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説得

 

「すさまじいな、これは」


 マーズ=カミノ第1艦隊旗艦<セリオン>のブリッジで戦況を見ながら、ヴェツィアはつぶやいた。

 ヴェツィアが自らの艦隊に戻り、発進するころには、<黒銀の栄光>号は恒星間ワープを行っていた。

 第2艦隊と第3艦隊の連合艦隊が<黒銀の栄光>号を追って恒星間ワープを行ったため、その情報を元に、ヴェツィア達もオシクル星系へとワープを行った。

 第1艦隊は戦場から40万キロの距離を取って布陣したため、要塞による電波妨害の影響は少なく、艦隊内での通信を行うことができていた。


 戦場の状況は、可視光でしか観測できていない。

 しかし、目視で見るだけでも、要塞の戦闘力は連合艦隊を圧倒していた。連合艦隊は未だに応戦らしい応戦ができていない。まだ射程外なのだ。


 15列あった戦列艦の艦列は11列にまで減らされていた。前にいた4列はもはや壊滅、否、消滅している。

 射程に入るまでにどれだけの船が犠牲になるだろうか。


「提督、我々は今、何に直面しているのですか……」


 司令部付の参謀が震えていた。


「彼らは地獄の門を開けてしまった」


 指揮官であるヴェツィアは震えるわけにはいかない。参謀が少しうらやましいヴェツィアである。


 これか、と思っていた。

 彼に何かあるのは間違いなかった。

 スパイであるとか、そういったすぐに考えつく類いの物ではないだろうとも。スパイにするには注目してくれと言わんばかりに不自然な点が多すぎた。


 これだ。

 ヴェツィアは確信に至っていた。

 帝国はこれを使って独立諸国の情勢を動かすつもりだ。ヴェツィアはセツトが裏で帝国とつながったままであると考えていた。


 これほどの戦闘力を持った巨大な構造物を帝国が建造できるとは思えない。噂に聞く遺跡という物だろう。


「ずるいな、帝国ばかり」

「は?」

「帝国ばかり強力な遺跡を引き当てる。この三つ巴、勝つのは帝国かもしれん」

「はぁ。提督、先のことを見通しているところ申し訳ありませんが、目先のことも考えていただけると助かります」


 参謀が率直な意見をしてきた。


「そうだな。我が軍の総戦力の3分の2が消える前にどうにかしたいが、何か手はあるかな?」


 連合艦隊に撤退しろと勧めるべきだが、電波妨害のために彼らとの通信ができない。


「どうでしょう、電波妨害を止めるよう頼んでみては」


 参謀の1人が意見を出してきた。


「なるほど、情けをお願いしようという訳か」

「あ、いえ。申し訳ありません」

「怒っているのではない。現に情けを期待するしかないほどの差がある。しかし、どうやってお願いする?」


 電波妨害が強すぎて、こちらから要塞に対して通信を呼びかけても届かないだろう。参謀もそこについてはアイデアがなかったらしい。

 助けは通信士官からきた。


「提督、シーア=アズナという者からレーザー通信用の座標が送られてきました。いかがいたしますか?」


 レーザー通信であれば電波妨害の影響は受けずに通信をすることができる。

 戦闘状態でランダムに回避機動を行っている戦闘艦では通信を維持できないが、戦闘していない第1艦隊と、回避機動をとっていない要塞の間とでなら成立する。


「渡りに船だな。通信を確立してくれ。私が話そう」


 ほどなく、モニターにセツトの姿が映し出された。


「やぁ、アズナ殿。一日ぶりですね」


 ヴェツィアは気さくに話しかけた。一緒に留置場に入った仲である。


「ごきげんよう、提督。実は、提督を見込んでお願いしたいことがありまして」


 返答は数秒遅れて返ってきた。

 光の速度でもそれだけかかる距離が空いている。


 ヴェツィアは笑った。

 お願いしたいのはこちらの方なのだが、先に言われては聞かないわけにはいかない。


「私にできることであれば何なりと」

「彼らに撤退を勧めていただきたいのです」

「はぁ」


 ヴェツィアはさすがに間抜けな声を出してしまった。


「もはやこれ以上の戦闘は無意味だと思っているのですが、どうやらあちらの艦隊の指揮官は聞くつもりがないようなのです」

「なるほど、それで友軍として私に働きかけて貰いたい、と」

「そうです」


 セツトはうなずいた。


「わかりました。やってみましょう。しかし、それにはこの電波妨害を収めていただく必要があります」

「よろしくおねがいします。1分後に妨害を止めます」


 セツトはそう言って通信を終えた。


「なんなのだろうな」


 ヴェツィアは首をかしげた。


「陰謀の主役にするには、すこしお人好しすぎるんじゃないかと思うんだが」

「たしかに、いいとこのぼっちゃん感がありますね」

「提督、目の前の地獄を作っている張本人だと言うこと忘れちゃいけないですよ」

「そうだったな。なんたる大罪人だ。このままでは我が国は無条件降伏するしかなくなるぞ」


 ヴェツィアはほおを叩いた。マーズ=カミノ王国軍としてこれ以上戦力が消滅するのを防がなくてはならない。


 セツトの宣言通り、電波妨害は1分後に終了した。


「連合艦隊に、あぁ、両方の艦隊司令官につなげ」


 連合艦隊を指揮している第2艦隊司令官ド=ナールは聞き分けのない奴だが、第3艦隊司令官レイドンの方は可能性がある。多数派の方が楽だからと言う理由で一応多数派に属しているという男だ。


「通信つながりました」


 モニターが2分割され、ド=ナールとレイドンの姿が映し出された。


「忙しいところ申し訳ないな、両提督」

「今更何の用かな、ヴェツィア提督」


 ド=ナールはまだ元気なようだが、レイドンの方は憔悴していた。ヴェツィアに対し乾いた微笑を返すのみである。


「悪いことは言わん、撤退されよ」

「撤退だと?」


 ド=ナールが信じられないという顔をした。


「これだけの艦艇と人員を失って、一発も砲を撃たないまま撤退だと。冗談ではない!」

「状況を見られよ、提督。あれは、我々の手に負える相手ではない」

「腰抜けの裏切り者め、分かっているぞ、奴に何を売り渡した!?」


 ド=ナールは叫び声を上げた。正常な精神状態とは思えなかった。必勝の決意だの、軍人の誇りだのといったことをまくし立て始めていた。


「落ち着け、提督。艦と部下を無駄にするな」


 ヴェツィアは辛抱強くなだめたが、ついに堪忍袋の緒が切れた。


「通信士官、あいつを締め出せ。話にならん」


 通信士官が命令に従い、ブリッジが静かになった。

 残されたレイドンが肩をすくめた。


「私は彼とは意見が違うよ。どうやらこれは撤退した方が良さそうだ」

「ありがとう、レイドン」

「客観的に見れば勝負になっていないのは明らかだ。反転し全速離脱で許してもらえるだろうか?」

「大丈夫だろう、向こうも艦隊が撤退することを望んでいる」

「捕虜にはしないのか」

「捕虜にする価値があるとでも?」

「なさそうだ。さて、すまないが1秒でも早く速く逃げたいと思う。ここはこれで。では後ほど」


 レイドンとの通信も切れた。


「アズナ殿に通信を。文章を送るだけでいい」


 ヴェツィアはこの結果をセツトに伝えておかねばならない。


「はい」

「第3艦隊は撤退を決めた。第2艦隊のド=ナール提督は、身内の恥をさらすようで申し訳ないが、馬鹿であった。と」


 セツトにその文章が届けられるのとほぼ同時に、第3艦隊旗艦から大出力で命令が発進された。暗号すらかけていない。誰にでも聞こえるようにだ。


『第3艦隊、ただちに反転して全速で逃げよ。これは転進ではない。可能な限り速やかに、全力で、敗走せよ。』


 潔い命令だった。

 命令に従って、連合艦隊の半分が反転を開始した。

 残りの半分、第2艦隊が依然として前進を続けている。

 ド=ナールが命令を出したのか、第2艦隊のフリゲート隊が加速した。前に。要塞に向かって。ひとかたまりではなく、散開して散らばりながら接近していった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 無能な軍人と有能な軍人の違いは、緊急時にこそ出ますね。 無能な上官の下についた兵士は不幸極まりないですね
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