会談
「長きにわたってというと、どれほどなのですか?」
セツトは尋ねた。
「分からぬ」
皇帝は答えた。
「気がついたときには戦っていた。奴らは自身の手を汚さぬ。ある時、帝国に仇なす者の背後に奴らがいる場合があることに気がついたのだ」
そういえば、あのどうしようもない海賊も誰かにそそのかされたようだった。似たようなことをこれまでも続けてきているのか。
「どういう連中なのです?」
皇帝は頭を振った。
「そこが、分からぬ。存在することは確かだ。しかし、どういう素性の連中で、何を目的としているのか、いまだに確証はない」
「全く分からないのですか?」
「二つ、分かっている。奴らの当面の目的は帝国を害することにあること、奴らの持つ技術は帝国を遙かに上回っていること」
帝国、王国、連邦の技術力はおおよそ同水準にあるといっていい。その水準を遙かに超えるとなると、この宇宙では一つしか心当たるものはない。
「地球連邦?」
「確証はない」
皇帝の返答はほとんど肯定だ。
「滅んだのでは?」
「滅んだ現場を見た者はおらん」
「しかし、地球連邦であるなら水面下に潜むような必要は無いでしょう」
<ヴァーラスキルヴ>要塞ひとつがどれだけの威力を持っているか。セツトはそれを身をもって知っている。
残党と呼べるほどの勢力があるのなら、とっくに人類の全ては彼らの支配下だ。
「そうかもしれん。しかし、滅びは免れたとしても衰えているだけなのかもしれぬ。仮説の可能性は無限にありうる」
「そうですね。遺跡を起動しただけの者かもしれませんし」
セツトは皇帝に都合のいい結論に誘導されているだけの可能性も考えて返答している。しかし、帝国内の問題に留まらない思いのほか大きい虫がいるらしい。これは予想外のことだった。
「そうかもしれんな」
皇帝は特に対抗してこない。
「全てはまだ可能性の話だ。情報部もがんばっているが、なかなか尻尾をつかめぬ」
「そうですか」
セツトの方でも、有意義な情報が得られることは期待していない。
情報は宝。皇帝が仮に何か知っていたとしても、打算抜きで提供することはしないだろう。
「要塞には、なにか地球連邦の記録など残っていなかったか?」
皇帝の問いかけに、セツトは首を横に振った。
「残念ながら、軍事系の情報のほかはめぼしい情報はありませんでした」
「そうか、残念だ」
皇帝もさして落胆したようには見えない。
お互いに隠している物は多い。
「何か分かったら、知らせて欲しい。帝国からもそのように計らう」
「わかりました。そうすると、信頼できる連絡役が必要になりますね」
「選ばせておこう」
「やんちゃなお方でないことを祈っておりますよ」
とはセツトの軽口である。
「はは、さすがにそれは危険がすぎるな」
「仰るとおりです」
「うむ。必要の無い危険は冒せぬ」
朗らかに微笑む皇帝を見て、セツトは皇帝の底知れなさを感じた。皇帝は、メイリアを送り出せば身に危険が生じることを分かっていながら派遣したのではないだろうか。いや、おそらくそうだろう。必要なら危険も冒すと言っているのだから。
「必要、でしたか?」
セツトは敢えて踏み込んだ。
「必要だとも。知らないだろうと思うが、おぬしは帝都ではなかなか人気者なのだぞ。戦いで父を失いながらも勇敢に戦いを継続し勝利を収めた英雄として。おぬしが帝都にいることを知られたら、部屋の前に令嬢達の行列ができあがるだろうさ。メイリアも会ってみたい会ってみたいとしつこいものだから泣く泣く送り出したというわけだ」
「まさかそんな」
「本当だとも。ああ見えてミーハーなところがある」
ここまでまぜっかえされては、セツトの推測は正解だろう。必要かどうかの事情は全くはぐらかされているが、皇帝が必要だと判断したことは確かだ。
「ミーハー、ですか」
「そうだとも。ロマンスに憧れとる。求婚されなかったか?」
「されましたよ」
ロマンスのかけらも香らない方法ではあったが。
「求婚してもし答えがイエスだったら結婚させてくださいと頼まれていてなぁ。なんと答えた?」
「同盟のために結婚する必要などありません、と」
「何だと貴様。メイリアの何が不満だ」
皇帝が目を細め、朗らかな雰囲気が一瞬でなりを潜めた。凄めばさすがに人類で最も強大な権力を持っている男の一人である。有無を言わせない迫力があった。
いまさら臆するセツトではない。
「満足不満足の話ではありません。殿下の結婚は、帝国にとって政略上重要なカードのひとつでしょう」
正論で返す。
少しの間にらみ合って、皇帝が相好を崩した。
「いかにもその通りだ。睨んですまなかったな。おわびに何か知りたいことはあれば答えよう」
「そうですね……」
セツトは少しの間考えた。
凄んで見せたのは親馬鹿としての言葉なのか、情報を提供する口実のためなのか、皇帝の腹はそう簡単には見えそうにない。真意が見通せないのは決してセツトの経験不足だけではないだろう。さすが皇帝、というほかない。
さて、この機会に何を聞いておくべきか。やはり今回の目的の一つが大事だろう。
「父を殺したのは誰か、知りとうございます」
この質問にはさすがに皇帝にも緊張が走った。
「それか。余が話すとして、その内容を信じるのかね?」
「分かりません。ただ、真実に近づく材料にはなるかと考えています」
「全く良い心がけだ。それならば余が知っていることは教えよう。帝国内の貴族は、概ね2派に分かれている。一つは宰相ホルン公爵を領袖とする宰相派、もう一つはルフラン大公率いる大公派だ」
「ルフラン大公はたしか、陛下の再従兄弟でしたね」
「そうだ。そもそも余が即位したことから不満を抱いている」
「その、大公派の仕業だというのですか?」
「正確にはその下の下だな。万が一発覚しても大公にまでは罪が及ばぬように」
「手を下した者はわかっているのですか」
「ヴァイエル伯が戦死した際、大公派の何人かが伯爵の周囲に集まっていた。宰相派の特に信頼できる者からドラグーンの記録を提供して貰って調べたが、誰と特定できるまでの情報はない」
「その記録、見せていただいても?」
「後ほど渡そう」
「お願いします」
リッヒ子爵が見たと言っていたコルン子爵の名がそこにあるかどうか。リッヒ子爵の持っていた記録とも照合してみる必要がある。
「例の虫は、絡んでいるのですか」
「分からぬ。絡んでいても不思議はないが、そう簡単に尻尾を出してくれる連中ではない」
「なるほど」
「うむ。それともう一つお詫びのおまけだ。ヴァイエル殿のところにいるリッヒ子爵な。王国に繋がっているぞ」
「もちろん、その証拠もいただけるのですよね?」
「あぁ、もちろんだとも。そうでなければ失礼というものだろう」
皇帝は鷹揚に頷いた。




