人質交換
<ディア=ヴァイドⅡ>から切り離された小型艇が<虚空の蜜月>号に向かっていく。
人質交換である。
<虚空の蜜月>号を見逃す代わりに人質を解放して貰うには、きちんと人質が解放される見込みが無ければならない。かといって、価値のない人質では<虚空の蜜月>号の安全が保証されない。
人質メイリアに変わって、代打はセツトだ。セツトは<虚空の蜜月>号に乗り込むと、ブリッジに上がり、メイリアの乗った小型艇が<虚空の蜜月>号から切り離されるのを確認した。
切り離された小型艇はすぐに<夜明けの大砲>号に回収された。
「さて、それじゃあゆっくりと逃げ切らせていただきやすかね」
<虚空の蜜月>号のクオーク船長が手を叩いた。
「いえ、ちょっと待って貰っていいですかね?」
それを制止したのはセツトである。セツトは宇宙服のヘルメットを外しただけの姿でブリッジに上がってきている。<虚空の蜜月>号の乗組員1人がその背中に銃口を向けていて、セツトを“ちゃんとした人質”にしようとしていた。
「なんで?」
その人質から思わぬ言葉を言われて、クオーク船長は気分を害したようだった。
「まだあなたがなぜこんなことをしているのかを聞いてません。グロリアス提督の差し金ですか?」
セツトは背中の銃口など無いかのように堂々と振る舞っている。
「おかしらが? まさか。おかしらは、おまえさんと、あそこに浮かんでるヘブンバーグにぞっこんだよ」
「ではなぜ?」
「国同士の大きな争いなんて金にもならないもんをやらされちゃあたまんねぇからだよ。俺は抜ける、これはその駄賃のためってやつだったのさ。台無しだがね」
「金銭ですか」
「そうよ。もういいだろう。おまえは今人質なんだから、大人しくしてな」
クオーク船長はいらだった様子で会話を切り上げようとした。
「最後に一つだけいいですか?」
「なんだよ」
「皇女が要塞にいると貴方に教えたのは誰です?」
「……うるせえなぁ。皇女もおまえもそんなことばっかり気にしやがって。自分の命の心配でもしたらどうだ? なめてんのか?」
「まさか。ただ、そういう命令でしたので」
「命令? 誰の?」
「セツト様の」
セツトは自らそう言った。
クオーク船長はじめ<虚空の蜜月>号の乗組員は誰一人その意味を理解できなかった。
目の前にいる人質はたしかにセツト=ヴァイエルのはずだ。画像で確認したんだから間違いない。
「命令はこう。皇女殿下が解放された後、黒幕の調査を行い、速やかに<虚空の蜜月>号を制圧せよ」
セツトに銃を突きつけていた男は、馬鹿ではなかった。目の前の人質は大人しく人質をやるつもりがない。事態が分からないなりに男はそう判断して、引き金を引いた。殺してしまうことはないよう、肩を狙って。
セツトがそれをかわすのは容易なことだった。鋭い動きで体を回転させながら放った左のフックが男のこめかみを捉えた。男がコメディアンの芸のように鮮やかに宙を飛び、ブリッジの壁にたたきつけられた。
「なお、乗組員の生死は不問」
クオーク船長はとっさに腰のブラスターを抜き、撃った。エネルギー弾はセツトに当たる直前、不可視の壁に阻まれたかのように炸裂して散った。
「セツト=ヴァイエルじゃないな!?」
クオーク船長がにらんだ。
セツトが左手を自らの顔に一瞬かざすと、その下の顔が変わった。セツトの顔ではなく、ミツキの、否、<虚空の蜜月>号の者達は知らないことだったが、サツキの顔である。
光学偽装。
「ミツキか!」
「いいえ違うよ。私はサツキ。魂はミツキ姉様の妹みたいなものだけど、体は別。海兵隊仕様の作られたこの体、結構強いの。よろしくね」
サツキはそう言いながら無警戒に宇宙服を脱いでいった。中から現われたのは、見た目はか弱い少女の体である。見た目通りか弱いなどと信じる者はいなかったが。
「さて、それでは、作戦開始」
サツキはクオーク船長に向かって跳躍した。
鋭く、しなやかに。
動いた、と皆が思った瞬間にはすでに船長席に肉薄していた。
サツキは片手でクオーク船長の持つブラスターをひねり上げて奪うと、クオーク船長の背後に回り込み、その腕を背中でねじり上げた。
サツキは奪ったブラスターを構えるとクオーク船長のこめかみに突きつけた。
「素直に降参してもらえると、あたし嬉しいな?」
サツキは笑顔を浮かべてブリッジにいる乗組員を一通り見回した。
「……生死は問わないんじゃなかったっけか?」
糸口を探るかのように質問をした乗組員の股間をブラスターの閃光が打ち抜いた。
「次にイエス以外の返事をしたら殺す。私が指示する以外の動きをしても殺す。何だろうとあたしが怪しいと判断したら殺す。生死を問わないっていうのは、生殺与奪はあたしが決めていいっていう意味なのを、ちゃんと理解して欲しいなぁ」
乗組員達は誰一人動けなくなった。
クオーク船長の動きを封じた白兵戦能力、狙いをきっちり撃ち抜いた射撃能力、どちらもただ者ではないことを悟ったからだ。全員で一斉に襲いかかっても、返り討ちになる未来しか見えなさそうだった。
「さ、みんな、降参してくれるよね?」
サツキの笑顔の問いかけに、首を横に振れる勇者はいなかった。
「セツト様、<虚空の蜜月>号制圧完了しました!」
セツトは<ディア=ヴァイドⅡ>の操縦室でサツキの報告を受けた。
「ありがとう、状況は?」
「ご命令通り、殺さずに制圧しました。船長以下乗組員は全員、船倉で神に祈っているところです」
「神に……?」
サツキが何をやらかしたのか不安になる表現だった。
「比喩的修飾ってやつです。気にしないでください」
「そう、それはあとで詳しく聞かせて貰うとして、船のコントロールは?」
「すでにあたしの管理下です」
「よし。そしたら、<夜明けの大砲>号の船長と話がしたい」
「わかりました。<ディア=ヴァイドⅡ>と<夜明けの大砲>号の通信を繋げますね」
ほどなくして<夜明けの大砲>号のブリッジと通信が繋がり、ヴェルナンテ船長とメイリアの姿が映し出された。
「これは、どういう状況でしょうか?」
ヴェルナンテ船長が端的に説明を求めてきた。<虚空の蜜月>号に自分たちの代わりに人質になりに行ったはずのセツトが<ディア=ヴァイドⅡ>から通信をしてきている。説明を求めてくるのは当然だ。
「僕が行ったと彼らに勘違いさせた、というだけのことです。<虚空の蜜月>号はすでに僕の部下が制圧を終えています」
「いくら彼らが間抜けだとはいえ、勘違いさせるのは簡単では無いと思いますが、どのような魔法を?」
「船長。ふふ、それは軍機というやつですよ」
「ふふ、それは残念」
「閣下、お助けいただきありがとうございます」
セツトとヴェルナンテが互いに含みのある笑いを交わしていると、メイリアが口を挟んできた。
「当然の役目を果たしただけのことです。しかし、そうほいほいと攫われてもらっては困ります。帝国を滅ぼすおつもりですか」
ここでメイリアに何かあれば、要塞と帝国の協力関係は築けなくなる。そうなれば王国と連邦との二正面作戦を強いられている帝国の戦況は厳しくならざるを得ない。
現時点で帝国が滅ぶことはセツトにとっても都合が悪い。三つ巴だからこそ独立諸国が要塞に味方するのだ。
「申し訳ありません。油断しておりました」
メイリアはしおらしくしている。
「今後はよりお気をつけください。必要なことがあれば、便宜は図りますので」
「はい」
セツトは通信を終えた。
「それじゃあ、要塞に戻ろうか。サツキ、よろしく」
「はい、セツト様」
サツキの声だけが響いた。




