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戦死

 

 帝国艦隊の後方にワープアウトした連邦艦隊は、隊列を整えることもせずに帝国艦隊へと向かっていった。


 乱戦に持ち込んでしまえば、隊列などたいした意味を持たない。

 連邦艦隊は戦列艦もフリゲート艦もいっしょくたに帝国艦隊に襲いかかった。


 前へ前へと突き進んでいた帝国軍は、それを向かい撃てる体勢にはなかった。


「突き進め、敵討ちだ!」


 フリゲート艦が我先にと帝国の戦列艦に突っ込んでいく。

 レイゼは、旗艦サンクルーゼの艦隊指揮所でその様子を確認していた。


「足止めのフリゲート艦隊、あと30分が限界です」


 参謀が告げてきた。レイゼはただ頷いた。


 要塞への攻勢は不要としたレイゼの作戦は、自軍の被害を前提とするものだった。


 攻撃力はともかく、防御に関するデータがない。あの巨体とあの攻撃力であるから、かなりのものであることは間違いない。どれだけの攻撃を集中させれば防御シールドや表面装甲を破壊できるか。そしてそれまでにどれだけの被害が出るか。


 不透明なことを作戦の主軸にはできない。


 要塞は放っておく。


 要塞の砲撃が戦闘記録の2倍ほど激しかったことのみが誤算だったが、なんとか戦列艦隊は崩壊せずに耐えてくれた。


「まったく、なんだあの砲撃力。本気で正面切って戦おうと思ったら、10万は持ってこないとならないぞ」


 レイゼは要塞に毒づいた。


「おそろしいことです」

「そうだな。まぁ、今回はあいつにこれ以上の仕事はさせん」


 足止めのために遺してきたフリゲート隊はどうなるだろうか。

 要塞が帝国艦隊の救出でなく、目の前の敵に復讐することを優先させれば壊滅的な損害を受けるだろう。

 いつ離脱を試みるか、フリゲート艦隊には難しい判断が待っている。


 レイゼの命令は届かない。ビームを撃ち合い入り乱れる乱戦下では電波通信はもちろん、発光信号も不可能だ。そもそもここからでは距離が離れている。

 判断はフリゲート艦隊のそれぞれの指揮官に委ねていた。


「化け物の相手は終わりだ。人間同士の戦いといこうじゃないか」


 レイゼは参謀達全員に聞こえるように声を上げた。

 レイゼ達の仕事は、フリゲート艦隊が離脱し、要塞がワープ可能になる前に、決定的な損害を帝国艦隊に与えることである。


「帝国側の指揮官、ヴァイエル伯爵と言ったか。直前で気づいたようだ」


 帝国艦隊が中央突破に動いていなければ、今頃完全に包囲できていた。


「なかなか状況が見えるやつだ。この先何をしてくるか、楽しみだな」


 参謀達はこっそりと目配せし合った。

 楽しみにしているのはうちの金髪の鬼提督だけ。だが、帝国艦隊を叩くということについては全力でやってやろう。そういう目配せだった。





 そのころ、レイゼに思慕を寄せられたヴァイエル伯爵は、自機を操り、連邦軍フリゲート艦と戦っていた。


 本部戦隊500のドラグーンが帝国艦隊の後方を守ろうと奮戦している。戦列艦を襲おうとするフリゲートに挑みかかっては、追い払い、あるいは撃沈していく。


 被害の全てを防げるわけではない。


 伯爵は近くの戦列艦に接近しようとしてくるフリゲート艦を見つけた。戦列艦が小口径の対空ビーム砲を撃ってフリゲート艦を近寄らせないよう抵抗している。

 伯爵はドラグーン<ディア=ヴァイド>を旋回させ、そのフリゲートへの軌道を取った。それに気づいたフリゲートが、砲の照準を<ディア=ヴァイド>に向けた。


 先に伯爵が撃った。ビームは回避機動を行ったフリゲートにかわされてしまった。


 フリゲートが撃つ。

 伯爵が回避を試みることを前提としたばらまき射撃だ。

 そのうちの一つが<ディア=ヴァイド>の防御シールドに当たった。シールドが貫かれ、衝撃が艦に伝わった。貴族専用の高純度結晶による接続は、自艦の状況を細やかに教えてくれる。損害は装甲に多少。問題はない。


 再び伯爵が撃った。

 今度は命中し、フリゲートの防御シールドを突き破った。船体に損傷を与えたが、致命傷ではない。


 フリゲートの反撃。

 さきほどより本数が減っていた。いまの攻撃で一部の砲を使用不能にできたようだった。


 伯爵は、これは艦を翻して難なくかわし、再び撃った。

 ビームがフリゲートの反応炉を貫いた。

 爆散。


「よし」


 伯爵は小さく喝采を挙げた。


 しかしその視界の端で、守ろうとしていた戦列艦が爆散した。

 別の方向からの攻撃で沈められたのだ。


 殺到してくる敵艦があまりにも多過ぎた。帝国軍の戦列艦はその数を着実に減らされている。

 先頭はそろそろ突破できているだろうか。ドラグーン2000隻はそう簡単に止められる数ではないはずだ。


 <ディア=ヴァイド>も戦闘に突入してしまってから、全体の状況の情報が受け取れていない。

 突破したら反転して隊列を整えるよう命令は済ませてある。


 伯爵は再び艦の操縦に意識を戻した。

 敵フリゲートを仕留めるためである。


 接近しようとした<ディア=ヴァイド>を、突如、ビームが襲った。

 ビームは防御シールドを貫き、装甲と艦体を灼き、反物質タンクに傷をつけた。

 反物質を保持していた磁場が失われ、反物質が船体を構成する通常の物質と結びつき、莫大なエネルギーを放って対消滅した。


 ドラグーン<ディア=ヴァイド>は爆散した。





 要塞から見える戦況は、帝国艦隊に不利なように見えた。


 帝国艦隊の先頭を行くドラグーン隊は、連邦戦列艦隊を切り裂いて進んでいる。その一方で、帝国艦隊の最後尾は戦列艦であり、殺到してきた連邦軍のフリゲート艦にいいようにやられてしまっている。


 連邦軍と帝国軍が入り乱れているところで戦闘がどうなっているかは、ここからの観測では分からない。しかし、乱戦領域が広がっていることから、帝国軍の戦列艦に相当な損害が出ていることがうかがわれた。


「ミツキ、帝国軍の突破は成功すると思う?」

「はい。先頭集団は間違いなく突破できるでしょう。後続の戦列艦のどれだけが突破できるかは不明ですが」

「そう」


 セツトは頷いて、こちら側の戦況図を見た。


 フリゲートの乱戦はまだ継続されている。

 互角の戦いだ。

 この乱戦には手が出せない。撃てば味方にも当たってしまう。セツトにはただじっと戦いを見ていることしかできなかった。


 帝国艦隊の先頭が連邦艦隊を突破した。

 先頭を行くドラグーン隊は左右に分かれ、後続のフリゲートや戦列艦の突破を支援する動きを見せた。

 フリゲートが抜け、戦列艦がさらに後を追って連邦艦隊の後背に広がっていく。突破された連邦艦隊は左右に広がって、帝国艦隊の背後を襲っている艦隊に道を譲った。


 反転した帝国艦隊と連邦艦隊が正対した。

 連邦艦隊はそのまま敵艦隊になだれ込むことはせず、戦列艦による戦列を組んだ。

 最後まで帝国艦隊を追撃していたフリゲート艦が中央に位置し、その両側に戦列艦が並ぶ異例の陣形である。


 帝国艦隊も同様にドラグーンとフリゲートが中央に位置し、戦列艦がV字になって並んだ。


 帝国艦隊の残数は3万5000。対する連邦艦隊は4万。


 要塞がワープできるようになれば、連邦艦隊の後背から襲いかかり、勝負を決することができるだろう。


 帝国艦隊が隊列を保ったままじりじりと後退していく。

 連邦艦隊はそれを追わず、自らも距離を取るように後退をはじめた。


 艦隊の距離が空いていく。


「なぜ?」


 帝国艦隊はまだ数の上で大きく負けているわけではない。戦って要塞がワープしてくるのを待つだけで勝てるはずなのだ。


 なぜ戦いを避けるように離れていくのだろうか。


「乱戦解消されました。ワープ可能まであと10分です」


 ようやく要塞近くでの乱戦が終わった。連邦軍のフリゲート艦が離れていく。独立防衛艦隊のフリゲートと海賊船は追わなかった。かれらも状況は分かっている。


「帝国艦隊、連邦艦隊、ともにワープ可能距離まで離れました。ワープ準備を始めた模様です」


 明らかにお互い戦いを避け、終わりにしようとしていた。

 連邦軍の方は分かる。要塞が再び戦線に参加する前に勝敗をつけるか離脱しなければならない側だ。

 分からないのが帝国艦隊だ。なにがあったのだろうか。伯爵は何を考えているのだろうか。


「近傍にワープアウト予兆。1隻です」

「一隻?」


 何がどうなっているのか。セツトは誰かに確認したい気持ちだった。


「はい。ワープアウトしました。艦影確認。リッヒ子爵のドラグーンです。通信を求めています」

「つないでくれ」


 セツトが応じると、すぐにモニターにリッヒ子爵の姿が映し出された。


「子爵、いったいなぜ帝国艦隊は撤退するのですか?」


 セツトは単刀直入に問いかけた。

 リッヒ子爵の顔は暗い。不吉な暗さだった。


「司令官、誠に伝えにくいことなのだが、ヴァイエル伯爵が戦死なされた」

「!!」


 セツトは言葉を失った。

 リッヒ子爵の続く言葉は、さらに衝撃的だった。


「私は見てしまったのです。我が軍のドラグーンが、伯爵の<ディア=ヴァイド>を攻撃し沈めたところを」


 足下の床が無くなったかのようだった。頭の中から全ての思考が、文字が失われた。


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