手駒
皇太子の段取りは素早く、1日後には公式声明が発表された。
『我が父である皇帝を暗殺した犯人は私が必ず見つけ出す。何者がこのような蛮行をなしたにせよ、必ず正義の裁きが下るであろう。それが連邦にせよ、王国にせよだ。
私は、帝国憲章に従い即位し、帝国の敵に対する戦いの指揮を執ることになるだろう。
我が妹メイリアについては、目の前で父を暗殺された悲しみが大きく、暫く帝都を離れ静養して貰うこととなった。悲しみが癒えるまで、どうか静かにしてやって欲しい』
異論は、少なくとも表立っては出なかったようだ。
裏を取るような通信が<レイ=ティーマ>に入ってきたが、メイリアはその1つにも応じなかった。
「殿下は部屋で休まれております」
セツトはそう言ってすべてを断った。事実だった。メイリアは艦内の自室にしばらくこもると言って出てこなかった。
何のために、などとわかりきったことを確認するようなセツトではない。
5日後にはエスコート役が決まった。
エスコート役は、新たにヴァイエル伯爵となったベルクフッドを含めた5名が任じられた。
「国境まで、殿下の護衛を拝命しました。短い間ですがよろしくお願いします」
ベルクフッドは挨拶と称して通信をしてきていた。
儀礼に徹していて内に秘めた感情が表に出てくる様子はない。
「よろしくお願いします、伯爵」
「殿下は?」
「部屋でお休みです」
「そうですか。なぁセツト」
ベルクフッドは目を細め、ぞんざいな言葉遣いをした。儀礼の時間は終わったというのだろう。
「なんだよベルクフッド」
セツトも、その調子に応じた。
「おまえはなんで帝国に戻らない?」
非難とも疑問ともどちらにもとれる聞き方だった。
「僕は、初めて要塞砲の引き金を引いたあのときに、もう戻ることはないと決めたんだ」
「答えになってないだろ。俺はその理由を聞いてるんだよ」
「帝国貴族たる者、自ら船を駆り戦陣に臨むべし」
セツトは、父の教えをそらんじて、左手の甲に埋められたままの結晶を触った。
「艦とつながることのできない僕には不可能なことだ。どんなに強大な武器があろうと、僕は帝国貴族たりえない。それともう一つ」
二つ目の理由の方がセツトには大事なことだった。
「危険を冒して僕を助けてくれた彼女たちに報いるため、彼女たちと共に戦うため。帝国の枠の中では生きられない人だから」
聞いているベルクフッドの顔は険しい。
納得できないというのだろう。セツトはベルクフッドに納得してもらおうなどとは思っていなかった。
「……理解できないな」
ベルクフッドがぽつりと漏らした。セツトは肩をすくめた。
「理解してもらおうとは思わない」
「そうか。まぁいいさ。与えられた命令はちゃんとこなすから安心しな」
そう宣言されて、通信が終わった。
それから1日かけて補給などの出発の準備を整え終えた。3人分とはいえ、補給される物資の中身全てをセツトとサツキだけでチェックするのは地味に手間のかかる仕事だった。
準備が終わる頃にはメイリアも操縦室に出てくるようになって、出発に際しては護衛たちと挨拶を交した。
護衛の戦力はドラグーン4隻にフリゲート6隻の合計10隻。指揮を執るのはエゼル男爵という50過ぎの立派なあごひげを蓄えた男だった。
「ティーダ=ドラグ=エゼルです。殿下の護衛の指揮を拝命いたしました。我が身に代えても殿下をお守りすることをお誓い申し上げます」
エゼル男爵は通信越しで丁重に宣言した。
「よろしくお願いいたします、エゼル男爵」
メイリアも丁重に礼を返し、二言三言、言葉を交して通信を閉じた。
「セツト様、エゼル男爵というのはどういう方かご存じですか?」
「ヌーブ星系では父の元で戦隊長をしていた方です。真面目で真摯な方だったと記憶しています」
セツトの記憶の中にある男爵は陰謀とは無縁な無骨な男という印象だった。
「そうですか」
メイリアは頷いたが、安心したようには見えなかった。
「殿下、<黒銀の栄光>号にはこちらの航行スケジュールが渡るように依頼済みです」
「その方は信頼できる方なのですか?」
「安くはないですが、報酬をきちんと支払う限り裏切りません」
いざというときに備えてリストアップしていたフリーの運び屋だ。セツトは出発準備の合間にその男と連絡を取り、取り決めておいた<黒銀の栄光>号との合流ポイントに知らせを運ぶよう依頼していた。
「分かりました。なるべく早く、<黒銀の栄光>号が合流してくれることを祈りましょう」
気休め程度にはなったようだった。
<レイ=ティーマ>とその護衛10隻は、エゼル男爵の指揮に従い、整然と隊列を組み加速を開始した。
艦隊は帝都を離れ、恒星間ワープを繰り返していく。
ワープのたびにばらける隊列を整え直し、再度ワープを行う。なんの異常も異変も起こらないまま淡々と航程が消化されていった。
途中、カプリ星系では補給のために星系内に入った。
巨大なガス惑星である第4惑星の衛星が有人化されており、その地表にいくつものドーム状の都市が連なっている。
艦隊はその衛星の上空の周回軌道に入った。
ベルクフッドは、自らのフリゲート艦の居室で補給艦を待つ艦列をモニターに映し眺めていた。ドラグーンを失ったヴァイエル伯爵家が座乗艦として使える艦はフリゲートしかなかったのだ。
ベルクフッドが勢いよくティーカップの茶を飲み干して勢いよく置くと、カチャと大きな音がした。
「何を考えているんだエゼル男爵は」
艦列の中央に<レイ=ティーマ>がいて、その傍らにエゼル男爵のドラグーンが控えている。ベルクフッドの目線はそのドラグーンに注がれていた。
「降下せず軌道上で補給をおこなう、など」
それが男爵から先ほど下された命令の内容である。
「降下すればよからぬ輩の企みがある可能性がある、というのでしょう」
いらだつベルクフッドと対照的に、その背後にたたずむヴォールフは落ち着いている。
「慎重を通り越して臆病の域だぞ、これは。帝国貴族たる者がそんなものを恐れるなど」
「根も葉もある話ですから、危険を避けるためには当然の対処でしょう」
ベルクフッドは不機嫌に鼻を鳴らした。
「それが、そのよからぬ輩に与するお前の意見か?」
「はい。その根と葉があることを男爵に囁いたのは私たちですから」
ヴォールフの言う『私たち』にベルクフッドは入っていない。
「なんのために」
「閣下のいう臆病な男爵であれば、安全を確保するためにこのような補給の方法をとるだろうと予想していました」
「ということは、手立ては考えてある、と思っていいんだな?」
「はい。私たちの手の長さをご覧に入れましょう」
「それならいいが。期待しているぞ、お前達がくれるというドラグーンを」
ベルクフッドの頭は協力の代償に渡すと約束されたドラグーンのことに大部分を占領されていた。
「お任せください、閣下」
ヴォールフは目の前の小物の手駒を安心させるため、慇懃に微笑んだ。




