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艦隊出撃

 

「望みを、野心を聞きたい」


 グロリアスは重ねてそう言ってきた。

 セツトはどこから話せばいいか、少し考えた。グロリアスの目は真剣そのものだ。


「僕は、帝国の、ヴァイエル伯爵家に長男として生まれました」


 簡潔にでも一から話すべきだろう。


「ついこの間まで、将来は伯爵位を継いでドラグーンに乗るのだと漫然と考えていました。しかし、そうなることはありませんでした」


 言いながら左手の甲に埋め込まれたままの結晶をなでた。


「僕は船に接続することができないのです。ミツキにも少し調べて貰いましたが、なぜなのかは分かっていません。僕は公式には死亡したものとして、伯爵家を出されました」


 それからまだ一年たっていないのに、話しているとかなり昔のことのように感じた。


「操作もできない航宙艇に放り込まれて宇宙を漂っていた僕を拾ってくれたのがキティです。接続結晶が使えなきゃだめだなんて考え捨てちゃえって言われて、そのときの僕はすごく救われた気がしたんです。その後、放置されていたこの要塞を見つけ、なぜか僕が接続できてしまい、要塞が眠りから覚めました」

「なつかしいね」


 キティが合いの手を入れた。


「そうだね。キティは要塞を土産に帝国に戻れって言ってくれたんですが、僕はその気になれませんでした。帝国に戻るにはキティを見殺しにしなければならなかった。それはできません。それをしてしまえば、僕は自分の都合で恩人を殺した最低の人間になってしまう」


 グロリアスは黙って聞いている。セツトの話を聞いて何を思っているのか、表情から読み取ることもできなかった。


「僕はキティを助け、帝国と離れることを決めました。最初は、要塞のことをなるべく隠して、<黒銀の栄光>号に乗って海賊をするのがいいなと思ったんです。<黒銀の栄光>号は良い船でした。乗組員達も最高でした」

「もちろんだとも。わが友人ラージェが遺した船、最高でないはずがない」


 グロリアスは笑顔で頷いた。セツトも頷いた。


「けれど、どうやら世の中そう簡単にはいかないんです。元伯爵公子、これが常につきまとって付いてくる。おそらく今も憑いていることでしょう」


 まるで亡霊のようだと思っている。


「僕はこれを取り払いたい。ただのセツトとして生きることができるようになりたい。そのために戦いたい」

「ほう」


 グロリアスが興味深げに少し首をうごかした。


「帝国でも、連邦でも、王国でも、独立諸国でもない、この要塞一個として宇宙に居場所を作る。それが僕の今の望みです」

「どこの国とも関係なくいたいから戦う、と仰るのか」

「そうです。そのためにはまず帝国に滅んで貰うわけにはいかない。この戦争で帝国が滅べば、世界は連邦と王国のものになり、最終的にはどちらかが勝つことでしょう。しかしそれでは、その勝った国にいられないような人間は行き場を失ってしまう。生きられなくなってしまう。帝国貴族として生きていけなくなった僕のようにです」


 セツトは言葉を切った。うまく伝えられただろうか。

 グロリアスは黙って何か考えている。しばらくの間沈黙が続いた。

 グロリアスが足を組み替えた。


「つまり君が目指すこの戦いの終着点は」

「痛み分けです」

「人類世界の分裂を、まだ続けようというのかね」

「続けて貰います。自由のために。そもそも統一される必要なんてないでしょう」


 セツトは断言した。


「よろしい」


 グロリアスが口を開いた。


「我が艦隊はあなたの提案に応じよう」

「ありがとうございます、頭目。しかしなぜです?」

「近しいものは、私のことをヴィーと呼ぶ。どうかそう呼んでもらいたい」

「わかりました、ヴィー。では僕のこともセツトと。それで、なぜです?」

「理由は3つある。聞きたいか?」

「聞きたいですね」

「1つ目、キティが選んだ男なら助けてやる義理が私にはあるということ」

「なるほど」

「2つ目は、自由な場所を得るために戦う、それこそ海賊の姿だということ。我々も平和な世では生きられない人種でね。それだけだ」

「……3つ目は?」

「ふふ。それは君とキティが結婚するときに教えてあげよう」


 グロリアスはにやりと笑った。





 連邦宇宙軍中将アリーチ=レイゼは、艦隊指揮所の中央に、腕を組んで悠然と立っていた。

 長い金髪をまとめずにおろしている。組んだ腕に胸が押し上げられて、爆弾を二つ抱えているようだった。制服がはち切れないのは、しっかりと体に合わせて作られているからである。


 彼女がまだ准将だったころ、部下の艦が海賊との戦いに敗れ虜囚となることがあった。

 海賊は生き残った副艦長以下20人を人質に彼女一人で交渉に来るよう要求した。

 レイゼは参謀ら全員が止めるのを叱責して一人で海賊船に向かい、海賊全員を始末した。右手に銃、左手に剣という物語もかくやという姿であった。

「か弱い女と期待したかもしれないが、残念ながら私は獅子だ」

 この啖呵が助けられた兵から噂され、参謀からは金髪の鬼提督と恐れられ、兵からは獅子提督と慕われている。


 レイゼは連邦成立以前からの、400年続く軍人家系の出であった。

 女だからと言って関係なく、当たり前のように軍人を志し、日課をこなすように軽々と軍功を重ね、息をするかのように自然に提督となった。


 独立諸国制圧に向かう総勢10万隻の内、3万隻が彼女の指揮下にある。3万隻は今まさに出撃準備を整え、最初の恒星間ワープを行おうとしていた。


 連邦軍の全軍は15万隻。今回の作戦は全軍の3分の2を動員する大作戦であった。これほどを動員する大作戦は過去に例がない。


 作戦名『竜殺し(ドラゴンスレイ)』。

 作戦の目的は帝国領への侵攻ルートを作り、橋頭保を確保することにある。


 レイゼ艦隊は先鋒として独立諸国を平定しながら進み、まずはマーズ=カミノ王国を目指すことになっていた。そこにあの要塞があるはずだ。たどり着くまでに移動しなければだが。

 帝国はどう動くだろう。

 迎撃してくるだろうか。独立諸国を見捨てるだろうか。様々な可能性が頭の中をよぎっている。


「願わくば、心躍る敵と出会いたいものだ」


 レイゼは吐露した。

 軍人としての理性は大きな障害がないことを望んでいるが、感情の方が強敵との邂逅を望んでいた。中途半端な敵は一番いらない。戦うなら互いの戦力と知力の限りを尽くして戦いたかった。

 それができるなら独立諸国が連合した艦隊でも、噂の<ヴァーラスキルヴ>要塞でも、帝国艦隊でもいい。

 何なら全部一遍でもいい。


「ワープイン30秒前です」


 艦隊指揮所に機械音声が響いた。

 レイゼが両手で強く髪をかき上げると、金髪が大きく波打った。気が昂っている。いよいよこの大作戦が始まるのだ。


「ドラゴンスレイ作戦本部より入電。獅子艦隊の武運を祈る。以上です」

「ワープイン5秒前。4、3、2、1、艦隊全艦ワープします」


 連邦艦隊3万隻は、同時にワープに入った。

 指揮所の一角に表示されていた外部映像が、星空から黒一色に塗りつぶされた。


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