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ドラグーン


 ドラグーンが一隻、最大加速で宇宙を駆けていく。

 艦は近衛艦隊所属。操っているのはガイブル男爵という男だった。

 キュークに殴り飛ばされ、<黒銀の栄光>号に演習で一方的にやられた男である。右頬骨のあたりにキュークに殴られた痕がくっきり腫れて残っていた。


「ワープジャマー作動よし、目標のワープを封じました」


 男爵は操縦席で腕を組んで、部下の報告を聞いていた。

 目標は民間のクルーザー一隻。

 男爵はさきほどの通信を脳裏に思い返していた。


「クルーザーを一隻、捕まえてもらいたい」


 通信の相手、ルフラン大公はそう告げてきた。

 その時ガイブル男爵は<黒銀の栄光>号への雪辱のため、帝都近傍での訓練を終えたところだった。


「クルーザー一隻? 私に?」


 そう聞き返したのは、たかが民間のクルーザーを捕まえるのにドラグーンを使おうという大公の考えが理解できなかったためだ。

 帝国の象徴であるドラグーンはそれにふさわしい場に投入されなければならない。


「そうだ、男爵。そのクルーザーは反逆の大罪に関わった疑いがある者が乗っている。可能な限り捕らえて貰いたいが、逃がすくらいなら沈めてほしい」

「反逆。そのような大事が」

「そうだ。まだおおやけにするわけには行かぬ故、表だって動かすことができないのだ。どうしようかと考えていたところ、幸い、クルーザーを捕捉可能なところに貴公がいた」


 僥倖だ。

 男爵はそう思った。

 反逆者を捕らえる。それならドラグーンで行うことも納得がいく。


「おぉ。それで大公自ら私にご連絡を」

「頼まれてくれるか。正規の軍命ではないが」

「もちろんです。爵位を持つ者は従軍の命が無い限り独立して動いてよいのが帝国の慣例、帝室に連なる元勲である大公からの依頼とあればお断りするはずがありません。それで、その疑いのある者とは何者なのですか」

「セツト=ヴァイエル」

「あの小僧が!!」


 男爵は顔に憎しみを露わにした。自分に屈辱を与えた<黒銀の栄光>号の主人。憎むのには十分な理由だった。


「なにをしたのですか、いったい」

「貴公にだけは教えておこう。彼奴きゃつめは、よりによって皇帝陛下を弑逆し、皇女殿下を攫って逃げている」

「なん……ですと……!?」

「極力捕らえて処刑する。だが、それが困難なときは、貴公が引導を渡すのだ。このまま逃がせば帝国の威光は暗黒星ブラックホールの底へと落ちよう」

「しかし、皇女殿下が乗せられているのでは」

「皇女殿下は、自分のために父のかたきを逃がすくらいなら、もろとも撃たれることを望まれるお方だ」

「……わかりました。この私が必ずや」


 男爵は請け負った。

 すぐにドラグーンを操り、クルーザー<うたたね丸>の追跡に入ったのだった。


 追跡に入って5時間。

 <うたたね丸>が帝都のワープ阻害圏から出ようとしていたところに追いつくことができた。


『停戦せよ。しからずんば撃沈す』


 男爵のドラグーンから<うたたね丸>に通告が送られた。

 返答はなく、<うたたね丸>は加速を続けている。

 だがすでにドラグーンの速度の方が大きい。追いつくために全力加速をしてきたのである。彼我の速度差は大きく、ものすごい勢いで距離が詰まっていっていた。


「再度通告を」

「はい」


 再度、同じ文が<うたたね丸>に送られた。

 しかし状況は変わらない。

 男爵は意を決し、操縦席の接続結晶に自らのそれを合わせた。


「接続」


 ドラグーンの操作を掌握。

 すでに稼働状態にある砲を操作し、照準を合わせた。


 威嚇をするつもりはなかった。

 速度差が大きく、もたもたしていればドラグーンはクルーザーを追い越してしまい離れていってしまう。


 だからこれは私怨を晴らすためでは決してない。

 そう自分に言い聞かせて、男爵は砲の引き金を引いた。

 ドラグーンのビーム砲が男爵の意思の通りにビームを放ち、そのうちの一本がクルーザーを直撃した。


 クルーザーは積んでいた反物質の対消滅のエネルギーに灼かれて光となった。


「<うたたね丸>爆散しました」


 部下の声が操縦室に響いた。


「よろしい。ルフラン大公に通信を。撃沈を報告しなければ」


 恨みを晴らした達成感に浸りながら、男爵はドラグーンとの接続を解除した。






 そのころ、セツトは<うたたね丸>の中にはいなかった。

 セツト、メイリア、サツキの3人は、帝都中枢区の中にいた。

 <うたたね丸>で出航した直後、宇宙服で船外に出て、中枢区に戻っていたのである。


 デアグストを信じていなかったわけではない。

 暗殺の全貌が分からない。皇太子単独か、大公派か、王国か連邦のスパイか、それとも。

 ある程度事情に通じていれば、離宮から逃れたメイリアが誰を頼るかと言えば、当然宰相派の有力者か、デアグストかだと予想されうる。

 そんな中デアグスト所有のクルーザーが帝都を離れようとすれば、メイリアが乗っていると思われるのが当然だ。


 <うたたね丸>は囮。

 セツト達は今、『本命』の操縦室にいた。


 ドラグーン<レイ=ティーマ>。

 帝都中枢区の皇宮に近い特別な区画に収められたそのドラグーンは、皇家の所有するいくつかのドラグーンのうち、メイリアの愛用艦とされている艦だった。

 外装には壮麗な装飾が施され、到底戦闘艦には見えない。もちろん中身は純粋にドラグーンであり、一度も戦闘に参加しておらず、故に損傷修復箇所もない。製造されたままの状態のドラグーンである。


 サツキの力で中枢区のシステムに侵入し、ロックを開け、警備をやり過ごしながらここまで潜入してきた。

 <レイ=ティーマ>にたどり着いてしまえば、搭乗口はメイリアの接続結晶で開けられる。

 セツトは操縦室の邪魔にならない席に座っていた。操縦席にはメイリアが座っている。

 サツキはメインオペレーター席で操作卓を叩いていた。


「セツト様、<うたたね丸>が撃沈されたみたいです。設定していた進路上で対消滅がありました」

「囮にしておいて良かった。沈めたのは?」

「ドラグーンでした。どこの誰のかまではわかんないですけど。さて、起動準備おわりましたよっと」

「ありがとう。殿下、操縦なさいますか?」

「いいえ、私は操縦があまり上手くないので。セツト様、お願いします」


 セツトは肩をすくめた。


「僕は操縦どころか接続すらできないんですよ」

「え?」


 メイリアの目がセツトの左手に向けられた。結晶はそこにきちんと付いている。


「これね、なにかの異常でまったく使えないんですよ」

「そうなのですか……」


 メイリアの目に様々な感情がよぎったようだ。


「これのせいで僕は伯爵家を追われましたが、これのおかげで要塞に出会えました。なので今は特に気にしてません」

「そうなのですね。ではそのおかげで私はセツト様に出会うことができたのですね」


 メイリアの顔が少し赤くなった。


「そういうことになりますね」


 セツトはさらりと頷いた。メイリアの言葉の深い意味は考えないことにした。

 考えてはならない。


「操縦は、サツキがやってくれ」

「はい、お任せあれ!」


 サツキの元気な声が操縦室内のムードを変えた。

 サツキが<レイ=ティーマ>の出航に向けて最後のプロセスを実行し始めた。



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