宣戦布告
その日、三大国の1つである連邦の大統領を務めるジャック=オルブラッドは、重大発表があるとして報道陣を集めていた。
大統領府の記者会見場には千人もの記者が押し寄せ、会見の様子は首都星系には生中継、その他の星系には録画放送されることとなっていた。
「我が連邦の歴史について、改めて論ずるまでもないと思うが、」
オルブラッドは冒頭、そのように語り出した。
「我が連邦は、横暴な侵略を重ねる帝国に対抗すべく、アスリア共和国が中心となって呼びかけを行い、諸国が結集して建国された。帝国の野望をくじくのは、わが連邦において宿命であると言っても過言ではない」
記者達は困惑していた。大統領は何の話を始めるつもりなのか。
歴史の授業をするためにこれだけの記者を集めたわけではないだろうに。
「今ふたたび、ひとつの企てが白日の下にさらされることとなった。帝国は、平和中立を掲げる独立諸国に対し、非公式に軍勢を送り込んでいたのだ」
連邦大統領が帝国をあしざまに言うのはいつものことで、たいていは『誠に遺憾である』で終わるのだ。
「帝国は既にマーズ=カミノ王国をはじめとする数カ国を秘密裏に征服していることを確証を得ている。自由と正義を愛する連邦政府としては、誠に遺憾であると言わざるを得ない」
いつものパターンか、と記者達が気を抜いた。
「そこでさきほど、私は重大な決断を行った」
大統領は言葉を切った。
いつものパターンでない。全員がすぐにそれを悟り、大統領の言葉を待った。
「私は、明日銀河標準時正午をもって、連邦憲章第85条に基づく大統領権限を行使し、帝国及び帝国の事実上の支配下にある諸国に対し、宣戦を布告する。対象となる諸国の正式名称はこれからお配りするリストの通りである」
記者達の間にどよめきが走った。
連邦の成立、そして帝国の内紛による王国の成立以来200年間、人類は大きな戦争をしてこなかった。多少の小競り合いはあっても、戦争状態を宣言しての戦いはなかったのである。
「これは、帝国によって自由を奪われ支配されることを余儀なくされている諸星系を解放する正義の戦争である。連邦全軍は直ちに戦時態勢をとり、作戦行動を開始するだろう」
記者達の手元に宣戦する諸国のリストが出回り始め、一層のどよめきが広がった。リストにある国名は100余。すべての独立諸国が挙げられていたためである。
同時刻、王国においても、国王カウロスが主だった貴族や文武諸官を謁見の間に集めていた。
「皇帝位が不当に簒奪されてから、200年もの時が流れている。余は、これ以上この現状を看過してはならないと信じている」
立ち並ぶ諸官にたいして、カウロスは語った。
王を名乗るのは、簒奪された皇帝位を奪い返し、唯一の皇帝としての座につくという初代国王の意思によるものだ。
そのために皇帝位は名乗らず、仮の王座にある。
「よって、余は、明日正午をもって、帝国の正当な支配者としての地位を回復するべく偽皇帝レクスザール3世に対する戦争を開始することを宣言する」
謁見の間に集まる者達は事前にこのことを知っていたものがほとんどであったが、宣言の儀式にふさわしいどよめきを作りあげて見せた。
「我が子アレクスよ」
「はっ!」
王に呼ばれて、アレクス王太子が王の前にひざまずいた。
「全軍をそなたに委ねる。ただちに艦隊を編成し、作戦に移れ」
「承りました」
「なお、諸君らに申しておく。こたびの戦争は、連邦との共同で行う。これより一時的なものながら、連邦は同盟国となる。しかと心得よ!」
多くの者が耳を疑った。
初耳である。帝国ほどではないとは言え、王国と連邦の仲は決していいものではない。連邦にしてみれば帝国と王国は同じ穴の狢という扱いであった。
それが同盟とは。
「話は以上である。諸君らの忠誠に期待する」
カウロスが下がっていった。集まった諸官は慌てて頭を下げ、王を送った。
カウロスが自室に戻って一休みしていると、宰相アルラード侯爵が尋ねてきた。
「侯爵、みなはどうだった?」
「驚いていましたな。連邦との同盟など、これまで実現不可能と思われていましたから」
カウロスはうなずいた。
通常であればこのような同盟は成立することはなかったであろう。帝国が新たな遺跡を手に入れたということがなければ。
王国がマーズ=カミノ王国や帝国から得た情報には、帝国がその遺跡を使っているとは思えない情報も含まれていた。
遺跡の支配権を持っているのがヴァイエル伯爵公子だった者であるのは間違いないが、ヴァイエル伯爵家の状況やマーズ=カミノ王国のその後の状況を見るに、帝国とはもはやつながっていないような点が見受けられる。
だが王国と連邦にとって、必要なのは真実ではなく口実であった。
三大国のうち2つが結べば、残り1つに勝つことができる。そのための口実。2国が共に帝国に対して宣戦できる口実があれば、敵の敵は味方として同盟が可能になる。
カウロスは一部の情報をわざと連邦に流し、今回の同盟にこぎ着けたのである。配下の外交官たちは本当に良い仕事をしてくれた。
あの遺跡。
カウロスが得た情報によれば<ヴァーラスキルヴ>要塞というらしい。
兵器そのものの遺跡はそれなりに見つかるものの、稼働可能なものはほとんどない。あったとしても一部の機能のみ使えるといったものばかりだ。
それがおそらくは完全な状態で、対艦戦闘が可能な稼働する兵器。しかもあれほど巨大で、ワープ可能ときている。
軍は『一基あるだけで戦争が一変するでしょう。』と太鼓判を押している。
「欲しいな」
「要塞ですか」
「そうだとも」
「陛下、少し私にお任せいただけませんか」
「できるか?」
「まだ分かりませぬが、腹案はいくつか。どれが最も良いかと検討するためにも、情報収集からにはなりますが、価値はあるかと」
「侯爵の手腕に疑いの余地はない。頼んだぞ」
「かしこまりました」
「時代が動くぞ。いや、動かすのだ。我々が」
カウロスの目に炎が宿っていた。