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逃走の玄人

 

 <黒銀の栄光>号は、宇宙港のある衛星を離陸した後、最大加速で衛星のワープ阻害圏から脱出し、短距離ワープを行った。


 マーズ=カミノ王国軍の艦隊も既に惑星カリコ衛星軌道上の艦隊基地から出発し、<黒銀の栄光>号の追跡を開始していた。


 <黒銀の栄光>号から観測したところでは、総数500隻。うち400隻は足の遅い戦列艦だから、<黒銀の栄光>号の追跡には役に立たない。実質フリゲート100隻が追ってきている形だ。


「ドラグーン無しのフリゲート艦隊なんて、ニワトリみたいなものよ」


 キティは余裕である。


「空飛ぶ私たちには追いつけない」


 <黒銀の栄光>号を追って艦隊がワープしてきた。隊列が乱れているが、隊列を整える間もなく加速を開始した。


 加速能力は<黒銀の栄光>号の方が少しだけ高い。

 艦隊が隊列を整えていれば、その間<黒銀の栄光>号は加速を続け、最終的に大きな速度差ができてしまう。差を大きくしないためには、艦隊はすぐに加速を開始するしかなかった。


 <黒銀の栄光>号は、しばらく加速しては短距離ワープし、また加速をするというルーチンを繰り返した。

 惑星のワープ阻害圏を利用して逃げている。ワープアウトしてすぐに阻害圏をかすめるように突入、短時間で阻害圏から出次第再度短距離ワープをする。


 追いかけてくる艦隊は、ワープのたびに隊列がばらけ、広範囲に散らばっていった。


「ど素人だな」


 追いかけてくる様子を見ていたキュークがつぶやいた。

 同等以上の性能を持った海賊船を追跡するノウハウを持っていないのだ。

 これが帝国艦隊相手であればもっと手練手管を使わなければ逃げることはできないだろう。<黒銀の栄光>号は快速船の逃走セオリーに従って逃げるだけでよかった。


「女子校生に指揮させたってもっとましにやるだろうぜ」


 セツトはその<黒銀の栄光>号の逃げ方、艦隊の追いかけ方をじっと見ていた。


「ぼっちゃん、問題だ。この逃げる俺たちを、あの艦隊でどうやって追いかけるのがいいと思う?」


 暇を持て余したキュークが聞いてきた。


「素直に<黒銀の栄光>号の後ろにワープアウトするのではなく、阻害圏に入らないようにすこし横にずらしてワープアウトしたほうがいいんじゃないかと思います」

「そのこころは?」

「軌道計算次第ですけど、こっちが阻害圏を出るまでに少しの時間でも砲撃できるんじゃないかと」

「40点」


 評価は辛かった。


「だめですか」

「今の段階からじゃな。一瞬程度なら攻撃できるかもしれないから、ワンチャンなくはないが。もっとも、ここまでの状況になっちまったら伯爵様のドラグーンでも打つ手なしだ。その手は最初の数回のワープのうちにやっとかなきゃいけなかった」

「なるほど」

「まぁ、いいかげん向こうもその手を考えつくだろうから、どう対応するかも見せといてやるよ」

「楽しみです」


 再び、<黒銀の栄光>号がワープした。今回のワープアウト地点は第5惑星、巨大なガス惑星の近傍だ。細かなチリでできたリングが美しかった。


「ワープアウト予兆確認。キューク、まさにさっき言ってた奴だ」


 正面モニターに艦隊のワープアウト地点が表示された。第5惑星の阻害圏に斜めに入っていく<黒銀の栄光>号に対して、艦隊はその進行方向斜め前にワープアウトしてきていた。

 艦隊はすぐに軌道を変え、<黒銀の栄光>号と軌道を交差させるように動き始めた。


「おーけー、それじゃ曲芸のお時間だ。デニアス、重力機動スイングバイだぜ」


 重力機動スイングバイ。惑星の重力を利用して宇宙船の進行方向、速度を変更する手法だ。


「あいよ」

重力機動スイングバイ計算はどうします?」


 ミツキが口を挟んだ。

 ミツキは現在<黒銀の栄光>号の軌道計算を担当していた。

<黒銀の栄光>号のコンピューターよりも、ミツキの頭に入っている演算装置の方が性能がいい。より速く計算結果が得るため、コンピューターに代わって計算を行っていた。


「え? 計算?」


 ブリッジがざわついた。


「まさか、これまで計算せずにやってたんですか?」


 ミツキが驚いた。


「おうとも、勘と経験でよ。計算方法なんて誰も知らねぇもん」

「おそろしい。それじゃ、最終的にどういう軌道になるか分からないってことですよね」

「まぁな。だからいつも終わった後に調整してんだよ」


 ミツキは絶句するしかなかった。


「……計算します。最終的な軌道は希望ありますか?」

「任せる。速度重視だな」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 数秒、ミツキが思考した。


「これでお願いします。恒星間ワープの後、あちらの星系でもう一度の重力機動スイングバイと惑星大気による減速で迅速に要塞に入港できます」


 ミツキが手元で機器を操作し、軌道変更の数字をモニターに表示させた。


「おうよ」


 ミツキの指示に従ってデニアスが船を操作した。

 <黒銀の栄光>号が軌道を内側へ、惑星に近づくように動いていく。


「……こんなプランほんとにできんのか?」


 モニターの計画図をみてキュークがつぶやいた。


「必要な計算は完了しています。推測値を含んでいるので100%正確ではないですが、多少の修正で対応できるかと」

「俺ぁ、はじめておまえさんをおっかねぇと思ったよ」

「光栄です」


 <黒銀の栄光>号が軌道を変更しても、艦隊の方は軌道を変更しなかった。深い角度で惑星に近づけば、そのまま墜落してしまいかねないためだ。


「な、お勉強になったろ。惑星があれば先回りされようがこうして軌道変えちまえるから、先回りしてもだめなのさ」

「なるほど」

「これが本気出した帝国艦隊だと、ドラグーンで追っかけて距離を詰めてきながら、フリゲートを先回りさせて重力機動スイングバイを誘っといて、その先に戦列艦をばらけてワープアウトさせたりする。ひどい攻め口さ。まだ速度が乗ってないときにこれをやられると、戦列艦の一斉射撃を食らうから、かなりきつい」

「艦隊の方は重力機動スイングバイしてこないんですか?」

「あんだけの数があんだけばらけてりゃあ、やっても全部しっちゃかめっちゃかな速度と方向になっちまうのさ。そうなりゃ艦隊とは呼べねぇ。だからできねぇ」

「なるほど」

「私なら艦隊を統一させたまま重力機動スイングバイさせられますけどね」

「ミツキ、おまえさん俺たちを恐怖のどん底にたたき込んで何がしたいんだ?」

「とはいえ今の状況では、私だけの演算能力だと時間切れになります。安心してください」

「いったいどこに安心すりゃいいんだよ」


 キュークは納得できないという顔でぼやいた。


 <黒銀の栄光>号は、艦隊に攻撃されることもなく第5惑星で重力機動スイングバイを行い、加速と方向転換を同時にこなした。重力機動スイングバイ中にメインスラスターを噴射させてさらに加速を得て、<黒銀の栄光>号は艦隊を完全に置き去りにした。


 <黒銀の栄光>号は第5惑星のワープ阻害圏から出た後、恒星間ワープを実行した。

 目的地は隣、オシクル星系である。そこには隠密状態ステルスモードにした<ヴァーラスキルヴ>要塞がある。


 <黒銀の栄光>号は、ミツキの計算通りの軌道を取り、<ヴァーラスキルヴ>要塞に入港した。

 <黒銀の栄光>号ブリッジの面々のミツキを見る目が、これまで『要塞のこととかすげぇんだろうけど愛想がねぇよな。』というものだったのが、『愛想はねぇがとんでもない奴。』にランクアップしたのは余談である。




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― 新着の感想 ―
[良い点] レビュー全文 【簡単なあらすじ】 ジャンル:SF(宇宙) 伯爵家のに産まれた主人公は、14歳になると貴族として果たさなければならない義務があった。しかし彼自身に問題があり、それを果たすこ…
[一言]  コンピュータの演算能力すら雲泥の差が……  あの要塞が艦隊を運用するようになったら、帝国とかの大国でも手に負えない状況になるんですね。  と言うか、ミツキさん一人(一体)いるだけで、艦の…
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