開戦
マーズ=カミノ艦隊は二つ現われた。
一つは当初から<黒銀の栄光>号を追跡してきていた500隻の艦隊。こちらの艦隊は戦列艦が横長の方陣を組み、その上下にフリゲート艦を配置していた。艦隊戦の基本の陣形である。
彼らのうちフリゲートは<黒銀の栄光>号の恒星間ワープを見てすぐに恒星間ワープをしてきた。そのおかげでもともとばらばらだった艦列は目も当てられないほどに散らばっていて、再び集まるのにかなりの時間を要した。
結集の仕方もいまいち精細を欠き、キュークに「幼児の集団みてぇだ」などと評されていた。
その後戦列艦が恒星間ワープをしてきて、戦列艦との合流にも時間がかかっていた。そのためマーズ=カミノ艦隊は、<黒銀の栄光>号が要塞に入るのを指をくわえて眺めることしかできなかった。
もう一つの艦隊は、セツト達が要塞に入る直前に星系内にワープしてきた200隻。こちらは戦列艦とフリゲートが同時にワープアウトしてきて、隊列も大きくは乱れてはいない。
<黒銀の栄光>号の乗組員たちは、要塞に入港すると、すぐに休みを宣言した。
「さて俺たちの仕事は終わり! セツト、助けに行ってやったんだから俺たち全員に酒おごれよ」
「終わりなんですか?」
「そうだろ。俺たちに自殺の趣味はないからな、あとはこの要塞様のお仕事さ」
あれだけ無茶重ねてて、とはさすがにセツトは口にできなかった。
「分かりました。ただ、お酒はあの艦隊をどうにかした後ですからね」
「それで我慢してやる」
要塞に入港してすぐ、セツトは要塞司令官室に入っていた。当たり前のようにキティとキュークがついてきていた。
「あの艦隊をどう料理するのか、ぼっちゃんのセンスを確かめてやんよ」
だそうである。
「ミツキ、要塞の状況は?」
司令官服に着替えたセツトは、司令官席に座った。
正面のモニターには周辺の状況図とリアルタイムで光学観測されたマーズ=カミノ艦隊が映し出されていた。
「主砲40%、副砲50%の修復が完了しています。防御シールドは70%での展開が可能です。敵艦隊と交戦した場合の勝率は98%です」
「残り2%は?」
「敵艦隊が地球連邦軍を超える技術力で構築されている、交戦中に要塞に事故が発生するなど、そうした微小の可能性を全て集約すると、2%になります」
「なるほど。圧倒的というわけだね。敵艦隊の指揮官に対話の要請をしてくれ」
「了解」
ミツキが艦隊に対して通話の申し入れをしたところ、すぐに受け入れられた。
「つなぎます」
正面モニターに艦隊司令官の姿が映った。大柄な男である。
「マーズ=カミノ王国第2艦隊司令官シロタ=ド=ナールである」
「<ヴァーラスキルヴ>要塞司令官シーア=アズナです」
「セツト=ヴァイエルではないのかね?」
分かっているんだぞ、という気配がにじんだ嫌らしい聞き方だった。
「よく似てるって言われましたよ。勘違いされて迷惑してるんですよね」
「ふん。それで、降伏するつもりにでもなったのか?」
「降伏?」
「わが艦隊は既に戦闘準備を終えている。ヴェツィアの艦隊もきているようだが、奴に内乱の引き金を引く度胸はないぞ。同士討ちにはならんし、助けはない」
尊大な言い方がセツトの気に障る。
しかしおかげで星系内に現れたもう一つの艦隊がヴェツィア提督の第1艦隊であることがわかった。道理で別行動を取っているわけだ。
「そのような小惑星の穴蔵に潜り込んだところで無駄だ。そこからあぶり出されて裸で捕まりたくなかったら、素直に降伏することをおすすめするぞ」
セツトはあきれた。
小惑星の穴蔵というのは皮肉のつもりなのだろうか。それとも本当に分かっていないのだろうか。なぜこんなに自信満々なのだろう、この提督は。
「マーズ=カミノ王国軍の精鋭500隻は、今から30分後に作戦を開始する。10分前までなら降伏を受け入れてやろう」
セツトが返事をしないのをどう受け取ったのかは分からないが、ド=ナール提督は自分の言いたいことを言い続けていた。
セツトはゆっくりと拍手した。
ド=ナール提督がきょとんとした。
「ご高説ありがとう。礼儀として撤退勧告をしてあげようと思ったけど、そのつもりもないようだから、やめだ。もういい」
セツトは言い放った。
「今回の件で、僕にもいろいろと思うところがあってね。どうやら人生というのは、こちらから積極的に動いていかないと、どんどん悪い方へと流れていく性質を持っているらしい。だから少し、人生ってやつに積極的に関わってみようと思っている。未来を誰かに頼るのはおしまいだ」
セツトはド=ナール提督の目を見据えた。ド=ナール提督は何の話だ、という顔をしている。
まぁそうだろう。かまわない。
セツトは言いたいことを言ってしまうだけのつもりでいた。
「そのためにまず、僕がどの程度の戦力を持っているのかを、明らかにしようと思う。30分後と言わず、今すぐにでも作戦を開始するといい。我が要塞には、貴艦隊のことごとくを打ち砕き、宇宙に漂うチリの一片に戻す用意がある。そうすれば貴官も少しは優雅になるだろう」
「言ったな、小僧。後悔するなよ!」
ド=ナール提督が怒り、通信が切れた。
キティが拍手した。
「なかなかいい喧嘩の売り方だったわ」
「ギリギリ及第点だな。もう少し貴族の出自を活かしていやらしくお売りあそばした方がよかったんじゃないかと思うね」
二人は論評を始めている。
この二人は珈琲を飲みながら外野で見物しているのだ。
「さて、これであの引率の先生はどう来るかね?」
「自信満々な様子と今の隊列の状態から、正々堂々だと思います」
「無知ってやつは罪だな」
キュークはしみじみつぶやいた。要塞の戦闘力を知っていれば、正面から戦うなど愚の骨頂でしかないことはすぐに分かる。
これから起こるのは、戦いではなく蹂躙だ。
「その罪を煽ったのは僕です」
「真実を伝えたところで信じるような連中じゃないさ。やつらは自分たちがカマキリにすぎないことに気づいていない」
珍しくキュークが慰めてくれた。
艦隊が動き始めた。
セツトの予想通り、正々堂々と戦列艦とフリゲートが速度を合わせて前進してくる。
「現在の加速を維持した場合、主砲射程まであと10分です」
ミツキが教えてくれた。
「分かった。ワープジャマーは?」
「いつでも」
「ではワープジャマーを」
ワープジャマーは、ビーム砲の一種ではあるが、破壊よりもワープを阻害することを目的として使用されるものだ。ビームによって空間のエネルギー状況を絶えず変動させ、ワープをできなくさせるものだ。破壊を目的としない分、有効射程は長い。
要塞のワープジャマーが敵艦隊に照準を合わせ、不可視のビームを放った。モニターの状況図にワープジャマー中の表示が加わった。
「ワープジャマーよし」
「敵艦隊が主砲射程に入り次第、照準可能な主砲で一斉射撃する。まずは戦列艦を叩く」
「了解。準備に入ります」
球体である要塞において、1方向の敵に対して向けられる砲は全体のおよそ半分だ。主砲総数1200門のうち修復が済んでいる物が480門。そのうちの半分で240門。
240門の主砲が敵に狙いを定めた。
艦隊は無警戒に進んでくる。まだビームが届くには遠いと思っているのだ。
「射程まであと2分。主砲塔群エネルギー充填開始します」
キティもキュークもここまで来ると茶化してこない。要塞の準備状況を知らせるミツキの声だけが淡々と流れていった。
「エネルギー充填完了。敵戦列艦最前列の射程突入まであと30秒です」
セツトはモニターをじっと見つめていた。
戦列艦の乗組員数は、一隻あたりおよそ300人。一回の斉射でかなりの数の戦列艦が沈むはずだ。
元々は将来帝国貴族として戦争に参加することもあり得ると考えていたセツトである。形は違っても、一度一線を越えてしまえば、もう躊躇う気持ちは感じなかった。
「まもなく射程に入ります。10秒前。5秒前」
カウントダウンが進む。
「4、3、2、1、射程に入りました。主砲斉射します」
240門の主砲が一斉にエネルギーの奔流を吐き出した。ビームは整列した戦列艦の艦列めがけて空間を貫いていく。
戦列艦1隻に対して9本のビームが集中されていた。
<ヴァーラスキルヴ>要塞主砲塔群<グングニル>は、その名の由来、かつて地球に伝えられていた神話における『必中必勝の神槍』の名にふさわしい精緻さをもってビームを集約させた。
戦列艦の防御シールドは、ビームの過剰な集中を受けて、2秒と持ちこたえたえることはできなかった。
防御シールドが消失し、ビームが艦体に襲いかかる。
ある艦は艦体の中央部を焼き切られ、2つに分断された。またある艦は反物質反応炉に直撃を受け、貯蔵されていた反物質の対消滅によって爆散した。
多くの艦が、多少の経緯の違いはあれ、同じ結末をたどった。
エネルギーの嵐が晴れていく。
「電子戦開始」
セツトが命じて、要塞が通信の妨害を開始した。高出力の電波妨害により、マーズ=カミノ艦隊は艦同士での通信ができなくなり、被害の把握もできない有様となった。
「何が起こった!」
要塞主砲斉射の閃光を見たド=ナール提督が部下に報告を求めるが、艦隊司令部に状況報告が入ってこない。
電波妨害のためだ。
「分かりません! 強力な電波妨害です!!」
「分からんで済むか! 使える手段で確認しろ!」
「光学観測では、ビーム攻撃があったものと思われます!」
「ばかな。こんな距離でか!? 被害の程度は!?」
「爆散多数!! 詳細不明です!!」
司令部は一瞬で混乱の底にたたき落とされていた。
その間にも、艦隊は従来の命令通り前進を続けた。各艦が勝手に判断して軌道を変えれば衝突事故になりかねない。各艦は命令なしに動くことはできなかった。
「第2射きます!」
再び要塞主砲が火を噴いた。艦隊司令部に悲鳴が上がった。




