宇宙海賊との出会い
セツトが目が覚ますと、そこは小さな航宙艇の居住区だった。
定員4名ほどの小さな船で、セツトのほかには誰もいなかった。操縦できないか試してみたが、やはり接続不能で、セツトには航宙艇の行き先をどうすることもできない。
食料は、10日分積まれていた。
コンピューターを操作して、航宙艇の行き先を調べてみると、目的地は設定されていなかった。
「え。ただ宇宙をまっすぐ飛んでるだけ?」
進行方向には何もない。ただの暗黒。惑星も、人工構造物も、ない。
セツトの顔から血の気が引いた。
これでは、死ねと言われているのに等しい。いや、言われているのだ。『ドラグーンに接続できない出来損ないは死ね』と。
呆然とするほかなかった。
少しの間スクリーンに映し出された外部映像の星々を眺めていると、お腹が鳴って、ようやくセツトは動き始めた。
保存庫に入っていたパンを食べると、考える力が戻ってきた。
「ひとまず、だ。できることをやろう」
航宙艇には必ずSOSの発信器がある。近くにいる船に届けば、助けてもらえる可能性がある。セツトはまずSOSを発信した。
次に食料だ。助けが来ても、セツトが死んでしまった後では意味がない。できる限りながく持たせるために、10日分を細かく分け、30日分にした。
水は、航宙艇内の再利用システムを使えば大丈夫だ。
航宙艇のエネルギーも、加速しているわけではないから、十分に持ちそうだった。
あとは、待つことだけだった。
ぼーっと星を眺めて、10日が過ぎた。
助けはない。
その後の10日は、外部映像を見ることをやめた。
食べるものが少なく、空腹感がずっとある。毎度の食事で残っている食料をお腹いっぱい食べたい誘惑に駆られるが、セツトは必死で耐えた。
助けはない。
通信すら、ない。
セツトは半分諦めていた。このまま食糧が尽きて、飢えて死ぬのだ。
30日目、最後の食料を食べた。
助けが来る気配もない。セツトは残りの半分も諦めかけていた。
そこに。
通信が入った。
『あー、聞こえる? そこの救難信号出してる航宙艇さん?』
女の声だった。セツトはコンピューターに飛びついた。
「聞こえます!」
『あっちゃあ。生きてたよ……。どうする? ……うん……うん。だよねぇー』
女が通信の向こう側で誰かと相談しているようだった。
『オーケー、そちらさん。先に聞いておくけど、私たちが助けていいのね?』
「お願いします」
セツトにはもう食料もない。
『わかったわ。何人残ってる?』
「僕1人です」
『そうかい、坊やよく頑張ったね。エアロックの外部施錠開けられるかい?』
「できます」
『あと10分くらいでそっち行くから、開けといてちょうだい。あと、宇宙服は?』
「あります。着れます」
『分かった、じゃあまた後で。生きててくれてうれしいよ。』
通信が切れて、セツトは倒れるように座席に座り込んだ。
(助かった……。)
生きててくれてうれしいよ、と言う言葉にセツトは涙を浮かべてしまった。まだ生きていていいのだ、と思った。
泣いている場合じゃない。早く宇宙服を着ないと。
セツトは非常用に備え付けられている宇宙服を着に、操縦席を出た。
10分後、本当に助けが来た。
航宙艇に2人の人間が入ってきたのだ。1人は女で、1人は男だった。
女の方は、20歳前後くらいの快活そうな若い赤毛の女だ。男の方は、60くらいのひげのおじさん。
親子以上に年の離れている不思議な組み合わせだった。
「時間ないから、ぱぱっと行きたいんだけど、何か持って行く荷物は?」
女が聞いてきた。
「ないよ」
セツトが答えると、2人は顔を見合わせた。
「着替えくらい持ってきなさいよ」
「あ、うん。そうだった」
セツトはそのことを忘れていた。セツトは急いで居住区に戻って、着替えをまとめ、鞄に詰め込んだ。
セツトは2人に連れられて、航宙艇から出た。セツトはおっさんの方に背中から抱えられて運ばれた。
ここまで乗ってきた航宙艇を外から見て、ようやくそれが伯爵家の使用人がたまに使っていたタイプの航宙艇であることに気づいた。伯爵家の物と分かる印はどこにもない。
(さようなら、僕の棺桶。)
セツトは航宙艇に最後の挨拶をした。向かう先に視線を向けると、大きな船があった。宇宙空間で大きさの比較は難しいが、航宙艇の数倍はあるだろう。
3人は、宇宙服のスラスターを吹かせて、その船のエアロックから中に入った。
外側の隔壁が閉められ、空気圧がかかり、1気圧になったところでセツトはヘルメットを外した。
セツトをここに連れてきた二人はさっさと宇宙服を脱ぎ始めている。二人は半袖のシャツにズボンという、動きやすそうな格好だった。
セツトも急いで宇宙服を脱いだ。
「その手、接続結晶?」
女がセツトの左手に気づいた。
「え、あ、うん……」
セツトはとっさに左手を隠した。
「ぱっと見、貴族様用の最高級品よね、今の」
どういうこと、と目線が尋ねている。
セツトは答えに窮した。
「ま、いいわ」
女は、セツトが答えにくそうにしているのをみてぱっと笑顔に変え、船内への扉を指さした。
「詳しい話はブリッジで聞きましょ」
そう言って船内に入っていく。セツトは後を追った。そのあとをおっさんがついてくる。
「ダルドフ、この子に温かい物用意してやって」
「へいお頭」
男が別の通路に入っていった。
(お頭?)
セツトには創作の中でしか聞いたことのないワードだ。そうしたものでは、お頭と呼ばれるのは大抵、悪い奴のトップであることが多い。
(宇宙海賊……?)
ニュースで聞いたことがあった。
「あ、その顔もしかして今気づいた?」
女はあっけらかんとしている。
「この船、宇宙海賊なの。だから最初に聞いたでしょ、助けていいのって」
「あれってそういう意味だったの」
セツトはすこしまずいかもしれない、と思っていた。
「そういう意味よ、貴族の子弟さま。あ、私はここで頭やってるキティシアって者よ。キティって呼んでね」
「……残念だけど僕に人質の価値はないよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
セツトはすでに公式には死んだことになっているはずだ。死人に人質の価値はない。
「ふぅん」
キティは不思議そうにしながら、正面に現れた『この先ブリッジ 飲んだら入るな』と書かれた扉を開けた。
宇宙船のブリッジは、50平米くらいのこじんまりとしたもので、8人ほどの男が様々な操作盤の前に座っている。手の空いていた半分の男がちら、とセツトの方を見た。
ブリッジの中央に二人がけくらいの豪奢なソファーが置かれていた。ひどく場違いだが、場所的には船長席である。
キティは迷わずそのソファーに腰掛け、足を組んだ。
「君も、ここ来なよ」
「は、はい……」
セツトは恐る恐るソファーに近づいた。
「座って」
キティがぽんと自分の隣をたたいた。
「失礼します……」
セツトは、女性のすぐ隣に座るという、これまでなかった体験に緊張した。しかもその女性は、宇宙海賊のお頭なのだ。どうなってしまうのか不安もある。
「取って食ったりしないから、安心してよ。それで、どうしたの?」
どうしたの、とは、SOSに至った経緯のことだ。
(隠しても仕方ない。話してしまおう。)
「僕は、失敗作なんです」
セツトは、これまでの経緯をかいつまんで話した。
ヴァイエル伯爵家の長男であること、接続結晶の移植を受けたが、ドラグーンに接続できなかったこと、軌道城館を追い出されたこと。
キティは最初のうちこそ『伯爵家! 当たりだねこれは!』という顔をしていたが、話が進むにつれ、やるせない顔になった。
「そういうわけで、僕はSOSを出して、宇宙を漂っていたという訳なんです」
セツトが話を終えると、ブリッジの中ですすり泣く声が響いた。
「デニアス、泣くな」
「だってよう、ひでえじゃねぇか。実の子を殺そうとするなんてよ」
「お前が泣いたってしょうがあるめぇ」
「でもよう」
ブリッジの男達がぼそぼそと言葉を交わしている。
「キューク、ちょっとニュース調べて」
キティがブリッジにいる誰かに指示を出すと、一人がコンソールを見つめたまま答えた。
「もうやりました。ヴァイエル伯爵家長男セツト、20日前に病死の発表出ていやす」
「……!」
セツトは、あらためて死を宣告された気がした。
自分はもうこの世にいないことになってしまったのだ。
「そうですか……。もう死んでるんだ……」
セツトは小さく声を漏らした。目から涙があふれてくる。キティは、セツトをそっと引き寄せて抱きしめた。
「あ、うらやましい」
「うるさい、私のおっぱいは泣いてる美少年を慰めるためにあるんだ、仕事してろ」
「へーい」
軽口がたたかれたのはそれだけだった。少しの間、誰も何も言わず、ブリッジが沈黙に包まれた。
しばらくして、ブリッジの扉がスライドし、ダルドフがトレーを持って入ってきた。
「お頭、飯持ってきましたぜ」
「ありがとう、そこに置いて」
「へい」
ダルドフは船長席の前の操作卓の空いたスペースにトレーを置いて、ブリッジを出て行った。
ビーフシチューの匂いがした。
すこしして、セツトはキティから離れた。
「落ち着いたかい?」
「はい……」
「よし、それで、君、この先何か行く当てあるの?」
「ないです」
「じゃあ、しばらく乗ってくかい。お尋ね者になるかもしれないけど、飯はつくよ」
「……いいんですか?」
「かまやしない。接続結晶なんて高価なもの、普通の人はつけてないんだ。ついてて使えないのだって、同じことでしょ。それが使えなきゃだめだなんてお貴族様思考、捨てちゃいな」
「……はい」
「それじゃあ決まり。よろしく、セツト」
「よろしくお願いします、お頭」
こうしてセツトは、宇宙海賊の一員となった。
とたん。
「砲撃来ます、ご注意」
ブリッジのモニターに数本のビームが走った。
(え?)
セツトはいきなりの攻撃に混乱した。
「あれ、言ってなかったっけ。この船今まさに追われてたのよ」
キティシアは、さらっと言った。
(聞いてない!)
船が揺れた。
「あー、セツトぼっちゃんが乗ってた奴が爆散しました」
誰かが教えてくれた。
「私たちに助けられて、本当に良かったわね」
「そ、そうですね」
セツトは引きつった笑いを浮かべた。
「よーし野郎ども、逃げるわよ!」
キティシアの威勢の良いかけ声がブリッジに響いた。