殲滅
第2艦隊の50隻のフリゲート艦がバラバラに散りながら要塞に向かってくる。
「標的をフリゲート艦に変更」
「了解」
セツトの命令で、主砲の狙いが戦列艦からフリゲート艦に変更された。
敵艦が散らばっているという状況は、要塞にとっては大きな問題にはならなかった。それで狙いがばらけて混乱するようなミツキではない。
フリゲート艦は、戦列艦と比較すると小型で、機動力が高く、防御シールドは弱い。
フリゲート艦の特徴に対応して、要塞は、一点集中ではなく、回避機動をとるエリアを塗りつぶすように砲撃を行った。
たちまちフリゲート艦が撃ち減らされ、すりつぶされていく。
それでも多くの艦が主砲による攻撃をくぐり抜けていた。
もうすぐフリゲート艦のビーム砲が届く。
「有効射程まであと5分」
フリゲート艦<ラシーズ>の艦長ジレドは、絶望的な思いでいた。あの球形をした地獄の体現者は、おおよそ1分に1発の間隔で砲撃をしてくる。
つまり4回は攻撃をよけなければ、有効射程に入らないのだ。
遠いうちから撃ってしまうか。
ジレドは考えた。
ビーム砲にとって、有効射程とは戦術上の都合から統一して設定されているものだ。
砲撃にエネルギーを回せば防御シールドに回すエネルギーが減ること、ビームが減衰しすぎると投入したエネルギーに対して敵の防御シールドに対する効果が少なくなることなどの事情から、設定されているに過ぎない。
「あと2分後に砲撃を行う。砲撃用意!」
「了解、エネルギー充填します!」
ジレドは決めた。
一撃でも当てること、それを重視した結果の決断であった。
要塞の放ったビームが<ラシーズ>のそばの空間をかすめた。
当たっていないのにそれだけで防御シールドが削られていく。直撃すればフリゲート艦の薄い防御シールドなど何の用もなさないだろう。
あと1発避ければ撃てる。
<ラシーズ>の乗組員はこのとき、全員が思いを1つにしていた。
せめて一矢。
そう願って<ラシーズ>と僚艦たちが砲撃をかいくぐっていく。
もうすぐ次の砲撃が来る頃だ。
乗組員達は祈りながら、回避機動を続けた。
彼らはまだ知らない。
フリゲート艦隊はついさきほど、要塞副砲塔群の射程に入っていた。
主砲に加え、副砲も照準をフリゲート艦隊に定めた。
これまで以上に密度の濃い砲撃が加えられた。
宇宙空間がすべて白く染め上げられたかのようだ。衝撃が艦を揺らす。
「防御シールド消失!」
「艦体に損傷多数!」
「反物質反応炉異常なし!」
「第3砲塔大破、しかし残り2つ使えます!」
<ラシーズ>が受けたダメージが明らかになっていく。まだ戦えるレベルだ。ジレドは拳を握った。
撃てる。
「僚艦はあるか!?」
「確認します。……反応、ありません。全艦、爆散と思われます」
ブリッジを冷たいものが支配した。
マーズ=カミノ第2艦隊フリゲート隊50隻。今<ラシーズ>は最後の1隻となっていた。
ジレドは握っていた拳をゆっくり開き、艦長席のアームレストを弱々しくつかんだ。
「全砲門開け。一斉射撃を行う」
声が重苦しかった。
撃たなければならない。
一撃も加えることなく全滅するなどあってはならない。
おそらくかすり傷ほどの損傷も与えられないだろうが、それでも。
「全砲門開きます。照準よし。でかすぎて外しようがありません。演習の的より何倍もでかいです」
砲術士官が精一杯のユーモアをはさんできた。ジレドは微笑した。
「そうだな。よし、撃て」
「撃ちます」
<ラシーズ>のビーム砲が要塞に対して砲撃を加えた。ビームは細い光条となって要塞に向かい、その手前の空間で防御シールドに阻まれて消失した。
要塞からの返礼は副砲による砲撃であった。
主砲は再び戦列艦に向けられていた。
回避機動を取る余力すら失っていた<ラシーズ>は、砲撃を受けて爆散した。
結局、この<ラシーズ>による砲撃がマーズ=カミノ艦隊が行った唯一の反撃であった。
フリゲート艦隊が全滅したのを見て、前進を続けていた第2艦隊の一部の戦列艦が反転を始めた。
統制のある動きではない。
ド=ナール提督は未だ突撃を叫んでいるが、戦列艦の艦長達は独自の判断をして反転を決め、躊躇っていた戦列艦も、僚艦が反転するのを見てそれに倣った。
すべての戦列艦が反転を始めた。
第2艦隊旗艦<レガリア>は、その中にあっても前進を続けていた。
前にいた戦列艦がすべて反転減速していなくなり、ついに要塞主砲が<レガリア>を捉えた。
<レガリア>は一撃で跡形もなくなった。
ド=ナール提督が最後に何を叫んだのか、知る者はいない。
<セリオン>のブリッジでは、もはや口を開く者がいなかった。
圧倒的という評価すらぬるい。
絶望的であった。
たとえ国王が抗戦を叫んだとしても、艦隊の誰1人命令に従わないだろう。
あれと戦うなど正気ではない。あれと戦うくらいなら、まだ帝国全軍を相手にした方がましだ。すくなくとも帝国軍にはこちらの攻撃が届くのだから。戦って死ねるのだから。
「アズナ殿と通信をつないでくれるか」
しばらくしてヴェツィアが口を開いた。
「おそらく私が戦後の仲介をしなければならないだろうからな」
この結果を見ればセツトをどうにかしようとしていた多数派は黙るしかないだろう。だが、これまで少数派が望んできたように、静かに丁重に出て行っていただくということもできないだろうとヴェツィアは思っていた。
マーズ=カミノ王国に対するセツトの要求は次のものであった。
1、賠償として1年の間オシクル星系における自由な資源採取を認めること
2、今後敵対行為をせぬこと
3、宇宙港及びその設備の使用を認めること、ただししかるべき対価は支払う。
王国の方では、一時は敵対的な反応を示す大臣もいた。そもそも軍が勝手に仕掛けた戦いであるのに、というのだ。
しかし、ヴェツィアとレイドンが、要塞の戦闘力を最も過小に見積もった場合でも王国すべてが灰燼に帰すとの意見を述べたため、友好的に付き合うほかないものとの結論に至った。
王国はセツトの要求をそのまま受諾したのであった。
これによってセツトは要塞を復旧するための資源について自由に得ることができるようになった。
時折<黒銀の栄光>号の旧知の海賊が要塞に遊びに来るということはあったものの、基本的に大きな事件もなく半年が過ぎた。
<ヴァーラスキルヴ>要塞は復旧に専念し、おおよそすべての機能を回復した。
だがセツトには知るよしもない。
この半年、宇宙はただ黙って何もせず時を過ごしていた訳ではなかったのである。




