物量作戦
小惑星を、そのままぶつける。
言ってしまえばシンプルなものだが、言うほど簡単に動かせるものではない。
大きな物を動かすにはそれだけ大きな力がいる。
「反物質ブースターかな……」
セツトは予想した。
普通の宇宙船は、電気の力で推進剤を噴射している。反物質は貴重なのだ。恒星の近くでせっせと製造し、恒星のだだっぴろいワープ阻害圏のせいで長い時間をかけて輸送しなければならず、うっかりミスがあれば船や宇宙港ごと吹き飛ぶ。
そのため、普通は反物質を使って宇宙船を推進させることはない。生産量だって限られているのだ。
「それをまぁよくもあんなに……」
小惑星30個。
いったいどれだけの反物質を消費しているのだろうか。
こんな物量作戦は大国にしかできないだろう。
「閣下、対応はどういたしましょうか?」
「どういう選択肢があるかな?」
「正直に申し上げて、選択の余地はありません。各小惑星の軌道変化を予測しながら回避を行い、回避困難な物は軌道変更または破壊を試みるしかありません」
「破壊できそう?」
「小さな物を砕くくらいであれば」
「わかった。それでいこう。細かい方法はミツキに任せる」
小惑星30個がどう動いてくるのか、それに対して要塞がどう動くのがいいのか、そうした計算はミツキに任せてしまった方がいい。
「了解」
応答は短く。
ミツキの計算結果に従って、要塞が回避行動を取り始めた。軌道を変え、小惑星との衝突を避けようとする。
小惑星の方は要塞の動きに対応して軌道を変えることはなかった。
「あらかじめどう動くか決められてるみたいだね」
「そのようです。3つほど回避困難です。攻撃許可を」
「もちろん。全ての手段を使っていいよ」
「了解。反物質弾を使用します」
要塞の内部で、貯蔵されていた反物質の一部が輸送され、細長いミサイルの弾頭部分に注入されていく。
戦闘用の装備ではない。
戦闘で用いると、発射時に敵のビーム攻撃を受けるだけで要塞に大きな被害がでてしまうためだ。飛来する小惑星などの天体に対処するための、つまり今のような状況のための装備だった。
「反物質注入完了、発射管に装填します。装填完了。発射管開口。発射します」
5発のミサイルが炎を吹きながら飛んでいった。
ミサイルはミツキに設定された通りに飛び、小惑星の地表に突き刺さり、爆発した。
注入された反物質が、同じ量の通常の物質を道連れにして、その質量の全てをエネルギーに変えた。
熱線が小惑星を灼き、衝撃が小惑星を構築する岩盤や氷を砕きながら走っていった。
反物質弾による攻撃を受けた小惑星三つの内、最も小さかった一つは、衝撃で軌道が変わった。もう一つは大きくひびが入って割れ、3つほどの破片に分裂した。最後の一つは、大きく軌道を変えることもなく、そのまま飛来し続けていた。
「砕けた3つを目標1A、1B、1C、そのままの物を目標2とします。第2次攻撃を行います」
再び5発のミサイルが発射された。
そのミサイルに対し、連邦艦隊が砲撃を始めた。
有効距離より遙かに遠い。万が一当たってどうにかなれば幸い、というものだろう。
ビームの1本がミサイルに直撃した。
しかしビームが大きく減衰していたため、ミサイルはわずかに軌道を変えたのみでそのまま飛翔を続けた。
再び火球が炸裂した。
目標1A、1B、1Cはさらに細かく砕けた。目標2は、今度はぱっかり2つに割れた。
「目標2A及び2Bとします。2Bは要塞衝突軌道からそれました。残目標を2Aのみとします。第3次攻撃を行います」
セツトは口を挟むことなく、その様子を見続けた。要塞の動かし方は完全にミツキに任せている。
それが最善だと思っていた。
「砕けた1Aから1Cに対し、砲撃を開始します。主砲塔群エネルギー充填完了。斉射」
破片に対し主砲による砲撃が加えられた。破片はさらに細かく砕かれ、蒸発されていったが、破片の数が多い。
その砲撃の合間を縫って、3度目のミサイル攻撃が行われた。
ミサイルは今度こそ目標2Aを砕いた。
「副砲塔群による射撃を開始します」
細かくなった破片に対して丁寧に射撃が集中されていった。
「最終被害予測できました。破片の衝突により、要塞片面に損害が発生する見込みです。損害は最大で外壁装甲板第5層まで及ぶと思われます。シールド発生器及び砲塔への損害も予想されるため、被害片面での戦闘能力は50%に減少します」
「なかなか痛いね」
「はい。しかし要塞構造体への損害は発生しません。反対側の片面で敵艦隊に対する対応は十分可能と考えます」
「わかった。なら速やかに敵艦隊に無事な方を向けるようにしてくれ」
「了解。回転運動を開始させておきます」
要塞がゆっくりと自転を始めた。
間断なく破片に対する砲撃が加えられている。大きな破片から優先的に狙い、大きな被害にならないよう、細かくしていくのだ。
何度となく砲撃が加えられた。
「まもなく衝突します。衝撃に備えてください」
セツトは司令官席のシートの肘掛けをしっかりとつかんだ。
モニターでカウントダウンがされた。
5、4、3、2、1、0。
数字が0になるのと同時に破片が要塞に衝突をはじめた。衝撃波が要塞の内部を伝わり、司令官室を揺らした。
振動は10秒ほど続いた。
「被害は?」
セツトは振動が収まってすぐに尋ねた。
「予想の範囲内です。被害片面の戦闘能力53%に低下。装甲にも多数の損傷が生じています」
予想以上にならなかったのは幸いだ。
モニターに被害状況の詳細が表示されていく。使用不能になった砲塔、シールド発生器もそれなりの数になっている。
シールド発生器への被害は影響が大きい。その部分の防御能力は極めて弱くなっているだろう。53%という数値そのままに考えない方がよさそうだった。
「半回転終了まではあと10分です」
「間に合うね」
砲戦の始まる前に被害片面は裏側にできる。
これなら大きな問題はないだろう。反撃の時間だ。




