悪夢再び
シルベスターは、与えられた船の艦橋でグラスを傾けていた。
安酒である。ガツンと強くて、さっと手軽に酔えればいい。そんな酒だ。
一度酒に溺れきってしまえば容易には抜け出せない。
(だがこの仕事が終わるまでだ)
この仕事が終われば、シルベスターは再び賞金稼ぎをすることができるようになる。用意されたこの船の性能は、脅威の一言だった。
外から見ても巧妙に隠されているが、驚くほど多くの武装が装備されている。主推進機関の出力も大きく、補助推進、姿勢制御、回避機動用のスラスターも十二分に備えられていた。
性能的には帝国軍の正規フリゲートと同等。
シルベスターと乗組員達はそう見ていた。
この艦を使いこなせれば1級の賞金稼ぎになれる。
そうすればこの愛すべき労働者専用酒ともおさらばだ。
船長席の呼び出し音が鳴った。通信だ。相手の表示は、ラザロウ。彼は近くの別の船に乗ってシルベスター達と同じように待機しているはずだ。
「よう」
「どうした、作戦前だろ」
「俺たち賞金稼ぎがそろって作戦も何もないだろうが」
「ま、そうだが。時間が来る、<黒銀の栄光>が来る、殺到する、沈める、だろ」
「あぁそうだ」
「作戦が単純すぎねぇか?」
「こんなもんだよ。何、相手は一隻だし、今回はこないだみたいに変な横やりもない。いけるさ」
「そうだな!」
彼らは、その楽観的で雑な作戦立案が彼らを3流に留めている理由であることを理解していなかった。
「ひとつ気になるんだが、そろそろ<黒銀の栄光>が出てきてるはずの時間じゃないか?」
「ん……? あぁ、本当だ」
いつの間に時間が経っていたのだろう。
シルベスターはラザロウに言われて初めて気がついた。
「すこしのずれくらいあるだろ。気にすることないさ」
「そうか……。まぁ待つか」
「このまま連中が来なくても、船返せとか言われないよな?」
「心配しすぎだろ、それは。とにかく、そろそろ連中が来るはずだから、通信は切って置くぞ」
「あぁ、次の通信では祝杯をあげよう」
シルベスターがグラスを掲げて見せると、通信が切れる間際、ラザロウが笑ったのが映った。
「……まだワープアウト兆候はないか?」
「ありませんね」
「ふうむ」
うなりながら、シルベスターはグラスを傾けた。カラン、と氷が音を立てたが、液体が口に入ってこない。
「ちっ、空か」
誰にも聞こえないよう小さく呟いて、足下の酒瓶を取って中身を足した。
「いつ来ても対応できるよう警戒は怠るなよ」
「はい」
乗組員にしてみれば、酒を飲んでいるシルベスターに言われても緊張感など保てるはずがない。
それでも返事だけは従順だった。
継ぎ足した酒が空になる頃になっても、<黒銀の栄光>号は現れない。
「おい、本当に来ないんじゃないのか」
シルベスターは不安に駆られ始めた。
「知りませんよそんなこと」
乗組員にしてもしびれを切らしている。返答はぞんざいだった。
その男は退屈そうにモニターに表示される観測データを見ていたが、ついにある数値を見て、活気が戻った。
「ワープアウト兆候発生」
「来たか!」
待望の反応にシルベスターは立ち上がった。
「位置が予定の誤差範囲からずれてます。包囲の外側、本艦背後1万キロ!」
「急速回頭だ!」
シルベスターの命令で船はワープアウトしてくるだろう<黒銀の栄光>号に正面を向けるべく回頭を始めた。
「ワープアウト兆候解析完了、質量<黒銀の栄光>相当です。ワープアウトまであと1分」
1分あれば回頭は間に合う。
「砲撃準備も急げ!」
「はいっ」
艦橋がにわかに慌ただしくなった。
「船長、もうひとつワープアウト兆候! よこっつらです!」
「なにぃ!?」
ブリッジのメインモニターの状況図に、もうひとつのワープアウト兆候が表示されていた。
シルベスター達賞金稼ぎ艦隊は、本来の<黒銀の栄光>号ワープアウト予定地点を取り囲む球形の配置をとっていた。
最初に発生したワープアウト兆候はシルベスターの船の背後。
もう一つは、その兆候に対して90度をとる位置に発生していた。
「質量、こちらも<黒銀の栄光>相当!」
「2隻!? いや、どっちかがワープ囮だな!?」
どっちだ。
どっちがデコイでどっちが本物だ。
シルベスターは酔いの回った頭で考えた。
「2つめだ! 後の方が本命だ、そっちに向けろ!」
「はい!」
船が新たな方向に向けて回頭していく。
周りの船達は、バラバラに判断して、それぞれ本物と信じた方に向けて回頭しているようだ。
ワープアウト兆候から遠い位置にいた船は、ワープアウトしてきた船を射程に収めるべく加速を開始している。
綺麗な球形をしていた陣形は乱れはじめていた。
「一つ目、ワープアウトします。……コッチが本命だちくしょう!」
索敵担当のオペレーターが叫んだ。
彼らの船は今、ワープアウトしてきた<黒銀の栄光>号に艦の横腹を向けている。射撃目標としては最も被弾しやすい位置関係だ。
「ならそっちに回頭だ!」
だが大きな問題は無い。まだ射程外だ。
そう自分に言い聞かせて安心しようとしたシルベスターの心を、激しい艦の揺れがおそった。
「な、なんだぁ!?」
「被弾! 砲撃です!!」
「んな馬鹿なぁぁぁ!!」
シルベスターの声は絶叫の悲鳴にちかい。
そうしている間にも次々と艦にビームが直撃している。
艦が大きく激しく揺れた。
「回避、それと反撃、反撃だ!」
シルベスターは叫ぶことしかできなかった。
シルベスターの意識が光の中に消え去るまで、長い時間はかからなかった。




