小惑星のふりしたナニカ
宇宙海賊キティシア=ヘブンバーグ。
凄腕と評判の宇宙海賊であったラージェ=ヘブンバーグの娘として、彼の海賊船と乗組員を受け継ぎ、星から星へと渡り歩いている宇宙海賊である。フリーランス宇宙海賊で、どこかの国と契約して、敵国を荒らしたり、会戦に参加したりするというスタイルを取っていた。
およそ半年ほど前から帝国領に姿を現すようになり、数多くの商船が被害を受けた。そこで帝国は、彼女に高額の懸賞金をかけた。
懸賞金をかければ、腕に覚えのある者達が自らのアピールもかねて、彼女を追うようになる。
2ヶ月前、キティシアの船<黒銀の栄光>号は隣のクドラシア星系から姿を消した。1ヶ月前、商船の被害発生によって、ここヌーブ星系にいることが分かった。
10日前、<黒銀の栄光>号を捕捉するべく散った船の一隻がついにこれを発見し、仲間を募って追撃を始めた。
キティがセツトを拾ったのは、その逃走のさなかのことであった。
<黒銀の栄光>号は追撃艦隊をうまくかわしていたが、のろのろ飛んでいた航宙艇と速度進路を同期させたため、ついに追撃艦隊の射程に入ったのである。
追撃艦隊10隻はビーム砲で<黒銀の栄光>号を砲撃するが、<黒銀の栄光>号の操船は巧みであった。何発か着弾したものの、重大な損傷を与えるには至らず、<黒銀の栄光>号は、近くにあった小惑星帯の中に飛び込んでしまった。
「追ってきてる?」
船が小惑星帯の中に入ったことを確認し、キティが聞いた。
「いえ、奴ら外で待つようで」
「そう。損傷箇所はどう?」
「スラスター系にいくつか損傷があるんで、一回どこかに下ろして直したいっすね」
「追ってこないなら、そうしましょう。なるべく発見されにくい小惑星を選んで着陸してちょうだい」
「りょーかい」
キティが下す命令はおおまかだが、部下達は手慣れた様子でこなしていく。セツトはその様子をキティの隣で感心して眺めていた。
「ところでお頭、セツトぼっちゃんの配置はどうするんで?」
キュークと呼ばれていた男が聞いてきた。
「ん? ここでいいんじゃない?」
「……ブリッジに空いてる席はありやせんよ」
「だから、ここよ、ここ」
キティはセツトが今座っている場所を指さした。つまり、キティの隣である。
「えーと、お頭?」
「美少年を侍らせる女海賊って、何か凄腕ぽくない?」
「おかしらぁ……」
キュークは呆れていた。
「冗談よ。ただ、船の扱いは任せられないし、部屋にこもって貰うのも違うじゃない。けど、貴族の子弟よ。いろんな勉強はしてたんじゃない?」
キティに聞かれて、セツトは昔のことを思い出しながら答えた。
「は、はい。戦史とか、兵法とかなら、多少は」
「だからしばらくは現場を見て書物との違いを感じて貰っといて、いずれは知恵係が適任よ」
「そういうことでしたら、まぁ。しかし、美少年と比較され続けるあっし達の戦意はどうしていただけるんで?」
「いいわ。あとでこの辺に席作っといて。あんまり遠くにはしないでよ。私の戦意に関わるわ」
「了解!」
キュークの今日一番の威勢のいい返事が響いた。
小惑星の地表に向け、<黒銀の栄光>号がゆっくりと降下していく。
直径5キロほどの小惑星である。ちょうど良くくぼんでいる場所があり、修理中に追撃艦隊が小惑星帯に入ってきたとしても、ある程度船体を隠すことができる。
着陸して必要な修理をした後、小惑星帯を突破して逃げる予定であった。
船体から着陸脚が伸びた。
<黒銀の栄光>号は高度をさげていく。
「高度10、そろそろ着陸しやす。3、2、1、ちゃくり―――え?」
操舵手の混乱した声がした。
「着陸しやせん。高度下がります。マイナス5、10……と、止めます」
降下が止まった。
「液体?」
着陸用高度計のマイナスは、液体の海の中に入ったときに見られる数字だ。堅い陸地では、めり込んでいない限りマイナスにはならない。
「そんなはずは」
ブリッジのスクリーンに映っている映像を見ても、小惑星は岩石でできているように見えた。
「お頭、どうしやす?」
「下の映像だせる?」
「へい」
スクリーンの画像が切り替わった。真っ暗だ。
「ライト」
<黒銀の栄光>号の下部についた照明が点灯された。ようやく、スクリーンにものが映った。
「なにこれ?」
キティが発した疑問は、ブリッジにいる全員が共有していた。
それは深い穴だった。谷などではない。壁面は明らかに人工物でしかあり得ない平らなもので、底はどうなっているか映像では見ることができない。
「グラウンドスキャン。地形出して」
「へい」
電波が穴の中を走査した。
「出た。縦200メートル、横80メートルの長方形の穴です。深さは150メートル」
「ちょうほうけい、ね」
自然界の構造ではありえない。
「熱反応ありません。電波もこの船からでてるやつだけです。無人ですかね」
「降りるわよ」
「りょーかい。降下しやす」
<黒銀の栄光>号が降下を再開した。縦穴の中を降下し、船は穴の底に着陸した。
「やはり熱反応ないっすね。『地表』は、ちょっとチリが多く積もってるみたいす」
「みんな、これ何だと思う?」
「さぁ」「さっぱりす」「冥界への入り口でなければ検討もつきやせん」
ブリッジの男達は肩をすくめていた。
セツトにはひとつ心当たりがあった。
「もしかして、遺跡ではないですか?」
「いせき?」
「何かで読んだことがあるんですけど、宇宙にはずっと昔に滅んだ文明があって、ときどき残された遺跡が発見されるそうなんです。時には技術が解析できるものもあって、この接続結晶も、遺跡から得られた技術だって」
男達は一斉に「へぇ~」という顔をした。
「さすが辞書係。楽しみだわ」
キティだけが楽しそうだった。
「修理班は修理開始を。この遺跡を一通り探索しようという勇者は、私と一緒に行くわよ!」
「へーい」
キティは乗員に探検隊への立候補を募ったが、残念ながら立候補者はいなかった。
ではキティは探検を諦めたかというと、そんなはずはない。
「じゃあセツト、一緒に来てね」
キティはセツトを指名し、同行させられることになった。そのとたん、数名が2人じゃアブねぇから俺も俺もと手を上げてきた。
最終的に探検隊は4名、セツト、キティ、ダルドフ、ビットに決まった。
ビットは<黒銀の栄光>号の副操縦士である。接続結晶の技術が遺跡から得られたものなら、遺跡に何か接続結晶で操作できるものがあるかもしれない、という理由だ。
ダルドフは護衛である。
「出発!」
キティの号令一下、探検隊が宇宙服のスラスターを噴射し、浮かび上がった。まずは一番近い壁に向かい、飛んでいく。
見える範囲では、構造物は何もない。
4人は、壁にたどり着いた後は、壁に沿って外周を調べていった。
「あ」
真っ先にそれを見つけたのは、ダルドフだった。
「お頭、あれ」
壁面の一部、10メートルほどの高さのところに台のように突き出た場所があった。
「行くわよ」
キティが先頭を切ってその台まで飛んでいく。4人が後に続いた。
そこに、2メートルほどはある巨大な菱形の接続結晶があった。
「ビット、試してみて」
「へ、へい」
ビットがビクビクしながら前に出た。そもそもあまり乗り気でないのに連れてこられたのだ。おまけによく分からないものと接続しろといわれては、不安を感じるのもやむを得ないことだった。
「接続」
ビットが試した。しかし、接続結晶は何の変化も起こさなかった。
「だめか」
キティは肩を落とした。
「接続できて操作できたら、なにか出てきそうなのに……」
キティの諦めかけたその目が、セツトを捉えた。
「セツトも、ついてたよねぇ?」
接続結晶。
「い、いや、僕は……」
反応するはずがない、とセツト。
「いいからちょっと触るだけ。ね。ビットもできなかったんだから、できなくても大丈夫だって」
「う……」
「ほらほらほら」
言いながら、キティはセツトの手を取って、左手の甲の接続結晶を触れさせた。
(だめでもともと!)
「接続」
セツトが呟いた。
瞬間。
壁の接続結晶が強い光を放った。
「おぉ!」
キティが目を細めて光を防ぎながら、感嘆の声を上げた。
「やったじゃん!」
光が徐々に収まって、接続結晶は淡い光をたたえた状態になった。
「やった……の?」
セツトには何の実感もなかった。あると聞かされていた『つながる』感覚も、『船がうまれつき持っていた体のように思える』という感覚もない。
「何か操作できそう?」
「いや……。そんな感じはしないんだけど……」
(やっぱり失敗なんじゃないだろうか。)
光ったのは何かの間違いで。
『<ヴァーラスキルヴ>要塞管理基幹システムが起動しました。』
そう思ったところ、セツトの頭の中に声がした。他の3人には聞こえていない。セツトだけに聞こえるようだった。
「え、何!?」
『ご命令をどうぞ。』
「何がさ?」
『質問を確認。質問意図不明。確認のため、コミュニケーションユニットを起動します。』
頭の中の声は、事態についていけていないセツトを置き去りにしていた。
接続結晶のすぐ脇の壁がスライドした。隙間ができ、そこから、一人の少女がでてきた。見たことのないひらひらした衣装を身にまとっている、ポニーテールの少女だ。
ダルドフがとっさに銃を向けた。ここに空気はない。宇宙服を着ていない生身の人間が行動できる場所ではなかった。
少女は銃を意に介さず、セツトを見て、こう言った。
「おはようございます、司令官閣下。お呼びですか?」
少女が通信機を持っている様子はないにもかかわらず通信機から声がした。
「呼んでない!」
セツトはとっさに否定した。
少女はそれも意に介することなく、ずいっと無表情のままセツトの目の前に詰め寄った。
「閣下。お、よ、び、で、す、よ、ね?」
有無を言わせない強い調子だった。呼んだと言わない限り先に進ませないつもりのようだ。
「……わかったよ。呼んだ」
「ありがとうございます。閣下、私は要塞制御支援用コミュニケーションAIユニットのミツキと申します」
ミツキと名乗った少女は、右手の指をピンと伸ばして眉毛の当たりに当てる、変な仕草をした。
「ミツキ、ね。僕はセツト。セツト=ヴァイエルだ」
名乗られたら名乗りを返すという貴族の礼儀が自然と出た。
「かしこまりました。セツト司令官閣下。それでは閣下、この周囲の者は敵ですか、味方ですか」
「味方だよ。君は誰なのか、説明してもらえるかな?」
「私は、地球連邦宇宙軍アーク5号作戦艦隊所属、恒星間航行能力付与型移動要撃要塞<ヴァーラスキルヴ>制御支援用コミュニケーションAIユニットです。司令官閣下がこの要塞を扱うお手伝いをさせていただきます」
セツトが理解できたのは最後の部分だけだが、セツトを手伝うと言っているから、危害を加えることはなさそうだ。
「つまり君は、ここが要塞というやつで、自分はその操作を手伝う役目だと、そういうことでいいのかな?」
「全くその通りです、閣下」
ミツキはセツトを閣下と呼んで譲らない。おそらく、あの接続結晶に触れて起動したものを司令官、として認識するようだ。
「私は要塞に関するすべてについて、司令官閣下をお手伝いいたします」
「司令官はセツトから変更できるの?」
キティが質問を挟んだ。
「いいえ。仮に司令官閣下がお亡くなりになられたとしても、司令官の変更はできません」
「よかったじゃん、セツト」
キティが突然セツトの方に話を向けた。
「これで伯爵家に帰れるよ」
「……!」
セツトの頭にその発想は浮かんでいなかった。
「ドラグーンではないけれど、古代の要塞との接続に成功した。十分でしょ?」
「言われてみれば……」
「そうよ。しかも要塞は、司令官変更はできないと言っている。伯爵も帝国も、君を無視できない」
「でも……」
「でももだってもなし。君は君の居場所に帰んな。貴族の子弟に海賊は似合わなさすぎでしょ。ミツキ、この要塞に生活できる場所はある?」
「もちろんあります。生存に必要な物の備蓄は十分です」
「よし、じゃあセツトはここに残りな。うちはあと少しで修理が終わるから、終わり次第小惑星帯を抜けてくよ。追撃の艦隊が離れてからどっかに通信するんだね」
キティはとんとんと話を決めてしまった。
「ありがとう、お頭」
セツトが礼を言うと、キティはにかっと笑った。
「うちは、子分の幸せ第一なのさ」