帝国の矜持
時は少し遡る。
ヴァイエル伯爵は、ドラグーン<ディア=ヴァイド>の操縦室で艦隊の指揮を執っていた。
大軍の指揮である。
伯爵は、戦列艦隊の後方に自艦と500隻ほどのドラグーンを集めて本部戦隊を作り、その中で戦況の全体を見ていた。
こちらの方に来た連邦艦隊が3万であったのは意外だった。
連邦軍はそれだけあの要塞を脅威と考えたのだろうか。
(しかし、3万でこちらをどうにかできると思われるのは心外だ。)
帝国艦隊は堂々と戦列艦を前進させ、連邦艦隊と撃ち合いに入った。
帝国軍は戦列艦の数も勝り、練度も大差ない。独立諸国から来た1万がやや足を引っ張っているが、戦況が覆るほどではなかった。
連邦軍は帝国艦隊の攻撃をじっと耐える戦いをしていた。帝国艦隊から距離を取るように徐々に後退しながら防戦を行っている。
連邦軍がなにか特別な機動をする気配はない。
「要塞側の戦況はどうだ?」
伯爵は参謀に尋ねた。
「要塞の火力がすさまじいです。連邦艦隊が氷のように溶けています」
伯爵は手元のモニターに要塞側の戦況図を呼び出した。
実際恐ろしい速度で連邦軍の艦が減っていっていた。連邦軍の戦列艦は撤退を始めているが、要塞の射程から出るまでにかなりの数の戦列艦が沈むだろう。
「艦隊総司令は1万と見積もっていたが、まったく見積もり違いだったな」
「はい」
「しかし、この状況で目の前の連邦艦隊がこうもおとなしくしているのは妙だ。起死回生が必要なシーンだろう、これは」
それともこのまま全軍撤退するつもりなのだろうか。
違和感を抱きながら、伯爵は戦場全体を観察した。
要塞側を攻撃していた連邦艦隊が引いていく。戦列艦の射程から離れ、要塞の射程からも離れ、なおも加速していく。
(この速度方角、まさか?)
伯爵の脳裏にひとつの可能性がよぎった。
連邦艦隊がワープしてくることができる場所、速度、方向、すべてをまとめて見たときにありうる選択肢。
要塞側の連邦艦隊がこのままワープ可能距離まで離脱しワープすれば、帝国艦隊の後背を衝き包囲することが可能になる。
可能性の話で終わるのならばいい。実際は総崩れでがむしゃらに逃げているだけなのかもしれない。しかし、万が一これが連邦艦隊の作戦だったらどうだ。
そもそも乱戦状態のフリゲートがそのまま乱戦をしているのが気になる。逃げる味方を援護するでもない。
あの場所で乱戦を行っている限り、要塞も、あちらのフリゲートや海賊も、ワープができない。
「全艦に連絡を。陣形を紡錘形に再編。目前の敵艦隊の中央突破を試みる」
伯爵は強引な手を使うことにした。
今思い当たった可能性が単なる可能性のまま終わるのならばいい。それはそれで、中央突破に動くのが少し早かった、というだけの問題で終わる。
だがもしここまで連邦軍の描いた絵の通りなのだとしたら。
今のうちに中央突破をしておかなくてはならない。包囲されてからでは遅い。
今のうちに中央突破を進め、突破後に反転する。そうして合流した敵艦隊と戦うのだ。
「かしこまりました。突破の実行は?」
「用意でき次第だ。急げ」
「はい」
伯爵の命令が艦隊に伝えられていく。戦列艦が砲撃を続けながら隊列を変えはじめた。
「ドラグーン及びフリゲートは直ちに突撃。ドラグーンは先行して駆け抜けよ」
帝国艦隊のドラグーンとフリゲートが連邦戦列艦の中央めがけて動き始めた。
連邦艦隊のフリゲートもこれを阻止しようとして機動を始め、戦列艦も砲火をドラグーンに集中させ始めた。
「突撃!」
敵意のすべてが集まる中、2000隻のドラグーンが宙を駆けていく。
ドラグーン以外の艦には不可能な俊敏な動きで敵弾を回避し、シールドではじき、殺到していく。すでに自軍のフリゲート隊を置き去りにしていた。
連邦のフリゲート隊も、ドラグーンの機動力を前に行く手を遮ることはできなかった。
要塞の火力を見て、彼らは奮起していた。
要塞の砲打撃力は恐ろしいと言うほかない。しかし、宇宙最速最大の衝撃力は自分たちのものだという自負があった。
強引な突撃、大いに結構。望むところだ。
要塞がなんだというのか。ドラグーンもまたかつての文明の遺産であるのだ。
我らを差し置いて要塞などに戦力を集中することの愚かしさを、思い知らせてやらねばならない。
ドラグーン隊が連邦戦列艦の艦列に襲いかかった。
戦列艦に近接し、回避不可能な距離から砲撃をたたき込み、爆散させては離脱していく。
たちまちのうちに100隻の戦列艦が沈んだ。
後続のドラグーンが突入するにつれて、損害をさらに、200隻300隻と瞬く間に拡大させていく。
深く。
前へ。
そのドラグーンの背後に連邦軍のフリゲートが追いつき、乱戦が繰り広げられ始めた。
その後ろからさらに帝国軍のフリゲートが突っ込んでいく。
連邦艦隊にドラグーンとフリゲートによるくさびが打ち込まれた。
「全艦突撃」
隊列を変更し終えた戦列艦が前進を始めた。ドラグーンによって打ち込まれたくさびを後ろから押し込み、突破するためだ。
「提督、背後にワープアウト予兆!」
「構うな、このまま突っ込め!」
やはり危惧した通りだった。
こうなっては、後背から攻撃される前に突き抜けるしか道はない。
「本部戦隊も前進する。ここを突破するほか我々の生きる道はないものと心得よ」
伯爵は<ディア=ヴァイド>の操作系に接続した。




