姫と騎士
要塞外設宇宙港に備え付けられた設備の一つに艦艇発射設備がある。
出発する艦艇に大きな初速を与えるための設備である。2本のレールにトラクタービームと重力制御装置を組み合わせていて、艦艇自前の推進装置では出せない超加速を与えるものだ。
ドラグーン級駆逐艦<ディア=ヴァイドⅡ>は、その発射台上にあった。失われたドラグーン<ディア=ヴァイド>の外観を復元したものだ。セツトの記憶を頼りに作ったから、実際のものとどこまで同じかは分からないが、セツトの見る限り、ほぼ同じと言っていいできだった。
セツトは<ディア=ヴァイドⅡ>の操縦席に乗り込み、シートに身を沈めていた。操縦席には接続結晶がついているが、セツトには扱えないから、特に触れてもいない。
副操縦席にはミツキと同じ顔をしたアンドロイドが座っている。ミツキと見分けがつくように、髪型はツインテールにして貰っていた。
名をサツキ。
「サツキ、準備は?」
「発進準備完了です!」
元気な声が返ってきた。声もミツキと同じはずだが、調子が違うだけでかなり印象が違う。
「では出発」
「はい。進路クリア、発射シークエンスを実行します。発射装置エネルギーよし、重力制御よし、トラクタービームよし。コンディションオールグリーン。発射まであと10秒です」
カウントダウンが進んでいく。
「省略しまーす。3、2、1、発射」
<ディア=ヴァイドⅡ>が加速を得て滑り始めた。乗員にはかすかな加速度しか感じ取れない。重力制御のたまものである。
1キロある発射装置のレールの間をわずか5秒で駆け抜け、<ディア=ヴァイドⅡ>は虚空に躍り出た。
「発射完了。主推進機関による全力加速に移行しました。ワープ阻害圏を脱出し次第、ワープします」
「ありがとう。それで、調査の結果の方は?」
調査とは、誘拐事件の調査である。
「ミツキ姉様から受け取ってます。誘拐犯はグロリアス艦隊所属の海賊船<虚空の蜜月>号、船長はルーゼット=クオークという者です」
「グロリアス艦隊?」
グロリアス艦隊は昔からのヴィーの配下のみで構成された艦隊だ。それがなぜ誘拐事件を起こすのか。
「グロリアス艦隊の他艦には現在のところ異常な動きはありません。流れている通信からは、何人か勘のいい船長が異変に気づいているようですが、騒ぎにはなってませんし、乗員もいつも通り遊んでいるようです」
「単艦の暴走ということかな? ヴィーの最近の行動は?」
「グロリアス提督は5日前から星系を離れていますけど」
「うぅむ、それだけだと判断つかないね」
いなくても指示を出すことはできる。裏切るような男とは思えないが、判断するのは早計かもしれない。
「殿下がいる、ということを知っているか気づいていた者は誰かあった?」
「殿下の来訪は、我が軍内では閣下とミツキ姉様以下要塞管理AI群にしか共有されていませんから、漏洩はあり得ません。殿下もあまり動き回ってはいませんでしたし、自室の他で変装を解いたことはありませんでした」
「<夜明けの大砲>号サイドか、帝国本国からかもしれないね」
「否定はできません。要塞外設宇宙港内の会話および星系内の通信は常時監視していますが、関連する会話、通信は見つけられておりません」
「つまり、よく分からないことが分かった、と」
「そうですね。ただ、<虚空の蜜月>号は誘拐事件を起こす4時間前から全乗員を乗り込ませていました」
計画的なものであるのは確かなようだ。
「殿下と知らずに誘拐した、という可能性は?」
「否定も肯定もできません」
つまり、判断する情報はないと。
「やれやれ」
セツトは腕を組んだ。
メイリアと一緒に<夜明けの大砲>号のヴェルナンテ船長も同乗していたため、<夜明けの大砲>号は船長を救出する、という名目を立てている。
<夜明けの大砲>号のほか、<黒銀の栄光>号と、キティが選抜した3隻の海賊船が<虚空の蜜月>号を追跡中だ。
「押しかけて来といて攫われるなんて、迷惑な殿下だ」
「地球連邦の言い伝えによると、皇女とか姫といった身分の方はよく攫われたそうですから、役目を果たしてるって言ってもいいんじゃないでしょうか」
「……なにそのいやな言い伝え」
「攫われた姫と姫を救出する騎士かヒーローがワンセットだそうですよ」
「それ僕の役目?」
「そうなりますね」
サツキの返答に、セツトはため息をついた。
「サツキ、それは笑えない冗談だよ」
攫われた小型艇には、メイリアとヴェルナンテの2人が乗っていた。
3日の間に見聞きしたものを共有し検討するため、要塞から船に移るために小型艇で要塞を出たところを攫われたのだ。
<虚空の蜜月>号は、小型艇にうっかりぶつけない程度の速度で接近してきて、粘着性のトリモチ弾を打ち込んできた。そしてそのトリモチで小型艇を自船の船体にくっつけたのである。
ヴェルナンテが通信で呼びかけても<虚空の蜜月>号からは返答がなかった。<虚空の蜜月>号は船体に小型艇をくっつけたままワープをし、ワープアウトした。
話をすることができたのは、ワープによって恒星間を移動してからのことである。ようやく通信に応答があったのだ。
「そちらに、メイリア殿下はいらっしゃいますね?」
<虚空の蜜月>号クオーク船長は開口一番そう尋ねてきた。
「何のことだ、船長?」
ヴェルナンテはとぼけてみせたが、クオーク船長は知っているんだぞ、という顔をした。
「情報は掴んでんだよ。メイア=レイヴェルなどという偽名を使っていることも」
「そうですか、知っているなら隠すだけ無駄ですね」
メイリアは認めることにした。サングラスとウィッグを外し、通信画面のクオーク船長に相対する。
「わおなんてこった。本当に帝国皇女殿下だぞー」
クオーク船長は棒読みで驚いて見せた。
「白々しい演技は結構です。このようなことをして、誰にそそのかされたのです?」
「はっはっは。それは言えねぇな」
そそのかされたことは認める言葉であるのを気づいていないのはクオークだけだろう。
「あら。ここは冥土の土産に教えてやらぁ、ってやるところじゃないのですか?」
「冥土の土産を持たせるにはまだ早い。思ったより追っ手が早かったもんで、俺の計画は大いに狂っちまった」
「計画、とは?」
「殿下の身柄をほしがってる奴はごまんといるんでね、殺しちまうより金に換えた方がいいってもんさ」
「まぁこわい」
メイリアは口元を手で覆って見せた。これも演技が白々しい。
「とはいえその計画もおじゃんさ。残念だが俺たちの安全を買うことにしか使えなさそうだ」
「そうですか」
メイリアは頷いた。小型艇のレーダーでも追跡してきている船があることは把握している。そのひとつが<夜明けの大砲>号であることも。クオークの諦めが早すぎるのではないかとも思わないでもないが、諦めが悪くて困るのはメイリア達自身なので、何も言わないことにした。
「大人しくしてりゃあ、そう遠くないうちに解放してやっからよ」
そう言い残してクオークの側から通信が切れた。
「……殿下」
「えぇ、どなたかが彼をそそのかして私を殺そうとしたようですね。船長がバカで助かりましたが」
「いったい誰が?」
「私がここで死んで利益を得る者でしょう。そして私が<夜明けの大砲>号で要塞を訪問したということを把握できた者」
「我が船員達も絡んでいるのでしょうか」
ヴェルナンテの懸念にメイリアは少し考え込む様子をした。
「船長には不本意でしょうが、その可能性も否定できないかもしれません。これまで考えていたよりも、彼らの手はずっと広いようです」
ヴェルナンテの表情は渋い。
メイリアの言葉を否定できない反面、自身の部下が帝国を裏切っている可能性など考えても愉快なはずがない。
「とはいえその追求はもっと先の話ですね。まずは、セツト=ヴァイエル閣下のお手並み拝見と参りましょう」
「賭け金は我々の命ですか。高い勝負だ」
「あら、船長。今更何を仰っているのかしら?」
メイリアはヴェルナンテの言葉にさも心外そうに指摘した。
「私たちの命など、とうの昔に賭けられて、テーブルの上に乗ったままではありませんか」




