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離宮脱出

 メイリアは答えを見失っていた。

 本来聡明であるはずの頭脳が、急に起こっている今の現実に対応し切れていなかった。


 どうする。

 思考が、時折空転しながらも正解を導き出そうと動いている。

 父様は。護衛兵は。メイドたちは。セツト=ヴァイエルは。

 いや、そんなことよりまず今自分に何ができるかだ。

 この場を去るか、去らないか。

 そう、この2つだ。

 この場に残るのは……だめだ。偽護衛兵の排除はできても、その先の打つ手がない。離宮に留まっていれば、檻の中にいるのと同じ。

 ならば去るのはどうか。外にいる誰か、例えば宰相やデアグスト司令官を頼れば、なにがしかの道が切り開けるだろう。メイリアがここから脱出することで『メイリアも狙われていたのだ』ということができる。


 メイリアはぐっと唇を引き締め、セツトを見返した。


「逃げましょう」


 返答は短く。

 セツトは頷いた。


「陛下は?」


 メイリアは間髪入れず答えた。


「お連れできません」


 連れ出したところで、助ける手立てを講じる当てはない。


「分かりました。殿下、お手を」

「1人で歩けます」

「動転しているときには、人の助けを借りるべきです」


 セツトは有無を言わさずメイリアの手を取ると、部屋の出口に向かって早足で歩き始めた。


「サツキ、殿軍しんがりを任せる。1人は連れてこい」

「はいっ」


 任されたサツキが、回復しつつあった護衛官にもう一度電撃を食らわせた。


「ぐがっ」


 護衛官が悲鳴を上げた。

 その間にセツトとメイリアは部屋から出ることができた。ガラス張りの回廊を急いで進んでいく。


 後からサツキが追いついてきた。片手で気絶した男の襟首を掴んで引きずっている。

 回廊を走りきり、再び離宮の無機質なスペースに入った。

 目指すは小型艇が繋がれているはずのドッキングベイだ。


「この先にここまで来るのに使った小型艇が繋がれたままのはずです。ただ、もし私の想像通りなら……」

「操縦士は殺されているでしょうね」


 セツトはメイリアの言葉を引き継いだ。脱出の手段になる小型艇の操縦士を生かして置くとは思えない。


「何かお考えが?」

「大丈夫、お任せください」


 セツトは請け合った。

 メイリアが自身の接続結晶でドッキングベイへの扉を解錠し、開けた。


 小型艇の入口は開けられたままになっていた。

 3人で小型艇へと乗り込み、小型艇の側の扉を閉めるボタンを押して閉鎖した。

 すぐにロック状態を示すランプが点灯した。

 これで外からこの扉が開くことはない。


「それで?」


 問うメイリア。


「捕虜は客室へ、僕たちはまずは操縦席へ」


 セツトはサツキを連れて、小型艇の操縦席への扉に向かった。

 まだ気絶している偽護衛官は客室に放り込んでおいた。

 操縦室の扉はロックされていた。


「登録された操縦士の接続結晶がないと開かないのですよ」

「知っていますとも。サツキ、できる?」

「少々お待ちください」


 サツキが扉の鍵部分に手を当てた。

 待つこと数秒、扉のロックが解除され、開いた。


「どうして……」


 メイリアは驚きを隠せない。見る限り、サツキの手には接続結晶もないのに。


「セツト様、自己紹介をさせていただいても?」

「ん、あぁ、どうぞ」

「はい。メイリア殿下、改めて自己紹介させていただきます。私、<ヴァーラスキルヴ>要塞駐留海兵隊に所属しております強襲戦闘用AIユニットがひとつ、個別識別名サツキです。ただいま、セツト様の秘書及び護衛の任を務めさせていただいております。この程度の接続結晶認証ロック、私にとってはロックされているうちにも入りません」


 と、サツキは地球連邦軍式の敬礼をした。


「わかりやすく言うとー、私は機械です!」

「き、機械……?」


 メイリアは信じられない様子だった。

 人間と見分けが付かないほどの機械なんて、物語の中でしか見聞きしたことはない。急に言われても信じかねるのは仕方が無い。


「証拠を見せろって言われてもエッチなことになっちゃうので許してください。さて、作業を進めたいんですが、セツト様?」


 とサツキはセツトに指示を求めた。


「小型艇を動かす。まずはこの離宮から離れよう」

「はい」


 サツキが操縦席に座ってコンピューターの操作を始めた。


「その後は、帝都中枢区に戻っていただけますか?」


 行き先についてメイリアが意見した。


「殿下、その行き先を選ばれる理由は?」

「私たちだけでこの事態に対処するのは難しい。助けが必要だと思います」

「確かに……。キティが、<黒銀の栄光>号が帝都から離れている以上、殿下のつてで助けを得るしかなさそうですね。具体的にはどなたに?」

「父上と懇意の宰相閣下かデアグスト司令が一番の候補かと考えています」

「どちらの方が適任か、向かいながら検討するとしましょうか」

「そうですね」


 メイリアは頷いた。さしあたってどうするか考えている間は皇帝の死の事を考えずに済む。メイリアの頭は次から次へと必至で考えることを探し、処理していた。


「発進準備完了です」

「では発進」

「はいっ」


 がこん、と小型艇が離宮との接続を離す音が響いた。


「ドッキング強制解除完了。姿勢制御系で安全距離まで離れた後、加速をはじめますね」





 デアグストは、一日の執務を終え、自宅へと戻ってきた。

 送りの公用車から降り、運転手の兵に見送られながら、門の認証鍵に触れた。

 重い門扉の半分がスライドし、デアグストを中に迎え入れる。


「ん」


 入った瞬間低い声が漏れた。

 背後で門が閉じていく。


 デアグストもかつては前線でドラグーンを駆っていた歴戦の男だ。

 その直感が違和感を告げてきている。

 何かが変だ。

 具体的に何かおかしいわけではない。ただ感じていた。


 デアグストはさりげない歩調で家に向かいながら、精神を臨戦状態へと整え上げた。

 玄関まであと10メートル。

 果たして何が現れるのか。


 警戒を維持したまま玄関にたどり着く。ドアノブを掴み、勢いよく開けた。

 玄関、異常なし。

 奥へと足を進める。

 リビング。

 そこが異常の根源だった。

 ここにいるはずのない人物が3人、ソファーに座っていた。家の中にいるメイド全員が部屋の端に集められて所在なさげに立っている。


「これは、どういうことかご説明いただけるのでしょうな、殿下?」


 メイリア、セツト、サツキの3人だ。なぜか、市井の者が普段着るようなカジュアルな服を着ていた。


「閣下、お騒がせして申し訳ありません」


 メイリアが立ち上がり、礼をした。


「帝都で最も信頼できる方にご相談しなければと思ったものですから」

「相談?」

「はい。ご存じでしょうか。さきほど、父様が身罷られました」

「……なんと?」


 デアグストの精神は奇襲を食らって総崩れになった。

 メイリアが父と呼ぶのはこの世に1人しかあり得ない。いや、だが。まさか。そんな。


「やはりまだ伏せられているのですね」


 メイリアの重い雰囲気が、デアグストにそれが事実だと言うことを教えてくれた。


「軍事偵察の基本は、信じたくない事実は事実である可能性が極めて高いと考えろということです。一体何が?」

「毒です」

「毒……」


 帝国とて歴史の長い国家である。

 暗殺の犠牲になった者はそれだけで辞書が書けるくらいいる。

 それでも、今このとき起こったという事実に、デアグストは驚愕せざるを得なかった。


「陛下が……。だが、それがまだ私にすら聞こえてこないのはどういう理由でしょうか」

「陛下は、衛星離宮にいる時に殺されました」


 デアグストには、それで皇帝の死が秘匿されている理由を悟った。目にした者が少なければ、箝口は容易だ。


「おいたわしや。いったい何者がそのようなことを」

「わかりません。衛星離宮の護衛官を入れ替えられる者……。考えたくないことですが兄様の仕業かもしれません」

「……」


 デアグストはとっさに返す言葉が見つからなかった。

 兄。すなわち皇太子。皇太子がなぜ皇帝を殺さなければならないのか。

 いや、これはまだメイリアの推測だろう。しかし、メイリアもあまりに信じがたいことであるために推測の表現に留めているのかもしれない。


「まさか。皇太子殿下は戦場での勇気には事欠かないお方ですが、そのようなことをする類いの勇気はお持ちではないはず」

「私もそう思います。しかし、他に誰が異常を悟られることなく離宮の護衛兵を入れ替えることができるのでしょう」


 一族である皇太子なら不可能ではない。


「確たる証拠を掴むまでは断定すべきではありません」


 デアグストはあえて前言に背くことを言った。


「そうですね」


 頷いたのはセツトだ。


「僕たちが離宮から離れてくるのに使った小型艇に、護衛官になりすましていた者を捕虜にしています。のちほど場所を教えますので、確保と調査をお願いします」

「わかりました。ひとまず詳しい事情をお聞かせください。まずは温かいものでも飲まれますか?」


 メイリアが頷いた。


「ただ、私は閣下を信頼していますが、メイドの全員を信頼することが難しい心境にあります。恐れ入りますが、セツト様、飲み物の用意をお願いできますか」


 メイリアの目に猜疑心が強く表れている。その目がデアグストは悲しかった。


「仰せのお気持ちは理解できます。どうぞお気の済むままに」


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