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離宮の同盟

 <黒銀の栄光>号と艦隊の模擬演習が行われた翌日。


 無機質な扉が開くと、セツトの目の前に、惑星があった。

 海の青さと、雲の白さ。雲の隙間からはわずかに陸地が顔をのぞかせていた。

 今もその地表では何億という人間が生活しているはずだが、宇宙からではその営みの一つ一つを見ることはできない。

 帝国発祥の惑星ほし

 先祖が暮らし、巣立った、かつての故郷。

 初めて近くで見るその迫力に、セツトはしばし時を忘れた。


「そろそろ行きましょうか」


 メイリアに声をかけられ、セツトは我に返った。


「失礼いたしました」

「いえいえ、ここで目を奪われていただかないと、設計者が嘆くというものですわ」

「そうですね」


 セツトは頷いた。

 小型艇の客室から、外の見えないドッキングベイの狭い通路を通され、無機質な区画を通った先に突然目の前に惑星が現れる。

 視覚効果を意図した造りなのは間違いなかった。


 セツトは地球連邦軍の白い制服に袖を通していた。脇に控えるサツキもまた同じような制服を着ている。

 メイリアもシンプルなスカイブルーのドレスを着ていた。

 公式オフィシャルな儀式に臨むからこそである。

 セツトの帝都訪問の主目的である帝国との同盟締結。

 様々な行事の合間に折衝を繰り返していたが、ようやくその大筋がまとまったのだ。


「こちらへ」


 メイリアに先導され、セツトはガラス張りの回廊を歩いて行く。

 ここは衛星軌道上にある小さな離宮だ。

 何代か前の皇帝が、地表に降りなくても帝都本星を感じられる場所として建造したものだという。

 小型艇しか接舷できず、滞在できる人数も少ない。

 皇帝の私的空間とも言える場所だが、帝国の地上時代につみかさねられた先例によると、ここが同盟関係の締結を行う場所として最も適当だと言うことになったらしい。


 短い回廊の先、つきあたりに装飾の施された扉があった。

 先を行くメイリアが扉に近づくと、扉は自動で開いた。

 セツトはメイリアの後について部屋に足を踏み入れた。


 広い部屋だった。

 中央にはくつろいで座れる大きなコの字型のソファーが置かれていて、座ったまま帝都本星を眺めることができるようだ。

 室内には水路が設けられていて、水が流れ、涼やかな音を響かせていた。植えられた植物といい、室内は地上を感じさせるものに包まれていた。


「どうぞおかけになって」


 メイリアに促され、セツトはソファーに腰掛けた。

 ふわりと沈み弾力が体を包む。

 メイリアはセツトの正面に腰を下ろした。


「何か飲まれます?」

「お茶をいただけますでしょうか」

「もちろん。少々お待ちください」


 しばらくすると、メイドがお茶を持ってきた。目の前でポットからカップへと茶が注がれた。

 目の前のローテーブルにカップがふたつ並べられた。


「ありがとう」


 セツトはその茶を一口すすった。

 カップを寄せるだけで若々しいフレッシュな香りが鼻をくすぐる。口に含めばさらに強い香りが鼻腔の奥へと立ち上り、わずかな苦みが精神を刺激した。

 良いお茶だ。当たり前だが。


 セツトが茶を楽しみながら待っていると、しばらくして、奥の別の扉が開き、皇帝がやってきた。

 紫の軍衣。皇帝の正装だ。


「ようこそ我が家へ」


 皇帝は両手を広げ、歓迎の笑みを浮かべていた。

 セツトは立ち上がってそれに応えた。


「お招きいただき感謝します、陛下」

「わざわざすまんな。典礼が先例を踏襲しておけとうるさくてな」


 セツトは苦笑した。

 帝国が『同盟』を締結するなど宇宙に出て以来なかったことだ。

 宇宙時代における帝国の外交とは、『降伏させる』『放っておく』『宣戦する』『停戦・休戦する』の4択しかない。


 友好的な外交関係の確立は地上時代にまで歴史を遡る。

 当時地域内随一の勢力に過ぎなかった帝国に対し、南方からある王が貢ぎ物を持ってやってきたという。

 皇帝はその王をひどく気に入り、皇帝の私的空間である離宮にその王を呼んで親しくした。

『貴殿は南方を制覇されよ。余は北方を統べん』

 皇帝はそう語りその国との同盟を結んだ。

 セツトは今その先例をなぞらされている。


「儀礼を済ましておけば満足する者には、満足させておけば良いのではと思います」

「その通り」


 皇帝はメイリアの隣に座った。


「さて、さっそくだが条件はすでに整ったと聞いた」

「はい。要塞こちらは、まずドラグーン百、それと戦列艦用のシールド発生機1万の提供を」


 セツトの言葉に皇帝は頷き、言葉を返す。


「帝国は、要塞と協力関係にある独立諸国領への不可侵と自衛への協力、いくつかの商品の帝国内での販売許可を」


 今度はセツトが頷いた。


「あとはそのための細則といったところです。いかがでしょうか陛下」

「不満が1つある」

「……なんでしょう」


 セツトは身構えた。


「メイリアとの婚約が入っておらんことだ」


 皇帝の表情は本気か冗談か分からない。セツトはちらりとメイリアの表情も伺うが、さすが一族、メイリアの表情も読めない。


「それが入ってこそ帝国と要塞の蜜月をアピールできるというもの。帝国内には要塞と縁を切り連邦と休戦せよという声もある。それらを押さえ込むには婚約が絶好の案なのだがな」

「それは……」

「婚約を入れるか、同盟ごと断るか、選んで良いぞ」


 いや、これは本気ではないのか。

 セツトは困った。

 再びメイリアの顔を伺っても、やはり何を考えているのか分からない。

 婚約にはメリットもあるがデメリットもある。

 それになにより、だ。感情の部分でイエスとは応じられない理由がある。

 困っているセツトを睨んでいた皇帝が、破顔した。


「冗談だ」

「冗談でしたか……」


 セツトは内心胸をなで下ろした。


「即答していれば別だったがな。今更ここで即答できるような奴は信用ならん」

「はは……」


 乾いた笑いしか出てこない。皇帝怖い。


「まぁ最後のことは余の遊びと思って忘れてくれ。だが、あとで欲しいと言っても値が上がっているかもしれんことは覚悟しておけよ」

「わかりました。その時は上がった値で買わせていただきますよ」


 皇帝は笑顔を見せた。


「よかろう。ならば貴殿は貴殿が守るべき国を守られよ。余は宇宙を統べん」


 皇帝が用意された台詞をなぞった。



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