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会見


 帝都には、無数の貨物船が飛び交っている。

 貨物船<第4ゆうやけ丸>は、そんな帝都内の流通を担う貨物船の1つだった。毎日のように帝都にある空間施設の間を飛び回り、荷物を運んで回っていた。

 そんな<第4ゆうやけ丸>がそれを目撃したのは、ただの偶然だった。次の届け先の関係で、たまたまその近辺を通りがかっていたに過ぎない。


「あんた、見てよ。皇宮の出港ゲートが開いてるよ」


 ブリッジで、それに気続いた妻が夫に声をかけた。


 <第4ゆうやけ丸>は夫婦2人で動かしているのだ。夫は、妻がブリッジのモニターに映し出した画面を見た。


「ほんとだ。皇族しか使えないゲートだろ、あそこ」

「そのはずだよ。お、船でてきた」


 画面の中で、出港ゲートの奥から船が滑り出してきた。

 白い舳先が見えた。

 少しずつ艦が姿を現すにつれ、夫婦はそれがドラグーンであることを認識した。


「たしか、あの船は……」

「メイリア様のドラグーンじゃなかったっけ」

「そうだよな。護衛、いないのかな」


 周囲に護衛らしき艦の姿はない。


「いないみたいだね。なんかのお忍び的なやつなんじゃないかな?」

「そっか。せっかくだから記録にとって仲間に送ってやろうぜ」

「そうね! 護衛なし単独での皇女様のドラグーンの写真なんてレアよ。ラッキーだわ」

「だよな!」


 夫婦は盛り上がってその画像を仲間の貨物船たちに送り始めた。





 そのころ、デアグストはその報告に接していた。


「<レイ=ティーマ>が出港した!?」

「は、はい」

「操縦者は誰だ」

「分かりません。通信に応答がありません。ただ、<レイ=ティーマ>はメイリア殿下の……」

「そんなことは分かっている。誰かが奪ったのか、本人なのかが問題なのだ」


 デアグストは、メイリアをセツトと共に自らのクルーザーに乗せて送り出したことを司令部の誰にも話していなかった。

 <レイ=ティーマ>をそう簡単に誰かが奪えるとは思えない。最も可能性が高いのは、メイリア本人だ。


(もしや、クルーザーを借りて出港したのは囮だったのか)


 そうだとすると、わざわざ目立つ船で出てきたのはなぜか。デアグストはその狙いを予想しようとした。

 答えはまさにそこにあると思われた。つまり、目立つためだ。目立つことで秘密裏に沈められることを避けようというのだ。<レイ=ティーマ>を目にして『皇女殿下が乗られているとは思いませんでした』とは言い訳できない。


「通信に応答しないなら、暗号化されてないチャンネルでおおっぴらにどこに向かうつもりか尋ねてやれ」

「良いのですか?」

「良い。それと、すぐ動けるドラグーンのリストを出してくれ」

「はい」


 すぐに部下が動いた。

 デアグストの命令を聞いた部下は、ニヤニヤしながら、更にその部下に命令を伝えた。デアグストの命令の大雑把なところを具体的にして、かつ誇張して。

 言われたその部下は戸惑いを示した。


「え、良いのですか?」

「もちろんだ。我々は命令に忠実な軍人だぞ。わがままの許される貴族どもとは違って、命令には忠実に従わなければね」


 そういう男の顔は悪い笑顔をしていた。

 言われた男の方も、事情を悟ってにやりと笑った。

 長年デアグストと共に働いてきた部下達だ。デアグストが急に時間外の仕事を始め、さらに<レイ=ティーマ>の出港騒ぎと来て、メイリアが絡んだ何かが起こっていることを確信していた。以心伝心、部下達はデアグストの命令の意図を正確に把握していた。


「そうですね、はい」


 そしてすぐに、帝都中の全ての音声通信チャンネルに声が響き渡った。


『帝国宇宙艦隊総司令官より、ドラグーン<レイ=ティーマ>に告げる。貴艦はメイリア皇女殿下にのみ操縦を許された特別な艦であり、殿下の許しなく操縦することは許されない。すみやかに許諾の有無及び操縦者の身分を明らかにし、目的地を述べられよ!』


 音声は三度繰り返された。






 その放送は、当然<レイ=ティーマ>の艦橋にいるセツト達の耳にも入っていた。


「デアグスト司令は何を考えられているのでしょうか……」


 メイリアが不安そうな顔をしていた。


「こちらの意図を汲んでの援護のつもりじゃないですかね」


 セツトは平然としていた。デアグストの読みは正解で、目立つためにこの艦を持ち出したのだ。より目立つ分には何の問題も無い。

 さきほどからこの艦を写した写真も通信網を飛び交っていて、デアグストからの声の大きい呼びかけはそれを更に加速させることになった。


「セツト様、帝都のあちこちから通信の要請がきてますが、どうしますか?」

「ラッキー、予定が早まって助かるよ。報道関係を絞り込むことはできる?」

「もちろん!」


 作業をサツキに任せ、セツトは操縦席に座るメイリアに向き直った。


「予定より少し早いですが、始めましょう」

「わかりました」


 メイリアは顔を引き締めた。精神のギアを数段上げて、皇女としての外向きの空気を作り出す。


「いつでもどうぞ」

「はい。30秒後に報道各社との通信を繋ぎます。接続先は、帝都で放送を行っている40局のうち、38局です」

「2局たりないか」

「1局は子供向け教育番組、もう1局は天変地異があっても番組を動かさないと評判の局ですので、これだけ集まれば十分ですね」

「なるほど」

「あと20秒です。音声はこちらからのみ一方通行、質疑のため許可した先のみ音声を繋ぎます。では、そろそろ私、黙りますねー」


 代わりに、正面のモニターの一部にカウントダウンの数字が出た。

 数字が次第に小さくなっていき、0になった。


 モニターに38の報道局の記者の顔が映った。

 向こう側では、メイリアの顔だけが見えているはずだ。


 記者達の顔に驚きが広がった。

 その可能性があると知っていて通信を申し込んだとはいえ、実際に皇女が画面に出てくれば、驚きを禁じ得ない。このような通信に出てくるような相手ではないのだ。


 メイリアはしばらく黙り、記者達が職務を思い出すのを待ってから語り始めた。


「皆さん、こんにちは。改めて名乗るまでもないかもしれませんが、私は、帝国第一皇女メイリア=スイレジ=クォルクです」


 メイリアは意識してゆっくりと喋っている。

 おだやかに。

 たおやかに。

 切なげに。


「今日は、皆様に悲しいことをお伝えしなければなりません。誰の考えなのか、いまだ発表されていないことが私にはとても悲しく、このような形を取らせていただきました」


 誰に語りかけるにでもなく、全員に語りかけていく。


「我が父皇帝レクスザール3世陛下は、昨夜、崩御されました。暗殺です」


 相手からの声は聞こえないはずだが、あきらかにざわついたのが画面だけでもわかった。

 崩御というだけでも衝撃だが、それが暗殺となればなおさら。


「暗殺の実行犯は、父上を殺し、さらに私の命までも狙ってきました。私が今こうして生きているのは、セツト=ヴァイエル閣下が危険を顧みず守ってくれたおかげです」


 メイリアは滔々と語っていく。

 セツトが帝都に来ているのは、同盟のため皇帝が招待したものであること。

 離宮で起こった出来事と、その後どうやってメイリアが脱出してきたのか。

 セツトが、護衛官が偽物にすり替わっていたことに気付いたこと。戦って偽護衛官の魔手から逃れ脱出してきたこと。


 メイリアはそれらをあえて叙情的に語り、涙を交え訴えていく。

 一つの局がそれをそのまま放送電波に乗せ始め、雪崩を打つように全ての局がLIVE放送を開始していた。

 あらゆる回線でニュースが駆け巡る。

 美しい皇女の涙は、それを見たものの感情を一瞬で引き込み、悲劇のヒロインとしての演出を完成させていた。


「離宮が今どうなっているのか、陛下のご遺体がどのような状態になっているか、私にはわかりません。捜査をする権限も、兵を動かす権限も私にはないからです。

 皆様どうか、私に力をお貸しください」


 放送が締めくくられた。

 そのタイミングを見計らっていたかのように、再び、デアグストの名で通信文が発せられた。


『宇宙艦隊総司令官より、帝都に駐留する全ての帝国軍艦艇に告げる。ただちに所属する艦隊に集結し、戦闘準備を整えよ。ただし、以下に述べるドラグーンは直ちに<レイ=ティーマ>の直掩に入ることを命じる。帝国は、貴公らが義務を果たすことを期待する』


 同じ文言が軍用の暗号化された通信でも飛び、真正なデアグストの命令であることを示していた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 逃走劇がうまくいったというべきなのか暗殺迄起こすには準備が粗すぎたよなと自作自演レベルの展開にあらっと驚きました。
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