ごほうび
「……困ったわ」
ワープアウトしてすぐ、1隻目を撃沈したキティは浮かない顔をしていた。
「気持ちは分かりやす、おかしら」
キュークがうんうん頷いている。
「あら、言ってみて?」
「いいですぜ。罠を張ったつもりで待ち構えている奴らをとっちめてうさを晴らそうと思ってたら、ド三流すぎて憂さが晴れないってことでござんしょ?」
「直截的すぎて好きじゃないわ」
ド三流の部分が。
「すいやせん。じゃあ、連中のレベルが学生のクラブ活動レベルってあたりで」
「学生のクラブ活動の方が真剣にやってる分ましよ」
「たしかに」
キュークは大きく頷いた。
「せっかく晴れ着を用意してあげたのに、無駄かしら」
キティが晴れ着と言っているのは、ただの白いビキニだった。
キティは船長席で片膝を立てた。白いふくらはぎがふっくらともりあがり、胸が自身の膝に押しつぶされて柔らかさをアピールし始めた。
船に悪さをしたコンピューターを見つけた功労者、主計部のオーラッド指定の水着である。キティはその水着の上から海賊のコートを羽織り、船長席に座っていた。
「あっしたちには眼福ですがね」
「ありがと」
「で、どうしやすか。黒幕調べるのに一隻くらい捕まえときやすか?」
「この連中に依頼の裏を調べておくほどのおつむがあるとは思えないんだけど……」
「なさそうだなとあっしも思いやすがね、いちおう聞いといた方がいいんじゃねぇですかい」
キティは、指先で髪を弄んで少し考えを巡らせた。
「そうね。せっかく晴れ着も着たし、最後の2隻には降伏勧告してあげましょう」
「へい」
キティとキュークがそんな相談をしている間にも、ブリッジの男達はそれぞれの判断で操艦し、戦いを展開している。<黒銀の栄光>号の乗組員はいずれも百戦錬磨、先代の頃から<黒銀の栄光>号を操って共に戦っている男達である。無言の連携についてはすでに神業の領域に入っている。
敵艦達はワープ囮に踊らされて陣形を崩したところに、さらに射程外から一方的に撃たれ続けるという悲劇に見舞われていた。
明確な指揮系統がないのだろう、それぞれの船が好き勝手な判断でうごいている。日頃から連携を取り、通信ができない環境でも艦隊行動を維持できるよう訓練しているような連中ではない。
<黒銀の栄光>号が、コンピューターを乗っ取られたままワープアウトしてくるだろう地点に出てくる、という事前に想定した状況から変わってしまうと全く対応できないのだ。
キュークがド三流というゆえんであった。
敵艦は12隻。
一隻、また一隻と撃沈していく。
賞金稼ぎ達はまだ一発の有効弾さえ与えられていなかった。
射程が違う。
貫通力が違う。
照準精度が、回避機動の予測精度が、全ての戦闘能力に差があった。
<黒銀の栄光>号を有効射程に収めるまで接近できた船が4隻。ただ、それらの船の砲撃も、<黒銀の栄光>号の防御シールドに阻まれ、かすり傷さえつけることができない。
「なんだあの船! 別物じゃねぇか!!」
ラザロウは、自分の変の艦橋で叫んでいた。
叫ばずにはいられなかった。
彼の中での<黒銀の栄光>号とは、名船ではあるものの、装備は古ぼけて、それを技倆でカバーしているという船だった。
それは、要塞で改修される前の<黒銀の栄光>号の評価としては正しい。
だが彼は知らなかった。
<黒銀の栄光>号は、骨組こそ変わらないものの、<ヴァーラスキルヴ>要塞によって、兵装全取っ替えというレベルの『古代化』改修をうけていた。
装備は全て地球連邦軍巡洋艦級相当。
帝国軍横流し品で固めたとはいえ、その多くが駆逐艦(ドラグ-ン)に追従するためのフリゲート級の装備である賞金稼ぎ側に正面戦闘で太刀打ちできるはずがなかった。
「どうやら、勝てないようですね」
ラザロウの横で落ち着き払った声がした。
彼にこの話を持ってきた男、ヴォールフである。
「ヴォールフさん……」
ラザロウはその男の表情を見た。特段焦っているようすはなく、平静そのものだ。
ここにもしセツトがいれば、言葉を失っていただろう。彼は間違いなくヴァイエル伯爵家執事、ヴォールフその人だった。
「ま、よいでしょう。ここで沈められずとも、目的は果たせるでしょうから」
「な、何の話なんだ?」
「ん? いえね、仮にここで全滅したとしても、あの船長の頭には帝国への疑念が残る。できれば沈めてしまいたかったですが、こちらの駒が弱すぎたのでは仕方在りません」
ラザロウはヴォールフが言っていることが理解できなかった。
「こ、降伏を」
「だめですよ、降伏などしては。私がそそのかしたことがばれてしまうではありませんか」
ラザロウはとっさに腰のブラスターを引き抜き、ヴォールフを撃った。
ラザロウの判断としては、彼の人生で最もよい判断のひとつに数えられるだろう。ただし相手がヴォールフでなければ。
ブラスターの銃口からほとばしったエネルギー弾は、ヴォールフめがけて飛んだが、その胴に当たる前に、何かに阻まれて四散した。
「なん……なにが……?」
「個人携行シールドはまだどの国にも再現されてませんから、驚かれるのも無理のないことです」
ヴォールフは淡々と、人差し指でラザロウを指さした。
指さされたラザロウだけに見えていた。その人差し指に小さな穴が空いているのを。それは銃口のようだとラザロウは思った。
その銃口の中心が光った。
次の瞬間、ラザロウの思考は永遠に止まった。
「船長!?」
ラザロウが倒れたのを見て立ち上がったオペレーターが次の犠牲者だった。
他のオペレーター達は事態に頭が付いてきていなかった。
ヴォールフは銃をもっていない。持っていないのに、その指先からエネルギー弾がでて、次々と仲間達が倒されていく。
一人一発、的確に致命傷だ。
ブリッジにいる者が死に絶えるまで10秒もかからなかった。
「これでよし」
虐殺を済ませた男、ヴォールフは満足げにひとりごちると、穏やかな足取りでブリッジから出て行った。
しばらくしてラザロウの船から一隻の小型航宙艇が飛び出した。戦闘行動による電磁波が渦巻く戦場で、その小型艇を捕捉できる船はなかった。
その間にも、<黒銀の栄光>号と賞金稼ぎ達の戦いは続いていた。
すでに半数の船がやられ、爆散していた。
ラザロウの船は直前に与えられたプログラムに従い、<黒銀の栄光>号へと一直線に向かっていった。
<黒銀の栄光>号からの砲撃がラザロウの船に集中した。
ラザロウの船は満足な回避機動を取らないまま3発の直撃を受け、爆発して散った。
<黒銀の栄光>号は攻撃を続け、10隻目を沈めたのち、砲撃を止めて降伏を勧告した。
「すみやかに停船せよ。従うなら命は助ける」
残された2隻の船に、それに抗う意志は残されていなかった。
2隻は指示に従った。回頭して<黒銀の栄光>号との相対速度をゼロにするよう減速を始めた。
通信が確立され、モニターに映し出されたキティの姿に2隻の船長が驚いたのも無理はない。
「ごきげんようお二方。プールに飛び込む前の準備運動としては、ギリギリで及第点といった感じだったわ」
船長2人は見えないところで拳を強く握った。
キティの水着姿を、わざわざ嫌みを言うためだけに着替えたのだと勘違いしたためであった。




