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帝国の皇女

 

 連邦軍は、最前線の物資集積所を失い、多くの艦と共に作戦指揮官を失った。

 作戦が継続できる状況ではない。

 要塞だけでなく独立諸国艦隊、帝国艦隊もいることを考えると、状況はもはや連邦軍に不利であった。

 レイゼは残存した艦隊をとりまとめ、まっしぐらに、しかし全面的な追撃を許さない程度に整然と、連邦領への撤退を進めた。


 連邦軍が撤退したため、帝国軍も引き上げていった。帝国軍としても、総大将ヴァイエル伯爵を失い、痛手を負っている。


 まさに痛み分けであった。

 連邦軍が撤退したとは言え、残された諸国もすぐに平穏を取り戻すことはできなかった。


 連邦派独立諸国は連邦軍の撤退によって立つ瀬を失い、民衆からの大きな批判にさらされ政権の基盤を危うくしていた。また、抵抗の末占領された国家においても、宇宙港などの設備に壊滅的な打撃を受けており、復旧にかなりの時間を要することが予想された。


 海賊たちは戦勝を祝う大宴会をしていればいい。


 しかしセツトにそうした時間を楽しむ暇は与えられなかった。


 要塞の修理はミツキにお任せとしても、損傷を受けた艦の修理の順番の交渉、帝国艦隊のお見送り、艦隊に参加してくれた独立諸国との折衝、と神経をすり減らす仕事が山のようにあった。

 そうしたものに一段落ついたころには、独立諸国の使者が次々と押し寄せてくるようになった。


「なにとぞ我が国をよしなに……」


 現在の独立諸国内において最大の軍事力を握っているのはセツトである。ご機嫌を伺っておいて悪いことはないというのだろう、今日何か国目かわからない国の使者が恭しく頭を下げて司令官執務室から出ていった。

 退出してドアが閉まるのを見送ってから、セツトは大きなため息をついた。


「今のはひどかった……」

「そうですね」


 ミツキの応答はいつも冷静さを失わない。


「美女100人を献上します、だなんて。僕を何だと思ってるんだろうか」


 もちろん丁重にお断りした。


「貰っておいてもよかったのでは?」

「嗚呼ミツキ、そんなことをしたら僕はどうなると思う?」

「相手をする必要もないのでどうにもならないかと」

「いやいや、貰うだけでキティに刺されるよ」

「その可能性には思い至りませんでした。しかし、結婚しているわけでもないのですから、別に構わないのでは?」

「構うよ」


 セツトは苦笑した。ミツキにはこういう白黒で分けてしまうところがある。


「さて、次は?」

「次は帝国派諸国からの使者です。公的な身分の者ではなく、海賊が使者を務めてきています」

「そのパターンね」


 セツトは小さくうなずいた。

 独立諸国が送ってくる使者は、外交を担当する役人や貴族であることが多かったが、その国と契約している海賊であることもあった。公的にセツトと接触するのに国内情勢的に難がある場合などに、非公式に海賊に書面を持たせて使者にするのである。表に出ることのない暗黙の外交というやつだ。


「通してくれ」


 セツトが言うと、しばらくして執務室の扉が開いた。

 入ってきたのは男と女。大柄ながら慎重そうな顔つきの男が先を歩き、その半歩後ろをサングラスをかけた女がついてきている。


 二人はセツトが腰かけている執務机の前まで歩み寄ると、男が軽く頭を下げて会釈をした。帝国式宮廷礼法の教科書通りの敬礼である。


「お初にお目にかかる。私は海賊<夜明けの大砲>号船長、プルクトア=ヴェルナンテと申す者です。こちらは副船長のメイア」


 女も完璧な敬礼を披露してきた。


「メイア=レイヴィルと申します、閣下」


 セツトは違和感を覚えた。

 とても海賊の船長と副船長のふるまいとは思えなかった。帝国派諸国に帝国式礼法を学んだ人材がいること自体は不思議ではないが、やはり身にしみたものではないだけにややぎこちなさがあるのが普通だ。しかしこの2人は生まれながらに帝国貴族社会で生きてきたかのような自然な振る舞いだった。海賊なのに、だ。


 セツトも立ち上がり、答礼した。


「ヴァーラスキルヴ要塞司令官、セツト=ヴァイエルです。はるばるようこそ」

「お忙しいところ時間をとっていただきありがとうございます」


 流ちょうな帝国語であった。


「いえ。重要な用向きでしょうから、当然のことです」


 セツトは席に座り直した。早く本題に入るように。


「本日こうして伺いましたのは、閣下にお願いしたいことがあってのことです」

「なんでしょう」


 てっきり親書を出してくるかと思ったが、違うようだ。


「こちらのメイアをしばらくこちらに置いていただきたい」


 セツトはレイヴェル副船長の顔を伺った。サングラス越しで目線が見えず、感情が読み取れない。


「……なぜ?」


 さきほどの美女100人献上の件が思い起こされて、セツトはいぶかしんだ。


「我が国との友好の証として、そして非公式の大使としてです」

「仰る意味がよく分からないのですが?」


 言葉の全てに違和感しかない。独立諸国と契約しているだけの海賊が「我が国」というのも妙だし、「友好の証」というのも、「非公式の大使」というのも。

 ヴェルナンテ船長は明らかに困った顔をした。どう釈明したものか、困っているという顔だ。


 しばし、沈黙が流れた。


「船長、ありがとう」


 口を開いたのはレイヴェルである。副船長が船長に対して使う言葉ではない。


「は」


 ヴェルナンテ船長が短く応答して2歩下がった。代わりにレイヴェルが前に出た。


「顔と名を隠して訪問したこと、お詫びさせていただきますわ、閣下」


 セツトは頷いた。

 種明かしをしてくれるつもりのようだ。


 レイヴェルがサングラスを外した。

 奥にあったのは鮮やかな紫の瞳だ。レイヴェルは次いで頭に手をやり、髪の毛を取った。ウイッグだ。その下にはきれいに切りそろえられた栗色の髪があった。


 セツトは驚きを表に出さないためにかなりの努力をしなければならなかった。


 知っている顔だ。

 もちろん話したことはない。直接お会いしたことも。

 しかし帝国貴族に連なる者なら知らない者はいない。


 レイヴェルは再度完璧な会釈をした。

 そこにいるのは海賊船の副船長などではない。


 帝国第1皇女メイリア=スイレジ=クォルク。


 セツトも立ち上がり、先ほどより丁寧に会釈をした。


「殿下。このような辺境の地まではるばるお越しいただき、光栄に存じます」


 セツトはひとまず、形式的な挨拶の言葉で思考する時間を稼いだ。

 海賊と偽って来たのは誰かに知られないようにするためだ。これは必ず裏がある。帝国の皇女ともあろう者がわざわざ忍んで動かなければならないほどの。


「驚かせてしまったようで申し訳ありません」

「なにか事情がおありなのでしょう。殿下をお迎えするにふさわしいご用意はありませんが、どうぞおかけください」


 セツトは執務室の一角に設けてある応接セットにメイリアを案内した。


「船長は、船長なのでしょうね?」

「はい。私は海賊<夜明けの大砲>号船長で偽りはありません。たまたま帝国の非公式部署に所属しておりますが」

「なるほどね」


 状況が少し見えた。

 セツトとメイリアはソファーに腰掛け、向かい合った。


「それで、殿下。このたびはどのような御用向きか改めてお伺いしても?」

「先ほど申しましたとおり、わたくしをここにしばらく置いていただけませんか?」


 メイリアは微笑を浮かべている。


「どのような理由でしょう?」


 セツトも微笑で返した。理由次第では疫病神にもなりかねない。


「我が父はヴァーラスキルヴ要塞とその司令官たるセツト=ヴァイエル様と友好関係を結びたいと考えております」


 皇女であるメイリアが父と言えば、それは皇帝にほかならない。


「連邦と王国の連合軍と戦うためですね」

「えぇ。ただ、一つ問題がありました。要塞司令官閣下は、当面は帝国に味方していただけるようではあるものの、将来においてどうなるかあまりに不確実です。国家であれば理念や民意といったもので行動を縛られますが、司令官閣下はそうではありません」


 セツトはだいぶはっきりと物を言うなと思った。事実としては間違っていないが、面と向かって将来裏切って敵になるかも、と言っているにも等しいのだ。この皇女、度胸には困っていないようだ。


「そこで、私が来ました」

「私の将来の行動が分からないということと、殿下がおいでになることとの関連が見えませんが……」


 セツトはとぼけた。


「いくつか可能性は浮かんでおりますでしょう?」


 メイリアはそう言ってセツトの顔色をしばらく眺めてから、言葉を続けた。


「その中の一番シンプルなものですわ。セツト=ヴァイエルという男がどんな男か見極めに来たのです」

「そうですか」

「いつまでも、とは申しません。おそらく10日後くらいには帝国から正規の使者が来るでしょう。ヴァイエル伯爵の葬儀および爵位継承に関する儀礼のため招待したい、という使者です。閣下がそれに応じていただければ、わたくしも一緒に帝都に戻りますわ」

「葬儀と爵位継承?」

「もちろん口実です。帝国としては、この機に要塞との同盟に関する交渉および締結をしたいと考えております」


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[気になる点] 父親の謀殺については把握していないのですかね? 把握している上でこの提案をしているのならば、それはそれで不可解さからの恐怖でしかありませんけれど。 どうして要求が受け入れられるという自…
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