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模擬演習


決闘えんしゅう開始5分前です」


 そのカウントダウンを、セツトは近衛艦隊旗艦<ヴェルダイティア>の艦隊指揮室で聞いていた。

 壁面を占める大きなモニターに、<黒銀の栄光>号が写っている。

 別の画面ではドラグーン1隻とフリゲート3隻の隊列、3つめに俯瞰の状況図が映し出されていた。


 『貴重な宝飾品を奪い逃走する海賊船を、ドラグーンが追い戦いを挑む』というのがこの演習の設定だ。

 <黒銀の栄光>号が1隻なのに対し、帝国側が4隻なのは、<黒銀の栄光>号が地球連邦いせきの技術による艤装を施されていることとのバランスを考慮して、という言い分だ。


「フェアとは言えないんじゃないですか」


 セツトはそう抗議したが、当の本人であるキティたちが気にしていなかった。


「演習なんて負けたって気にすることないわよ」

「そうそう、あっしらに正々堂々戦って勝つみたいなプライドないんすからね」

「むしろ正々堂々戦うことになった時点で海賊失格」

「宝奪うところからやらせて欲しかったぜ。そうしたら、そのまま持ち逃げしてやんのによ」


 なんて笑っているのだ。

 したがってセツトだけが抗議したところでむなしく、帝国軍が設定した条件で演習は行われることになった。

 演習開始の状況は、<黒銀の栄光>号が帝国部隊の攻撃有効射程に入る瞬間からだ。

 セツトはモニターをじっと見つめた。





 そのころ、<黒銀の栄光>号の環境ではいつも通りのゆるい空気が流れていた。


「推力64%で加速中っす」

「あと5分で帝国軍有効射程に入りやす」

「防御シールド80%出力で展開」

「回避機動スラスターは75%でスタンバイ完了」


 <黒銀の栄光>号では、全ての能力にセーブをかけてこの演習に臨んでいた。全力の性能の情報をわざわざ与えてやることはない。「だいたい8割」の性能を設定してその範囲内で戦う予定だ。

 こんな演習に勝つ必要など無い。ただし、設定した範囲の性能を使い切って勝ちには行く。

 キティ達はそういうスタンスであった。


「そろそろこっちの有効射程ってことでいいですかね?」

「そうね、そろそろいいかしら」


 キティは頷いた。本来なら10分前に有効射程に入っていたのだが、がまんしていたのだ。


「射撃用意、目標、敵ドラグーン」

「へい。エネルギー充填おわってやす」

「撃っちゃって」

「ほい」


 射撃開始の命令が下り、砲が演習用の設定に抑えられたビームを吐いた。


 演習相手の男爵のドラグーンは、回避機動を開始してすらいなかった。

 ほとんど全てのビーム砲がドラグーンに直撃した。


 少しして、審判艦がドラグーンの中破認定と知らせてきた。

 あわてて帝国部隊が回避機動を始めている。


「あれで中破ってずるくねぇですかい」

「今のは沈んでんだろ節穴審判め」

「えこひいきだえこひいき」


 艦橋で文句の声が上がった。


「中破ではあるんだから、次はフリゲートいくわよ」


 キティが淡々と命令を下した。


「へい」


 第2射がフリゲートめがけて打たれた。

しかし今度はさすがに相手も回避機動をしている。一発がかすっただけだった。


「そろそろこっちも回避機動開始。さて、8割で気合い入れてくわよ」

「へーい!」


 艦橋で男達の声が重なった。気は抜いても手は抜かない。



 結局、演習はあっさりと<黒銀の栄光>号の勝ちで終わった。

 帝国部隊は、最初に唯一のドラグーンを中破されたのが大きく、大きなダメージを与えることができないまま、全艦撃沈の判定を受けた。


 一方の<黒銀の栄光>号は小破。

 結果から見れば一方的であった。


「楽勝でしたぜ」

「所詮近衛のお坊ちゃんだな」


 <黒銀の栄光>号ブリッジでは相手のなんとか男爵の酷評祭りが開かれていた。


「しょうがねぇさ、キュークのパンチのダメージが抜けきってなかったのさきっと」


 などと言い合っている艦橋に、電子合成音声が響いた。


「ワープドライブ起動します」


 全員の目が機関担当の男に集まった。


「ち、違う俺何もしてねぇぞ」


 何事か。全員の頭に疑問符が浮かんだ。

 次に叫んだのが航法担当である。


「ワープ準備始まってやす、星系内ワープ! 目的地は……外縁、なんにもないとこ!」

「ワープ中止!」

「できやせんっ」

「接続結晶切断されやした!」


 誰の操作も受け付けずに<黒銀の栄光>号のコンピューターが勝手にプロセスを進めていく。


「反応炉閉鎖できません、このままだとワープしやす!」

「止められないの!?」


 キティの問いかけに、キュークが首を振った。


「お頭、これは無理だ!」


 キティは一瞬目をつぶる。ぬるい演習で緩んでいた心と脳に活を入れた。


「いいわ。止めらんないなら腹くくるわよ。どこの誰に売りつけられたケンカか知らないけど、操艦と戦闘装備を取り返すことを最優先。何とかしなさい」

「へい!」


 まもなく、<黒銀の栄光>号はワープした。






「<黒銀の栄光>号、ワープしました……?」


 その頃、<ヴェルダイティア>の艦隊指揮室にも戸惑いが広がっていた。

 ワープした理由が分からない。なぜ<黒銀の栄光>号はワープしたのだろうか。

 デアグストがセツトを見た。


「理由に心当たるか?」

「いいえ、全く」

「海賊の気まぐれの可能性は?」

「確かに予想できないことをやる事の多い連中ですけど、理由のないことはしませんよ」

「ふむ。とにかく追いかけた方が良さそうだな。万が一に備えて2個戦隊を動員しよう」

「よろしくお願いします」


 セツトは頭を下げた。<黒銀の栄光>号がどこかに行ってしまっては、今セツトの自由に動かせる船はない。

 キティに何か考えがあるのか、それともなにかに巻き込まれたのか。

 セツトの心に不安が忍び寄ってきていた。


「サツキ、何か分かる?」


 傍らに控えるサツキに聞いてみた。


「いいえ、分かりません。距離がありすぎて情報が連携されていませんでした」


 サツキは首を左右に振った。


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