はじめての海賊
キティ達が反物質を奪ったのには理由がある。
巨大な<ヴァーラスキルヴ>要塞を超光速航行させるには、縮退炉の生みだす莫大な出力が必要であった。
要塞のメインエンジンである縮退炉を起動、すなわち縮退炉内にブラックホールを発生させるためには、サブの反物質反応炉を動かし、縮退炉のブラックホール生成装置を動かしてやらなければならない。
反物質反応炉を動かすための反物質の調達。
それが今回のミッションだ。
海賊行為としてみたとき、反物質運搬船襲撃は、利益は大きいが、リスクも大きい。恒星と惑星の間で運航するという運搬船の性質上、襲撃場所は星系の奥深くになるためだ。
星系の深いところ、すなわち恒星に近い位置ではワープができない。
ワープは、質量の大きな天体の近くでは阻害されてしまうのだ。ワープ阻害圏の大きさは、天体の質量が大きいほど広くなる。
星系最大の天体である恒星のワープ阻害圏は、惑星の公転軌道を包み込むほど大きいのが常だった。
ヌーブ星系においては、第1惑星の軌道を越え、第2惑星の軌道の少し手前までが恒星のワープ阻害圏だ。
今、キティ達<黒銀の栄光>号は、恒星ヌーブのワープ阻害圏の中にいる。ワープで逃げることができないのだ。
ワープ阻害圏から抜け出すまで加速を続けても30時間はかかる。
星系内に展開している防衛隊の艦隊が先回りできてしまう計算だった。
防衛隊は今、<黒銀の栄光>号を追う賞金稼ぎを一掃した『艦隊』を探していることが観測されていた。
対処する作戦は立ててある。
「コンテナ固定できやした」
「では、全力加速いきやす」
ブリッジの照明が一段階暗くなり、赤色灯が灯った。
<黒銀の栄光>号操舵手デニアスが、船を操り、メインスラスターを全力で噴射させた。
電気の力により推進剤が加速され、船体をぐっと前に押し出す。船内重力制御システムが打ち消しきれないほどの加速に、ブリッジの面々の体がシートに押しつけられた。
船体がきしむ。
一応の修理はしたとは言え、<黒銀の栄光>号の損傷は大きかった。
「もつ?」
キティが聞いたのは、船体が全力加速の負荷に耐えられるか、だ。
「チキンゲームですぜ。どこまで勝負しやす?」
デニアスの答えはぶっ壊れるギリギリまでのどこまでやるのか、という問いかけだ。
長くは保たないのだろう。
「もう1回ゲームやるくらいの余力は残しておいて」
「へい。じゃああと6時間くらいで80%にしやす」
デニアスはキティが生まれた頃から<黒銀の栄光>号の操舵手をしていた。もう60近い。『船は子供、お頭は孫。』と言う男だ。キティはデニアスの判断に全幅の信頼を置いている。
「キューク、プラン修正」
「へい」
事前の計画では、<黒銀の栄光>号が全力加速には耐えられない前提で80%の推力で計算してあった。6時間は耐えられるなら、状況を少し有利にできるだろう。
ちょうどそのころ、ヌーブ星系防衛隊本部に<黒銀の栄光>号出現の連絡がもたらされた。
防衛隊長ジニアス子爵は家族と夕食を摂っていたところだったが、副官の報告に食事を切り上げ、急いで執務室に向かった。
「詳細を教えてくれ」
通路を歩きながら、耳につけた通信機で副官と話す。
「はい。<黒銀の栄光>号は、第一惑星の軌道を少し越えた辺りを航行していた反物質運搬船を襲撃し、反物質を奪っていきました。運搬船のレーダーで確認できた範囲では、ワープ阻害圏から出るべく移動していたとのことです」
「敵艦隊は?」
ジニアス子爵は、星系内に敵艦隊が潜入していると考えていた。<黒銀の栄光>号に与する艦隊だ。正規軍なのか海賊の集まりなのかはまだわからないが、賞金稼ぎ30隻を一瞬で仕留めるほどの大艦隊だ。
「発見できておりません。運搬船襲撃にも関わっていないようです」
「妙だな?」
星系防衛隊は、敵艦隊が星系内の敵艦隊が潜伏していそうな場所をしらみつぶしに探している。
惑星や衛星の地表、小惑星帯の中、くまなくである。それ以外の場所も電波や可視光で観測して探しているが、いまだに敵艦隊は見つからない。
ジニアスが妙だといったのは、敵もこちらが艦隊に気づいたことは分かっているはずなのに、姿を隠したまま、<黒銀の栄光>号だけを動かしていることだ。
「罠でしょうか?」
「その可能性はある。しかし、罠だとしても、放置できんな。伯爵には伝えたか?」
「これからです」
「伝えておいてくれ。罠の可能性があるが、急行されたし、と」
「はい」
ジニアス子爵の言葉は、ヴァイエル伯爵へと伝えられた。
伯爵は敵艦隊捜索の指揮官として宇宙に出ている。
ヴァイエル伯爵は、ドラグーン<ディア=ヴァイド>の操縦室でその言葉を受け取った。
「反物質運搬船の襲撃?」
伯爵も子爵と同じ感覚を覚えた。
「誘っているのか、あるいは陽動か……」
行動の意図が解せない。
「素直に考えると、艦隊の反物質と推進剤の残量が心許ないというところかな?」
言葉の相手は、同乗している参謀士官である。
「推進剤残量は少ないでしょう。一番近い国境から一直線で来ているとしても、かなり消費しているはずです」
「そうだとすると、敵の狙いは?」
「反物質も必要でしょうが、なにより推進剤でしょう。この星系で艦隊に必要なレベルで推進剤を保管しているのは第2惑星の宇宙港と第3惑星の工場のみです」
「宇宙港には防衛設備もある。狙われやすいのは第3惑星の方か。よし、戦列艦は第3惑星ワープ阻害圏縁に集結。ドラグーンとフリゲートは<黒銀の栄光>号に対処する。作戦プランを立案してくれ」
伯爵の立てた作戦は、『敵艦隊』の存在を前提にすれば妥当なものであった。
速度に優れるドラグーンとフリゲート、地上で言うところの『騎兵』だけで海賊船を追い、足の遅い戦列艦、すなわち『歩兵』を推進剤の防備に回しておく。
仮に<黒銀の栄光>号が囮だとして敵艦隊が推進剤を狙って来ても、戦列艦で牽制できる。その間にドラグーン隊が戦場近くにワープすればいい。
一方、<黒銀の栄光>号が餌である場合には、快速のドラグーン隊のみであれば逃げ切ることができる。敵艦隊の規模によっては戦列艦をワープさせ、会戦を挑んでもいい。
「はい。作戦開始時は?」
「2時間後だ」
「かしこまりました」
参謀は早速作戦の立案に入った。超光速通信はいまだ創作物の中にしかない。星系内の広い範囲に散らばった自軍とのやりとりは長い時間を要するのだ。作戦開始が2時間後であっても、30分後には計画書をまとめ上げなければならない。
「頼んだ」
伯爵は通信機で船室の執事を呼んだ。
「ブリッジにお茶を頼む」
作戦開始まで一休みするつもりの伯爵である。




