未来の選択
<黒銀の栄光>号がスラスターを噴射し、小惑星に偽装した要塞から離れていく。
セツトは、要塞司令室だというところに設置された大きなスクリーンでその後ろ姿を見守っていた。
「<黒銀の栄光>号、相対速度現在秒速5キロメートル。まもなく小惑星帯を脱出します」
ミツキが状況を教えてくれる。
「ご武運を、お頭……」
短い間の付き合いだったが、セツトはとても助けて貰った気がしていた。命だけではない意味で。
「残念ながら、それは困難かと思われます」
ミツキに言われて、セツトは心臓が止まる思いをした。
「なぜ?」
「はい。こちらをご覧ください。この要塞および小惑星帯の周辺の状況です」
スクリーンに地図のような物が表示された。中央に小惑星帯、その周囲に、多くの小さな点が動き回っている。模式図だ。
「現在、小惑星帯周辺に34隻の船を確認しております。さらに遠方から、30分以内に到着するものだけでも7隻を確認しています。すべて<黒銀の栄光>号の敵艦と予想されますが、それぞれの位置および予測される性能によると、<黒銀の栄光>号が撃沈されずに逃走できる可能性は、0.5%です」
「そんな……。予測が外れる可能性は?」
「織り込み済みです。なお、本要塞の戦術シミュレーションは、特に少数での戦いにおいて極めて正確に予測できることが数々の会戦で確認されております」
スクリーンの模式図で、小さな光点がにわかに動き出した。<黒銀の栄光>号に向かって集まっていくようだ。
「<黒銀の栄光>号、捕捉されました」
(逃げてくれ。なんとかうまく……!)
セツトは祈った。
スクリーンの中で、光点が<黒銀の栄光>号にむらがっていく。
「司令官閣下、本要塞の現状について報告いたします」
突然、ミツキが口をだしてきた。
「本要塞は現在、多くの機能が使用不能となっておりますが、要塞主砲は使用可能です。報告以上です」
「主砲?」
「はい。使用すれば、一撃で敵性艦全てを撃沈できる可能性が87%あります」
「87%……」
セツトはつばを飲んだ。撃てば、<黒銀の栄光>号を助けることができる。
しかし、賞金稼ぎとはいえ、帝国に懸賞金をかけられた<黒銀の栄光>号を追いかけているのだ。これを妨害することは、帝国に対する反逆にあたってしまう。
(どうする。)
<黒銀の栄光>号を見捨てれば、家に戻ることができる。あんなことがあっても、伯爵家はセツトの生まれた家。戻りたい気持ちがある。
しかし、彼らを見捨てるのは正しいことなのだろうか。
セツトの話に泣いてくれた人がいた。抱きしめてくれた人がいた。家に戻れるじゃんと真っ先に言ってくれた人がいた。
ずっと昔に、父ハグラルが言っていた。
『貴族は、信念のため、正義のために戦わなければならない。一度でもそれを裏切れば、ドラグーンはただの暴力装置になり下がる。』
きっと、セツトを追放したことも、父なりの信念だったのだろう。
そのために、ヴァイエル伯爵公子であったセツトは、死んだ。
「……ミツキ、主砲発射用意」
「はい。<ヴァーラスキルヴ>要塞主砲塔群<グングニル>、エネルギー充填開始します。標的は敵性艦34隻、攻撃禁止目標は<黒銀の栄光>号、共に射撃管制システムに登録しました。閣下。全て撃沈してよろしいですか?」
セツトの心に一瞬、犠牲を最小限にしたいとの欲が浮かんだ。
しかしそれは下策だ。敵の戦意がどの程度か、いま<黒銀の栄光>号の損害はどの程度か、分からない以上、最小限などと虫のいい願いを通すわけにはいかない。
「敵に容赦はいらない。ことごとく撃ち沈めろ」
「かしこまりました。エネルギー充填完了まであと1分です」
セツトは頷いた。
これを撃てば戻れない。これまでずっと、将来はドラグーンに乗って帝国のために戦うのだと信じて疑わなかった自分とお別れしなければならない。
セツトは拳を握りしめた。
そのとき、<黒銀の栄光>号は、宇宙をのたうち回っていた。
被害は大きい。
回避機動用のスタスタ-の3分の1を失い、腹には大穴を開けられ、かつてのような機敏な操艦はもはやできない。
とどめを刺そうと群がってくる敵艦に砲撃を飛ばし、牽制することが精一杯という状況だった。
「お頭、こりゃだめですわ」
ブリッジでキュークが頭を抱えていた。
「来てるのは全部名前も知らないどんぶりの米みたいなやつですが、数が多すぎやす」
「やっぱり無理かあ。寄り道しすぎたねぇ」
キティはむしろのほほんとしている。
「ですねぇ。慈善事業のしすぎでさあ」
ブリッジの男達が違いない、と笑った。
SOSを発している航宙艇を見つけたときから、無茶のし通しだ。
航宙艇がヴァイエル伯爵家の城館から出たものであることは軌道を逆算してすぐに判明していた。長男死亡の発表があった伯爵家である。何かあると思って、敢えて救助することを選んだ。
加えて、小惑星帯でも、わざわざ緊急でない修理をしに着陸をした。さすがに遺跡の要塞があることは予想外だったが、なくても、適当に理由をつけて船から降ろしてしまうつもりだった。
そのすべてのつけが、敵のこの数である。
「ま、最後にいいことして死ねるってのはいいことだよ」
「じゃあお頭、最後に俺とSEXしてくだせぇ」
「いやだ」
「ひでえ! お頭のために童貞とっといたのに!」
「お前は素人童貞だからだめだ。私の処女は美少年の童貞にじゃなきゃやれないよ」
「ち、やっぱあの伯爵公子殺しとくんだった」
ブリッジが笑い声に包まれた。
船が被弾し、大きく揺れた。
<黒銀の栄光>号の反撃が薄くなったのを見て、これまで以上に大胆に敵艦が迫ってくるようになった。
(沈められる。)
誰もがそう思った瞬間。
「撃て」
「了解」
数百本の雷が宇宙空間を切り裂いた。
直撃した25隻は一瞬で消滅した。
直撃を免れた船のうち5隻も、エンジンなど船体の重要部分を失い撃沈、残りもほとんどが重大な損傷を被り、大破した。メインスラスターが誘爆した船もあれば、電子系統を破棄された艦もある。
無傷なのはわずか2隻。
「敵艦消滅……。発射地点、セツトの要塞です……」
<黒銀の栄光>号のブリッジは驚きに包まれていた。
「なんてこった……」
見たことがある全ての兵器の水準を大きく超えていた。わずか一斉射で30隻以上の戦闘艦を撃沈または大破せしめるなど、帝国の誇るドラグーンでもできない芸当だ。
「お頭、まだだ! ぼっとすんな!」
無事に残っていた敵2隻が、<黒銀の栄光>号めがけて全速で加速を始めた。
突っ込む気なのだ。
<黒銀の栄光>号がそのを2隻を止めようと砲撃を加えた。2隻はランダムに回避機動を取りながら、必殺の間合いめがけて距離を詰めてくる。
再び要塞から雷光が走った。
敵は、過剰な集中砲火を浴びて2隻とも蒸発した。
「要塞から電文で通信。『無事ですか、お頭。』だそうです」
「……あの伯爵公子、意外とバカなのかな?」
キティが呟いた。
「いや、お頭に惚れたんじゃないですかね」
「なるほど。私ってば罪な女ね。電文返しといて。文面は『すぐにあなたに会いたい。』よ」
「へい。『われ至急修理を要す』と返しときます」
<黒銀の栄光>号のブリッジは軽い。
「おかしい。いつのまに私の船に裏切り者が。いいから映像でつながんないの?」
「つなげまーす」
すぐにスクリーンにセツトの姿が映し出された。すぐ脇には、あのミツキというやつがいた。
「セツト、バカかあんたは」
開口一番、キティは罵った。
「お頭。僕は、お頭と一緒に生きていきたいんです」
キティは不意打ちをうけた。鮮やかすぎる不意打ちだった。
「い、いきなり何言ってやがる、あほう……」
キティは顔を赤くしてそう返すのが精一杯だった。
「なんだ。何が起こっている……」
そのころ、『どんぶりの米』のひとつが、自船のブリッジで呆然としていた。
高額の懸賞金がかけられたキティシアの船<黒銀の栄光>号を追うという仲間に声をかけられ、急いで船を出した男である。
先に向かった仲間の船はついに<黒銀の栄光>号を捉えて戦闘を始め、34隻もの大船団で一隻を攻撃するという、負けようのない戦いをしていたはずだ。
早く追いつかないと分け前を受け取ることができない。そう思って追いかけていたところ、先に戦っていた34隻の大半の反応が一瞬で消え去った。
わずかに残った仲間達も、それまでの慣性に従って宇宙を等速で漂っているだけのように見える。
この船が光学系で観測していればビーム砲撃を見ることができたはずだが、残念ながら彼の船は光学観測は行っていなかった。
「探知系の故障か?」
「いえ、<黒銀の栄光>は写って動いてるんで、それはないかと……」
「ならなんだ? 謎の新兵器か?」
「フィクションの見過ぎっすよ」
「む、そうか。すると、じつは大艦隊が伏せられてる、というところか?」
「いちばん現実的ですがそれでも非現実的ですね」
ならなんだ、と船長が言おうとしたところで、ピー、と電子音が鳴った。
「<黒銀の栄光>から映像付きです」
「出せ」
ブリッジ正面のスクリーンに<黒銀の栄光>号の船長が映し出された。
宇宙船のブリッジには不似合いな赤いソファーの上に、赤毛の美女が悠然と足を組んで座っている。まだ19才と、本来なら小娘と言ってもいい年齢だが、帝国がかけた懸賞金は10億。
「血筋」と「受け継いだ船と乗組員」が考慮されたのは確かだろうが、実際その懸賞金に見合う実績をあげているのも確かだ。
「私の自己紹介はいらないと思うけど、そっちの自己紹介もいらないわ。ごめんなさい、罠にほいほいかかる殿方なんて、興味ないの」
キティはさらっとした笑顔で挑発した。