帝都へ
帝都。
そう呼称する都市はいくつかあるが、一つの惑星系をもって帝都を称しているのは、ただ一つである。
もとは、その惑星にある一地域を治めるだけの国家であった。それが、建艦能力を保つ遺跡を手中に収めるという僥倖に恵まれた結果、広大な星間帝国を作り上げるに至った。
現在の帝都は、惑星系の重力均衡点上に広く広がっている。
大小様々な大きさの宇宙空間上の施設で成り立っており、柱のような物でいくつか繋がっている施設もあれば、独立している施設もある。その多くは方形をしていた。
<黒銀の栄光>号は、帝都L1宙域にある大きな楕円形の施設に接舷しようとしていた。事前に教えて貰った情報によれば、その楕円形施設は宮殿をはじめとする帝国の中枢機関が存在する場所だ。
限られた船しか接舷できない場所である。
<黒銀の栄光>号はそこに向かっているのだ。
周囲には帝国近衛艦隊に所属するドラグーン10隻が展開し、先導を務めている。
「近衛艦隊のエスコート付きとは恐れ入るね」
たいていの事では軽さを失わないキュークの声も若干緊張している。
「艦隊のエスコートがつくのは、あっしの人生の最後に大海賊として処刑台に送られるとき、って計画してたのに。計画が台無しじゃねぇか」
「キューク、あんたが人生を計画に基づいて動かそうとしてたなんて、今世紀一番の驚きだわ」
緊張を紛らわす手段を探していたキティがそれに飛びついた。
「あっしほど人生を計画的にすごしてる奴はめったにいやせんよ」
「計画的、の定義が人類の辞書とは違うみたいね」
「事前に立てた予定の通りにやってくことじゃねぇんですかい?」
「その定義によると、キュークの人生はどこが計画的なの?」
キティの記憶によれば、キュークが海賊を始めたきっかけは船長からいびられて殺されそうになった後輩を助けるために船長を撃ち殺したことにあったはずだ。
「計画の1行目に臨機応変に変更せよ、と書いてありやす」
「なるほど。それじゃあ今回も計画を変更するわけね」
「へい。なのでこれも計画的ってことで」
「そういうのを行き当たりばったりって言うのよ」
「お頭だけの秘密にしといてくだせぇ」
ブリッジで言うのだから、秘密も何もあったものではない。
「そうね、秘密にしといてあげる」
「恩に着やす。サツキ、操艦の方はどうだ?」
<黒銀の栄光>号は今、サツキの操艦で動いていた。使えるものは何でも使う、乗るなら仕事しろ、が<黒銀の栄光>号のルールである。
「ドラグーン全艦、機動予測済みですよ。いつでも撃沈できます」
帝都に来るまでの道中で、サツキの発言はすっかり<黒銀の栄光>号のノリに毒されていた。
「よしお頭、いつでも撃てますぜ」
「セツトの顔に免じて、今日のところは見逃しておいてあげるわ」
「残念です。セツト様、撃っちゃだめですか?」
などと聞いてくる辺り、サツキは若干悪ノリが過ぎる。
「先に向こうが撃ってきたらね」
セツトも適当に答えておいた。まずあり得ない事態である。招いておいてこんなおおっぴらなところで撃ってくる馬鹿はいない。
「はい! 待ちますね!」
そんな無駄な会話を楽しんでいる間にも、船は粛々と宇宙港に近づいていく。言葉とは裏腹にサツキの操艦はさすがで、ドラグーンから等距離を保って宇宙空間を滑らせていた。
ほどなく<黒銀の栄光>号は宇宙港の与圧ゲートから中に入り、接舷、固定された。与圧ゲートが閉まり、区画に空気が注入されていく。
外の気圧が1気圧になった事を確認してから、セツトは外に出た。船の外にはすでに可動式のタラップが架設されていた。
セツトは、サツキと共に無重力の中そのタラップの手すりを伝うように飛んだ。
タラップの向かい側はすこし開けたスペースがあり、儀仗兵が並び、高位の軍人が1人でセツトを待っていた。
セツトが床に足をつけると、靴底の磁石が床の金属板を捉えくっついて、小さく金属質の音が響いた。
セツトを待っていた軍人は賓客を迎える礼をとった。セツトも客として答礼した。
「帝国宇宙艦隊総司令官アレク=デアグストと申します。ヴァーラスキルヴ要塞司令官セツト=ヴァイエル閣下、ようこそ帝都へ」
「お出迎えいただき、誠に痛み入ります」
「本来なら他の者が対応するべきなのかもしれませんが、私は前のヴァイエル伯爵、ハグラルとは古い友人でした。失礼を承知ながら無理を通させていただきました。お許しください」
そう語るデアグストの表情は若干ながら柔らかく、まるっきり表向きの理由というわけでもなさそうだった。
「左様でしたか。失礼などとんでもございません。むしろ嬉しく思います」
セツトは素直に応えた。
事務的なやりとりをいくつかした後、セツトはデアグストに案内され、停泊区画から出た。エアロックにもなっているゲートを出ると、すぐ目の前に大きな黒塗りの車が止まっていた。
セツト達が出てきたのを見て、車の脇に控えていた警護の男がドアを開けてくれた。セツトが促されるままに車に乗ろうとすると、すでに誰かが乗っているのに気がついた。
車内は広く、ゆったりとした座席が向かい合わせにしつらえられていて、乗り込もうとするセツトとちょうど顔を合わせる位置に座っていた。
見たことのある顔だ。
すこしだけ記憶をたどるのに時間をかけたのち、ようやく目の前の顔と繋がった。
皇帝レクサザール3世。
すでに初老といっていい年頃であるが、風貌は若く、活力がある。セツトが乗ってくることを知らないはずがない。皇帝はセツトの姿を見ると鷹揚に頷いた。入ってこいと言うわけだ。
セツトが乗り、サツキが乗り、デアグストが乗ろうとして皇帝に気づいた。
「陛下、なぜこのようなところに」
今気がついた、といわんばかりの演技である。
「近衛に用があってな。せっかくだから、少し立ち話をしたいと思ったのだよ。ヴァイエル殿、よろしいだろうか?」
「もちろんです。私も陛下とお話しをしとうございました」
「ありがたい。ほれ、デアグスト、さっさと乗れ」
皇帝にせっつかれて、デアグストが車に乗り込んできた。
車がゆっくりと滑るように動き出した。
(さて、何を話したものだろうか)
このタイミングで皇帝と会うとは思ってもいなかった。どうも皇族の方々は不意打ちが好きなのかもしれない。
だが向こうが押しかけてきたのだ。向こうから何か話したいことがあるだろう。
セツトは、初手は受けに回ることにした。
しばらくの間、お互いを推し量り合うような沈黙が続いた。
「我が娘メイリア。なかなか良い子に育ったと思うがどうだろう?」
沈黙を破ったのは皇帝である。
皇帝はメイリアが要塞に来たことを当然知っているはずだ。そこから話を切り出すと言うことは、要塞と帝国の関係をどのようにしていくかというところを探るつもりなのだろう。
「美しく、帝国を背負うだけの度胸も十分におありの方とお見受けしましたが、少々やんちゃなところが気になりますね」
「はは。要塞に行かせたのは、余の指示なのだ。驚かせてすまなかった」
「とんでもございません。帝国の現状を知る一端になりました」
「ほう、なにか分かったのかね」
探ると言うよりは、興味の方が強いような調子だった。
セツトが交渉の盤面を動かすのを期待する返答だ。
「えぇ、陛下。帝国には、虫がいるようですね。中から腹を食い破ろうとする虫が」
期待に応じて、セツトは一手を返した。
皇帝もデアグストも動じた様子を見せない。
「知っている。帝国は、長きにわたってその虫と戦っているのだから」
皇帝はゆったりと微笑みを浮かべ、頷いた。