海賊になろう
「好機、なんでしょうか」
ラテーキ提督が眉間にしわを寄せて聞いてきた。
「なるほど、面白い」
ヴェツィアがぱんと手を叩いて賛意を示してくれた。
セツトは真っ先に乗ってくるのはヴィーだろうと思っていたので、これは少し意外だった。
「先の戦闘の経過を見れば、要塞の打撃力はいまだこの周辺で傑出していることは間違いありません。連邦軍主力は帝国艦隊への警戒もしなければならないことを考えると、我々は今最も自由で、かつ強力な戦力を有しているといえましょう」
「ヴェツィア提督、貴殿はそう言うが、まさにその先の戦いで我々はうまくかわされてしまったではないか」
「そうなった原因は明らかですな。軍を2つに分けたからでしょう」
「なんだと、貴殿は2つに分けるべきと主張した我々に責任があるというのか」
ヴェツィアの挑発に、サダト提督が色めいた。
「責任の話をするつもりはありませんが、したいと言うならしましょうか?」
ヴェツィアの言葉には妙にとげがあった。
本来こうとげとげしている男ではない。
「誰がしたいなどといったか! 貴殿の辞書はいささか間違っているのではないか?」
「信頼という言葉が載っていない辞書よりましですよ」
「お互いお静かに」
セツトは少し声を張り上げた。
「事前に全員で決めた作戦です。責任を言うなら全員の責任と言えるでしょうし、撤退してしまった帝国艦隊の責任とも言えます。あのまま帝国艦隊がねばっていれば勝てたでしょうからね」
セツトは言いながら、全員の顔をゆっくり見回した。サダトは少しばつが悪い顔をしていた。ラテーキとイールーンも、気の毒げな表情を浮かべていた。
ヴェツィアも表情を合わせているが、これまでの経験上、見かけだけの表情だとセツトは思った。
帝国艦隊の責任と言って思い当たる筆頭は目の前の少年の父親で、戦死しているのだ。ここでそれを持ち出してむち打つのはいかにも大人げない。
責任の話は終わりにするしかない。
「申し訳ない、アズナ司令官、サダト提督」
ヴェツィアが率先して謝罪した。
「そうだな、私も少し熱くなりすぎたようだ。失礼した」
「私も含めて、名案は特にないようです。アズナ司令官はなにか考えが?」
とヴェツィア。
(やっぱりこう持って行くつもりだったんだな。)
セツトは得心した。この流れでセツトが案を出せば、彼らも反対しにくい。セツトに腹案があると見込んで舞台を整えてくれたのだ。
「案ならあります」
整えて貰った舞台の上に乗って、セツトは切り出した。
「連邦艦隊に撤退してもらうために、連邦艦隊の戦力を撃破しようというのが今日の戦いでした。残念ながらそれは失敗し、おそらくこの先要塞で艦隊を追っても、戦闘にはならないでしょう」
セツトが敵の指揮官なら、対処する特別な方法を思いつくか、逃げられない事情がないかぎりまず逃げる。艦隊戦力での対処はしてこないだろう。
どうにか要塞を破壊ないし占領できるかもしれないが、損害が大きくなりすぎるのだ。
「それではどうするか。簡単ですよ。逃げられないものを標的にすればいいんです」
「逃げられないもの?」
皆が疑問符を浮かべた。
ヴィーだけが何か気づいたのか、ははぁん、としたり顔をしていた。
「何万隻もの大艦隊が行動するのに不可欠なものは一体どうしているんでしょうね?」
艦隊が行動するために不可欠なのは、乗員のための水や食料、艦のための反物質と推進剤。
そのほか必要となるものを挙げたらきりがない。水や食料は艦に量を乗せることができるからそう簡単に不足することはないが、大艦隊になればなるほど推進剤の消費量は跳ね上がる。ワープをするたびに乱れる隊列を整えるのには、推進剤を消費するしかないからだ。
戦闘行動をとれば、さらに消費量は桁違いとなる。
独立諸国内で調達しようにも、独立諸国の各国が持っている艦隊は平均して約1000隻。
10万隻の戦闘艦を維持するインフラは独立諸国内には存在しない。
「連邦本国からの輸送か」
「そうです。そして、艦隊が補給物資に適切にたどり着くためには、補給するポイントはあらかじめ決めておかなければなりません。当然そこには、相当な量の物資が集積されます」
「ううむ、しかし、どこに?」
「それについては、グロリアス頭目から」
セツトはヴィーに話を振った。
ヴィーはゆっくり頷いてもったいぶった。
「物資を集約するとすればまず間違いなく連邦派のどこかだろうと予想し、偵察を進めていました。我が艦隊は連邦軍が物資集積所としている星系を特定しています」
「なんと!」
「場所が分かっているのなら話は早いぞ」
「だが防衛戦力はあるだろう。いや、要塞の敵ではないか」
「我々がそこに向かえばレイゼ艦隊が守りに入るのではないか?」
「4万など、先の戦闘を考えれば恐れるに足りない」
「しかし待ち構えるだろう、なにか罠を作るかも」
提督達の間で『どうやるか』の議論が始まった。セツトが待っていた話題になったので、すかさずセツトは口を挟んだ。
「罠はあるでしょう。罠に対する耐久力、対応力という点で、要塞と艦隊とでは大きな差があります。そこで、物資集積所には要塞だけで向かおうと思っています」
提督達の間に動揺が走った。
「1人で向かうなど、それは……」
いろいろな言葉が飲み込まれていた。
「敵討ちなどではありません。命を捨てるつもりもありません」
セツトは率先してそれを言語化して見せた。
否定してみせたが、彼らはこれでかえって意識してしまうだろう。
セツトの中で、大きい感情に蓋をした分なのか、冷静に状況を分析する自分が非常に大きくなっていた。
「僕は海賊船<黒銀の栄光>号のクルーでもあるんですからね。大きな獲物は独り占めしたいんですよ」
肩をすくめて見せた。
父を殺されたばかりの不幸な少年がけなげにも強がっている、という風に見えるよう意識して。
「わかった。しかし我々も何もしないわけにはいかない。何かやらせてもらいたい」
そう申し出るヴェツィアには、ヴィーが提案をした。
「それでは集積所に向かう輸送船を襲う、というのはどうです。我々がそれをすれば、連邦軍も戦力を集中させてばかりいられないでしょう。輸送船は後方から続々来るわけですから」
「ふむ、我々も海賊をする訳ですか。面白そうだ」
ヴェツィアが笑った。他の提督も乗り気のようだった。
「聞いたわよ。要塞1つで乗り込むんだって?」
セツトが細かい作戦の打ち合わせを終えて私室に戻ると、キティが応接室でくつろいでいた。
そういえば、打ち合わせの最中押しかけるように要塞に入港していたのだった。
「えぇ、そうです。耳が早いですね」
「念のため聞いておくけど、悪いこと考えてる?」
「変なことは考えてないですけど、悪いことは考えてますね」
ソファーに腰掛けながら、セツトは笑った。自棄にはなっていない。
その笑顔を見てキティも笑った。
「そう、それなら安心。私もそっちについてっていい?」
「こっちに?」
海賊艦隊ではなく、とセツトは聞いた。
「そう。やっぱ私に艦隊行動は合わなくって。偵察とか、役に立つよ」
「……だめっていってもついてきそうですね」
「ふふふ、子分をほっとくわけには行かないじゃない」
「わかりました。いいですよ」
セツトは応じた。
1隻程度なら、いざというときにはさっと要塞内に収容できるし、場合によっては逃げることもできるだろう。
「そうこなくっちゃ。それで、お酒はまだ出てこないの?」
「お酒?」
「そうよ、一仕事終わった後には一杯やる。海賊のお約束でしょう」
「ミツキ、用意してあげて」
「了解」
ミツキがさっと動き始めた。
「あ、ミツキ。2つよ、セツトの分もね」
キティは暫くセツトを解放するつもりがないようだった。
「僕はまだやることがあるんですけど」
「作戦が決まったのなら、ミツキに任せて大丈夫。今日は断固付き合って貰うよ」
「わかりましたよ」
セツトははぁ、とため息をついて見せた。きっと付き合って貰うのはセツトの方なのに、わざわざ押しかける体裁をとるキティの配慮は嬉しかった。




