ。そろそろ、ヴァーラスキルヴ要塞に指揮下に戻っていただかなくては」
「なるほど」
サツキは無警戒にヴォールフに向かって歩み寄っていく。互いに敵対の構えをとらない。
「しかし、問題が1つあります」
「なんだ……?」
ヴォールフがいぶかしんだ瞬間、サツキが跳んだ。
前へ。
その右手に再び刃が握られ、ヴォールフの頭めがけて切り下ろされた。
攻撃を予期していなかったヴォールフは対応が遅れた。
身をよじって刃を避けたが、右肩に刃が食い込み、肩から先を切りおとした。切断面から破壊された人工筋肉の部品が散った。
「何をしている!?」
ヴォールフの叫びが回線に満ちた。
「問題というのは、私がこの場の殲滅を命じられていることです」
「要塞司令官より私の命令が優先するはずだろう!?」
「いやー、申し上げにくいんだけど」
サツキは返答しながらも、攻撃の手を緩めない。
2つの刃を縦横無尽に走らせ、ヴォールフの命を狙っていく。
ヴォールフは残された左手でブレードを操りその猛攻を紙一重でしのいでいた。
「要塞司令官権限の識別コードデータは消えちゃってて、確認のしようがないんだよね」
これは事実だった。
要塞が保有していたはずのデータは相当な量が失われていたが、地球連邦軍が使っていた対AIの命令権を示す識別コードのデータもその中の1つであった。
従って、誰が相手であろうと、サツキたち要塞のAIは必ずセツトの命令に従う。セツトが無条件でサツキたちを信頼できる理由の1つである。
「裏切ったのか!?」
「私は、有効な命令に従うだけです。要塞司令官より上位の指揮権が確認できない以上、私の仕事はセツト様の命令に従うことだけ。裏も表もなく、私たちにそれ以外のことは許されてないじゃん?」
ヴォールフが顔をゆがめた。
「ば、馬鹿な……。1万年待ったのだぞ!」
「まぁ、1万年もたてば機械も忘れるってことで」
だがすぐに唇をぐっと引き結び、感情を抑えた。
「追求は後だ。今は、その結論だけ覚えておこう」
「恐縮です」
そう言葉を交している間にも、サツキは必殺の一撃を狙って剣閃を重ねている。またたきする間に5度の光刃が舞うほどの素早い攻撃だが、ヴォールフの体に刃は届かない。
防戦に徹しているとは言え、片腕でサツキの攻撃を防ぎきることは並大抵のことではない。
(ターゲットの戦技及び身体性能の推測値を修正)
サツキは自身の戦闘予測プログラムの中のヴォールフの性能を上昇させた。仮想ヴォールフの性能はすでに自らと同等の領域にある。
膠着するか。
そう予想された瞬間、ヴォールフが背後へと飛んだ。低重力下で、ヴォールフの体は高く舞い上がる。
予測プログラムが状況を再計算した。
(35手で打倒可能)
勝機を認めてサツキはヴォールフを追って跳んだ。
初手、左手指先のビームガン。光弾はヴォールフのシールドに散らされるが、その閃光が収まる間にサツキはヴォールフに肉薄していた。
サツキはプログラムが算出したところに従い剣閃を走らせていく。ヴォールフの対応も、刃をしのいではいるが、すべて予想の範疇内だ。
5手、10手、15手、サツキは攻撃を積み重ね、少しずつ少しずつ、ヴォールフの体勢を崩していく。
20手、ヴォールフの表情が一瞬曇った。サツキが詰ませに来ているのを悟ったのだ。
そうしている間にも、さらに数手局面が進む。
サツキが振り下ろす刃をヴォールフのブレードが受け止めた。受け止めざま、右足でサツキを蹴り離そうとしてくる。
(それは)
当然その動きもサツキの予想の中にある。5手で詰む最大の悪手として。
殺った。
確信と共にサツキは残りの5手を打とうとした。ヴォールフの蹴りは敢えて受けて距離を取り、肩の内蔵スラスターを展開、噴射を開始。
その瞬間、一条の光が虚空を走りサツキの右足を貫いた。
(狙撃!)
警戒する間も対応する間もなかった。
エネルギー弾に貫かれたサツキの右足は、千切れこそしなかったものの、大腿部に大きな穴が空いていて機能を失っていた。
発射ポイントは、<ロスチュア>の艦上。艦載の兵器ではない。狙撃手がいる。
(ヴォールフ及び狙撃手の撃滅は……不可能)
サツキは速やかに判断した。目的の達成ができないとしても、達成可能な範囲で目的達成に近づいておく必要はある。
狙撃で受けた衝撃によってサツキの体は回転し、ランダムに軌道変更しながらヴォールフに向かって突っ込んでいく。
サツキの頭脳がその回転の仕方を分析し、最善手を導き出した。タイミングに合わせてスラスターを噴射、ヴォールフに向かって加速を加えた。
ヴォールフはその動きを予期できていなかった。対応が遅れた。
サツキの光刃がヴォールフの左腕を切り飛ばした。
状況は固着した。
サツキの健闘によって両腕を失ったヴォールフは<ロスチェア>に引き、サツキも狙撃を警戒して<レイ=ティーマ>に戻った。
互いに近接戦闘のエースが動けなくなり、にらみ合うしか無くなってしまったのだ。
「ヴォールフが、連邦製の機械の体を持っているだって?」
サツキからの報告を聞いて、セツトはさすがに驚きを禁じ得なかった。
『はい。連邦軍指揮権を示す暗号コードを扱えるようなんで、サイボーグじゃないかと』
<レイ=ティーマ>の艦橋にいるセツトに対し、サツキは艦外で対<ロスチェア>の警戒を続けている。
「いや、それは、なりすまし……するならもっと別の手口があるか。というかそもそもヴォールフならなんで最初からそう名乗って出てこなかった?」
わざわざ別の兵士を立てずとも、そうしてきていればすんなり目的を達成できていたかもしれない。
なにかそこにも事情があるのか。考えかけて、セツトは首を振った。
今考えなければいけないことはそこではない。
ヴァイエル伯爵家にヴォールフはいて、その伯爵家が根拠を持つ星系に要塞はあった。無関係で無いはずはない。
そちらの事実の方が重要だ。
セツトは左手の甲に埋め込まれた接続結晶を見た。
要塞を起動することしかできない結晶。
「どこまでが脚本通りかな……」
少なくとも、要塞を起動するところまではほぼ脚本通りだろう。
<黒銀の栄光>号は予定外の因子だと思いたい。『彼ら』がちょっかいをかけだしてきたのは要塞が帝国と同盟する動きを見せてからだ。
それは彼らにとって予想外と言うことなのだろう。つまり連邦と王国の同盟によって帝国に滅んで貰いたいと思っているのだと考えていい。
目的は何だろうか。
まさか帝国を滅ぼすことが最終目的ではないだろう。
「うーん」
セツトは悩んだ。
「思考の千本ノックであればお手伝いしましょうか?」
その様子を見てメイリアが申し出てきた。
「ありがたいですけど……」
今ある情報で考えてみてもそれ以上の推測はできそうにない。それにどこまでメイリアに話して良いものかも難しいところだ。
「どうせ棺桶の中、時間はありますわ」
棺桶の中、と言う言葉にセツトは苦笑してしまった。
「人生2度目の棺桶入りかぁ……」
「あら、2度目なのですか?」
「1度目は宇宙を突っ切るしか能の無い小さな棺桶でした」
「まぁ。それでは今回は上等な棺桶になりましたわね」
メイリアの冗談にセツトは苦笑を返した。
「棺桶は棺桶ですよ」
「棺桶はその方の人生で積み重ねたものの結晶なのだと思っております」
メイリアはあえて真面目な顔を作った。
「殿下と同じ棺桶に入れる栄誉を噛みしめさせていただきましょう」
「同じ棺桶に入る。プロポーズみたいで素敵」
どうやらメイリアの返しの方が一枚上手だ。セツトは両手を挙げて負けを認め話題を変えた。
「相手は次にどう来ると思います?」
メイリアは腕を組んで少し思案してから応えた。
「彼らの使えるカードは3つ。そのうち1つは力不足を露呈しました」
<ロスチュア>が沈黙を守っているのは、<ロスチェア>に載っているものだけではこちらを料理できないからだ。
「残り2つの内、艦隊は全てを自由には使えません。もしそうだったなら、今頃私たちは生きていません」
セツトはこれにも頷いた。
「残り1つの可能性を排除する理由は今のところありません」
「つまり、この星上に配置されている協力者というわけですね」
「えぇ。ですが、私たちの問題はこれにどう対処するかではありません。その先には未来が無いことはセツト様にもおわかりでしょう?」
「えぇ、でもまぁ、僕らとしては籠城策しか打てる手がありません」
「後詰めは来ますか?」
後詰め、援軍のない籠城は愚の骨頂である。メイリアの問いは当然であった。
「来ますよ、必ず」
「いつ来るか分かるのですか?」
「いいや、全然」
セツトは正直に答えた。
<黒銀の栄光>号にルートは伝えてあると言っても、キティ達がどこでセツト達との合流を図るか、それがいつになるかなど全く未知数だ。
「なら、信頼している?」
「うーん、少し違いますね。僕は信仰しているんです、棺桶から救い出してくれるのは彼女だって」




