丸め込め
呆然としていた時間はどれくらいだっただろうか。
思考の歯車がカラカラと空回りしていた。
なぜ。
それだけが浮かんでは消え、また浮かんでは消えた。
「閣下!」
ミツキに大きな声で呼ばれて、セツトははっとした。
「閣下、ここはまだ戦場です」
ミツキは敢えてゆっくりと話していた。
その言葉を聞いて、ようやくセツトの頭の中で歯車がかみ合い始めた。
「そうだね」
セツトは両手で自分の頬をはたいた。衝撃を受けている場合ではない。ここは戦場。死について考えるのはあとにしなければならない。
指揮官である伯爵が戦死したのであれば、帝国艦隊が撤退したことも納得だった。艦隊席次に従って指揮権は速やかに移譲されるだろうが、指揮官戦死の動揺を考えると戦い続けるというのも難しかったのかもしれない。
セツトはモニターのリッヒ子爵に向き直った。
「子爵、お見苦しいところを失礼いたしました」
「いえ、心中お察しいたします」
「知らせてくれてありがとう。それで、帝国軍はどちらに向かったのでしょうか?」
「はい。後方のインダール星系へ向かうとのことでした。そこで補給と応急修理を行います」
「なるほど。子爵もこれからそこへ?」
「それなのですが、私が見てしまったものの重大さを考えると、このまま帝国軍にいることは極めて危険ではないかと考えています。要塞と行動を共にさせていただけませんか?」
意外な申し出だった。
「良いのですか?」
「はい。伯爵を撃ったドラグーンはコルン子爵のものでした。戦闘中に指揮官を背後から撃つなどという決断ができる男ではありません。必ず裏があるものと私は考えています」
コルン子爵。セツトの記憶にある名にはなかった。
「私が見たことに気づいているか、いないかは、分かりません。しかしもし気づかれていれば、私は遠からず殺されるでしょう」
セツトは頷いた。
「そうなる前に安全なところに逃げ込んでおきたい、とそう考えているのです」
「……わかりました。ひとまず受け入れましょう」
「ありがとうございます。それで、要塞はこの後どうされるのですか?」
「それをこれから決めるところです」
セツトの独断で動けるものではない。海賊や諸国とは、あくまで協力関係なのだ。
要塞の戦力を考えれば単独で決めて動いてしまってもいいかもしれないが、むやみに反感を買うことはない。
「わかりました。決まりましたら知らせてください」
セツトは頷いて、通信を終えた。
「ミツキ、各指揮官達と同時通話をつなげてくれ。繋がった人から参加させてかまわない」
最後に付け加えたのは、間を開けたくないからだった。
「了解」
ミツキはいつも通り短く応えた。
「ミツキは本当にいつも変わらないね」
「役割がありますから。グロリアス頭目繋がりました」
モニターにヴィーの姿が映し出された。
「やぁセツト。私が一番乗りかな?」
「そうですよ」
セツトが短く応えると、ヴィーはすこし真面目な目でセツトを見つめた。
「何があった?」
とぼけて返すことなど許されそうにない深刻な聞き方だった。
「……帝国軍の指揮官が戦死しました」
セツトは言葉を選んだ。
「そうか。つらいタイミングだな」
「戦場ですから」
「そうだな。私も戦場には苦い記憶がたくさんあるよ。戦場ってやつは、一番起こって欲しくないまさかをやってくれるんだ」
「ヴィーにも苦い記憶ってのがあるんですね」
「おぉそうだとも。私だって百人口説いて百人いけるわけじゃないんだよ」
セツトは笑顔を浮かべた。うまく浮かべられたかは分からなかったが。
ヴィーが笑わせようとしてくれているのが分かったからだった。
「百人口説いて、何人いけるんです?」
セツトは敢えてその話に付き合った。
「それを聞いたらピュアなセツト少年が絶望してしまうおそれがある。聞かない方がいい」
「かえって聞きたくなってきました」
「よせよせ、私に張り合おうとして事故を招くだけだ」
ヴィーがぱたぱたと手を振った。
「ヴィー。自信がないので?」
「セツト。キティに刺されるぞ」
「おっと。そのリスクを忘れていました」
セツトとヴィーは二人で笑った。
笑うと少し気持ちが楽になった気がした。
「閣下、そろそろ他の方もお繋ぎしてもよろしいですか?」
ミツキが聞いてきた。どうやら他の者達は待たせておいてくれたらしい。
「うん、頼む」
セツトは顔を引き締め、よそ行きの表情を整えた。
ほどなく独立諸国の指揮官達がモニターに顔を出した。
マーズ=カミノ王国、ヴェツィア提督。
ウーラー連合国、サダト提督。
ハスワルダ王国、イールーン提督。
ビアウィスキ帝国、ラテーキ提督。
その4人である。
「帝国艦隊指揮官、ヴァイエル伯爵が戦死したとのことです。そのため帝国軍は撤退しました」
セツトは端的に状況を説明した。
4人が4人なりに驚きを見せた。
「なんと……」
「しかし、連邦艦隊はいまだ4万を数え、後方にはさらに数万の艦がいます」
セツトは、余計なやりとりをする暇を与えなかった。
「帝国艦隊は立て直せるのか?」
「分かりません」
セツトが正直に言うと、ヴェツィアとヴィー以外の3人の指揮官は不安そうな顔をした。
戦いの前には帝国艦隊など信じられないなどと言っておきながらこれだ。内心帝国艦隊に頼っているのだ。
「しかし、連邦艦隊はなんとしても撤退させなければなりません」
ヴェツィアとヴィーが頷いた。
「そこで、この好機にどう行動するのが最も良いか、皆さんの意見の伺いたい」
セツトは語った。この戦いで連邦艦隊を撤退させられなかったときの次の手の一つとして、案は考えてある。
そのためにはこの日和見指揮官たちを納得、いや丸め込んでしまわなければ。
「好機? 好機ですと?」
「えぇ、そうです。好機でしょう」
セツトは断言した。




