方針
第4勢力。
セツトの構想を一言でまとめるとそうなる。
現在の独立諸国は泡沫のようなものだ。3大国が強すぎて、その思惑に合わせて踊ることしかできない。むしろ積極的に踊ってみせることで生き残りを図ってきたのだ。
連邦と王国による宣戦布告は、その構造を根底からひっくり返すものだった。
独立諸国は戸惑っている。その戸惑っているうちに遺跡によって製造された艦艇という餌をぶら下げてまとめてしまう。
「大変なお仕事ね」
キティはセツトの隣に座ってのんきにそう言った。事態が宇宙規模のものになってしまって、<黒銀の栄光>号は暇を持て余していた。
「ここで逃げるわけにはいきませんから」
「別にいいんじゃない。マーズ=カミノ王国には義理もないでしょう」
「じゃあ、全部捨てて一緒に逃げようって言ったら、お頭来てくれます?」
キティはセツトの言葉を微笑で流した。
「その気もないことを言ってお姉さんをからかうのは無し」
セツトも笑った。
「バレましたか」
「当然。ついこないだ、人生に積極的に関わるってかっこいいこと言ったばかりじゃない」
「言っちゃいました。お頭だけでも逃げてもいいんですよ?」
キティがセツトの肩に腕を回し、ほおをつねった。
「たわけたことを言うのはこの口かな?」
「いたたた」
幸い、すぐに頬は解放された。肩は離してくれない。
「私が、自分が拾って助けた男の子が頑張ってるときに、1人で逃げるような女にみえるのかね?」
「……いえ」
「そうでしょうそうでしょう」
キティは満足げだった。
「納得して貰ったところで、私は最近とても暇なの。知恵係くん何かやることない?」
「うーん。ちょっと考えていたことではあるんですけれど、海賊達って集められないですかね?」
「狙いは?」
「僕らに足りないのは、人と船なんですよ」
船と、それに乗り込む人が足りない。
連邦軍がどの程度の艦隊を動員するか分からないが、万単位なのは確実だ。
それが数ヶ月以内に攻めてくるだろう事を考えると、いちいち建造していたのでは戦力がそろわない。
「<黒銀の栄光>号もそうですけど、砲と防御シールドを取り替えるだけで戦闘力はかなりあがるんです。もし海賊たちを集められるなら、砲と防御シールドだけ取り替えて、それなりの艦隊が作れるんじゃないかと思ってます」
「なるほど。傭兵にしようというのね」
「僕たちが提供するのは船の設備、酒と娯楽」
「私たちが提供するのはいつも通り、船と命」
「お願いできますか?」
「もちろんよ。それで、私への報酬は?」
「……」
考えていなかった。
「私は高いわよ。なにしろ懸賞金12億の女なんだから」
「えーと、何か欲しいものあります?」
「教えてあげない」
なんだろうか。マーズ=カミノ王国の宇宙港にいたときも何かに執着していたような様子はなかった。
セツトは悩んだ。
悩んだが、分からなかったので、不意打ちでごまかすことに決めた。
目の前にある頬にキスしたのである。
その頃、ヴァイエル伯爵は帝都にいた。
(なんだ。今あいつがとても悪いことをしでかした気配がした。)
伯爵は首をかしげた。昔はよく叱ったものだった。意外と当たるのだ、この感覚は。問いただすとたいていなにかしでかしていた。
いや、そのようなことを気にしている場合ではない。
伯爵は目の前の会話に意識を戻した。
「では、先に連邦ですか」
「そうだ」
帝国宇宙艦隊総司令官アレク=デアグスト提督は頷いた。
「私は王国からだと思っていたのですが」
伯爵は自ら要塞について報告しに帝都までやってきていた。報告すべき内容が極めて重要だと思ったためだ。
当初伯爵は報告が終わり次第ヌーブ星系に戻るつもりでいた。ところが、対策を考えるにあたって協力してほしいという名目で引き留められ、検討に付き合わされてしまっていた。
そうしたところに連邦と王国が怪しい動きをしていることがわかり、ついに宣戦布告を受けるに至って、伯爵はもはや帝都から離れられなくなっていた。
「そういう意見も多いのは承知している。しかし、王国はこちらが防戦に専念すれば領土を劇的に広げることはないが、連邦は独立諸国を併合して回る構えを見せている。長い目で見たとき、それは好ましくない」
「王国からの攻勢を防ぎながら、連邦と戦うのですか。艦の数が足りないのでは?」
連邦が独立諸国を併合して回っている間に王国に対して全力を注いで打ち勝ち、返す刀で連邦と戦う。これがまず王国を攻めるとする一派の考えだ。
逆では兵力を集中しきれない。連邦と王国、両方に負けるという可能性があった。
「ヴァイエル提督、私がなぜ今君を呼んでいると思う」
デアグストの答えがこれだ。
「例の要塞を味方につけろということですか」
「賢察の通りだ。あれを扱っているのは、君の息子だろう」
「はい」
伯爵はそのことはごく一部にしか明かしていない。もちろんデアグストはそれを知っている少数に入っている。
「4万を君に預けたい。やってくれないか?」
「4万」
伯爵は喉を鳴らした。
大軍である。
しかし連邦軍が動員してくるだろう数は7万隻から10万隻だと予想されている。4万隻では太刀打ちできない。
「足らんという顔だな」
「あ、いえ」
「分かっている。その4万に、帝国派独立諸国からかき集めて1万、それとあの要塞だが、艦隊司令部ではアレを1万隻に匹敵するとみている」
「それほどのものですか」
「情報部が苦労してマーズ=カミノ王国艦隊との戦いの戦闘記録を入手してくれたよ。正直に言って私は彼らに憐れみすら感じたね」
「そうでしたか」
伯爵の予想が当たったことが証明されたわけだが、伯爵は複雑な思いを抱えた。セツトはもう修羅の世界から抜け出すことはできないだろう。世界がそれを許すまい。
「都合6万相当。これでなんとかしてくれ。これ以上は王国側との戦線がもたん」
「厳しい戦いになりますね」
デアグストはゆっくりとうなずいた。
6万そろえるといっても、それでもまだ数的不利がある。
「人類の半分と戦争しようというのだぞ。金庫の奥までひっくり返してそれだ」
「できる限りのことはしましょう」
「勝ってくれ。そうでなければ帝国は滅ぶ」
デアグストは事実を端的に述べた。




