海賊流交渉術
挑発された側の反応は早かった。
向こう側から、「なんだとこのアマ」「えらそうに」などと何人かの声が小さく響いてきた。たしか一緒に追いかけていた別の船の船長達の声だ。
「キューク、いま騒いだ連中は切っちゃって。ノリがいまいち、5流だわ」
「へい。では4人は今回ご縁がなかったと言うことで」
スクリーンの向こう側には恐ろしいほどの余裕がある。
さきほどまで34隻の大船団に襲われていたはずなのにだ。
(やはり罠なのだな。)
船長は確信した。
先に行っていた連中はすべて撃破されたのだ。
「さて、選ばれた3人の方々、はじめまして。私はキティ。<黒銀の栄光>号キャプテンよ。あなた達に、しっぽを巻いて逃げるチャンスを与えてあげる」
「逃げて良いのですか?」
「いいわよ。特別に積荷も勘弁してあげる。あぁ、もちろん、そっちが献上したいというならいただくわ」
「残念ながら、花束すら持ち合わせていません」
「まぁ、かよわいレディーを襲うのに花束も持ってこないなんて。あと1分以内に減速反転しなさい。そうしないとどうなるかは、想像にお任せするわ」
「たった1分!?」
「そうよ。前髪をつかむ時間を与えてあげるなんて、なんて優しい。もうあと50秒。じゃあね」
キティが手を振って、通信は一方的に切れた。
「……船長、どうします?」
「反転だ。通信を切られた奴らにも教えてやれ、あと40秒だぞと」
「はい」
7隻の賞金稼ぎの船が反転していく。
足並みは乱れているのは、寄せ集めだからだろう。
「敵艦、撤退してゆきます」
「うん、ありがとう」
ミツキが言葉にしてくれた。
セツトは頷いて、通信をつなげっぱなしのキティに向き合った。
「お頭、ありがとうございます」
「いいさ。はったり交渉なら、私の得意分野よ」
キティはすっかりくつろいだ様子を見せている。<黒銀の栄光>は今この要塞に向かって進んでいるはずだ。
「けど、すぐにまた敵が来ると思うけど、どうするの?」
どうするの、とはセツトがどう行動するかと言うことだ。
要塞主砲は、定められたとおりの性能を発揮した。
しかし、何百年、いや、何千年放置されたか分からない物である。高エネルギーの奔流に様々な部分が耐えられなくなっており、要塞の機能はさらに低下することになった。
「融合炉出力10%に低下、主砲へのエネルギー伝達回路崩壊、主砲塔の94%になんらかの故障が発生しています」
ミツキの報告はそのようなものだった。
キティによる交渉がなく7隻が突っ込んできたら、<黒銀の栄光>号は危なかったろう。
セツトにはあれを交渉と言っていいのか疑問だったが。
<ヴァーラスキルヴ>要塞の現状をまとめると、次のようになる。
メインのエネルギー供給源である縮退炉は肝心のブラックホールがなく使えず、サブであるところの反物質反応炉も燃料切れ。サブのサブである核融合反応炉1つがかろうじて動いているという状態だ。
超光速航行は不可能。
移動能力も失い、要塞は現在はただ宇宙を漂っている。
主砲塔群はいまさっき使用不能に陥り、それ以外の兵器も全て使用できない。
本来様々な生産設備も持っていたとのことだが、その全てがやはり使用不能。
航宙艇という棺桶が、要塞という棺桶にランクアップしたようなものだ。
セツトのがっかりした顔を見たミツキは、ついに感情らしきものを露わにした。
「長期休眠で復帰に必要なもの以外全て保全のために捨てていたのですから、やむを得ないではないですか。時間と物資があれば要塞の機能は回復できます。棺桶よりはましです」
要塞がそういう状態であるので、今後どうしていくか、が問題となるのであった。
「これまでのように小惑星になりすますことは?」
「主砲の使用で偽装がかなり吹っ飛びました。再び偽装をするには、時間が必要です。時間的には最低限の移動能力を復旧する方が速いかと思います」
「移動能力の復旧までの日数は?」
「2日です」
「お頭、間に合います?」
「遠くから観測されて見つからなければ大丈夫ね」
「電子的な偽装と、超長距離に対する光学偽装でしたら、現状でも十分かと考えます。近くに寄らなければばれません」
「わかった。それじゃあその方向で行こう。ミツキ、プランができたら見せてくれるかな?」
セツトはこの要塞のことをもっとよく知る必要を感じていた。今のところセツトの人生の唯一の頼みの綱なのだ。
「すでにあります。どうぞ」
セツトの正面の空中に板状の映像が浮かび上がり、計画書が示された。
移動能力の復旧の段取りはおおきく2つに分けられていた。
一つ目が、要塞内の不急の設備を資材にして、生きている融合炉の補修とトラクタービームおよび採掘用レーザーの復旧を行う。これで周囲にあるものを引き寄せて資源にできるようにする。
二つ目で、周囲の小惑星や先ほど撃沈した宇宙船の残骸を使って、移動能力を取り戻す。
「なるほど。推進剤の備蓄はあるの?」
「推進剤は不要です。本要塞の主推進機関は、エネルギー転換による無限推進システムを採用しています」
「それは、どういうシステム?」
「発生させたエネルギーをそのまま本要塞の運動エネルギーに変換します。推進剤を使用するような作用反作用の法則に縛られた推進機関は、攻撃に対してあまりに脆弱ですから」
ミツキの説明は、詳しく原理を解説する、というよりは機能として把握するための説明だった。もっとも、セツトにしても理論説明をされたところで理解できるわけではない。
「便利だなぁ」
宇宙において、移動とは推進剤の物量である。
推進剤がなくなれば加減速はもちろん、姿勢制御もできなくなり、流れ星のように流れていくことしかできない。
推進剤の残量管理は宇宙戦闘の基本だ、教えられていた。
その推進剤補給に縛られることなく移動できる。戦略上の利点は計り知れない。
「このプランでよろしいでしょうか?」
ミツキが確認してくる。
「うん、構わない。これで頼む」
セツトは頷いて、要塞司令官席から立ち上がった。
<黒銀の栄光>号を港まで迎えに行かなければ。
反物質運搬船<ベイレッジ>号。
恒星の近くに設置された反物質生成工場から、ヌーブ星系内の宇宙港や機動施設に反物質を運搬するための専用船である。
大量の反物質を運搬するため、万が一の事故があると大変なことになる。そのため、運搬船は複数の反応炉を持ち、軍艦並みの重装甲が施されている。
その<ベイレッジ>号のブリッジに、キティの声が響いていた。
「停船せよ。さもないと痛い目みるわよ」
<ベイレッジ>号は、キティの停船勧告におとなしく従った。
万が一攻撃されて反物質の気密に影響があれば、対消滅とそれによって生じる熱量によって船が消し飛ぶのだ。
反物質運搬船は海賊に対してとても脆弱だった。
停船と言っても、宇宙空間のことであるから、加減速と姿勢変更の禁止を指している海賊用語である。
「船長、さっそくだけど、反物質コンテナを投棄してもらえるかしら?」
「分かりました」
船長はキティの指示に従った。
反物質は、推進剤と並んで宇宙船に必須の戦略物資だ。
軍艦も民間船も、反物質反応炉で電力を得ている。反物質がなければエネルギーを得られず、動くことすらできない。反物質運搬船が宇宙海賊のターゲットになるのは必然であり、よくあることだった。
<ベイレッジ>号の船腹にはめ込まれていた長方形のコンテナが外され、宇宙を漂い始めた。<黒銀の栄光>号はゆっくりとコンテナに近づき、コンテナを格納庫内に収めた。
<黒銀の栄光>号が<ベイレッジ>号から離れていく。
「さぁ、大変なのはこっからよ。追いかけてくるだろうおっかない帝国軍から逃げないとね」
<黒銀の栄光>号のブリッジではキティがいつものソファで正面スクリーンを見据えていた。
ブリッジでの配置はいつも通りだ。セツトの席として簡素な椅子が新たにキティの右斜め前に備え付けられていた。
「こんだけの反物質、持ってって売ればけっこうな金になるのにな」
「セツト、分け前はくれるのか?」
「え、あ、はい。ミツキに聞いて、使わない分はどうぞ」
セツトは<黒銀の栄光>号の手際を見学していた。男達はいちいちキティが指示を出さなくとも次々と作業を進めていた。
無駄のない手慣れた『海賊』行為だった。父のドラグーンに同乗させて貰った時に見たきっちりとした運用とは違うが、これもひとつの洗練された形だと思った。