留置場のミツキ
セツト達は、軍警の留置場にいた。
海賊用の宇宙港であるここに於いて、暴れるなど罪を犯した海賊や一般人は、軍警で対応している。海賊は、表向きは宇宙軍に所属していることになっているし、白兵戦はめったにないとはいえ戦闘のプロだからである。
内部の様子はまさに牢屋といって差し支えない。
一本の通路にそって鋼鉄製の格子が並び、犯罪者を入れる房は10に分かれていた。
そのうちの一つにセツトとヴェツィアが入れられ、向かいの房にミツキが入れられた。一応男女は別の房にしておこう、ということらしい。
「すぐに迎えの艦が来る。おとなしく待っているんだな」
指揮官はそう言い残して去って行った。
「すまない、連中の動きが私の想像よりかなり速かったようです」
ヴェツィアが申し訳なさそうにしている。
「いえ、警戒を怠った僕の責任です」
セツトはそれで話を仕舞いにして、寝台に座った。非常に幅が狭く、寝にくそうな寝台だ。寝台は房の中に二つ据え付けられていて、スペースの半分を占めている。
座ると、後悔と不安が襲ってきた。
要塞を別の星系に置いてきてしまったこと、無警戒にターミナルでくつろいでいたこと、すぐに逃げてしまわなかったこと、違う結果をもたらすチャンスはたくさんあったはずだった。
結果としてセツトの方で行動を起こす選択肢は消え去り、未来は自分以外の誰かの決定に委ねられたのだ。
ヌーブ星系で一人宇宙を漂ったときも不安はあったが、また別種のものだ。
あのときは偶然が働かなければ死ぬという結果が見えていた。いまは、どうなるかさえ分からない。足下がふらふらしているような気持ちだった。
ふと向かいの房を見ると、ミツキは膝をそろえて折りたたむ不思議な座り方をして、目を閉じていた。ぴくりとも動かない。
感傷とは無縁なその様子に、セツトの頭がすこし、平静を取り戻した。
「あの子は、さすがだな」
ヴェツィアがミツキのことを褒めた。
「あの年であの落ち着きよう、いい護衛だ」
「あー、提督。彼女は護衛ではないですよ」
「そうなのか?」
「えぇ。なんというか、まぁ、副官みたいなものです」
「そうか」
ヴェツィアは頷いてはいるものの、納得した様子ではない。セツトは細かく説明する気にはならなかった。
「提督、何か助けの当てはありますか?」
「私もこうなってしまうと、誰かに命令の伝えようがない。それができるころには私の権限を停止されているだろうね」
「そうですか」
やはり打つ手はないのだろうか。
セツトが考えていると、足音がした。一人だ。こちらに向かってくる。
誰かと思っていると、セツト達を逮捕した兵士の1人だった。忘れてはいない、ミツキを平手打ちした男だ。
上官の目がなくなって、男は遠慮なく下卑た笑いを浮かべていた。
「よお、かっか」
わざわざセツトに声をかけてくる辺り、性根の悪さが現われている。
「何の用?」
「つれねぇなぁ、せっかく鍵を持ってきてやったのにさ」
男はそういって手元の鍵を見せびらかした。
「おっと喜ぶのは早いぞ、これはこっちの鍵じゃないからな」
(そうだと思ったよ。)
この男にそんなことをする理由はないはずだ。人を顔で判断するべきではないが、顔と前科で判断する限り、ろくなことをする奴ではない。
「さて、話があるのはお前だよ」
男は背後に向き直って、ミツキに声をかけた。
ミツキは何の反応もしない。
「聞いてんのか?」
「声なら聞こえています」
ミツキがようやく目を開けた。
「ならなんか反応しろよ。で、だ。こうして来てやったのは取引ってやつだ。お前が少し従順になれば、男どもの方の鍵を開けてやろうと思ってな」
男はそういいながらミツキの房の鍵を開け、扉を開けた。
「来いよ」
男はミツキが断ることなど想定していないようだった。男はミツキのことをセツトの付き人か何かだと思っている。断るはずがないと思っていた。
「行く理由がありません」
ミツキの返事はにべもない。
男は一瞬面白くないという顔をしたが、すぐに引っ込めた。
「そうかい、ご主人様の前での方がいいっていうんなら俺は構わねぇぜ」
男はそう言ってミツキの房に入っていった。扉を閉めて、格子の間から手を出して鍵をかけた。
ミツキは動かない。動くエネルギーがもったいないとでも思っているようだった。
「なんとか言えよ」
男はミツキのポニーテールの根元を掴んで引っ張り、ミツキの顔を上げさせた。
「暴れる予定はありません」
ミツキの調子は崩れない。
「だったらそれなりの態度ってもんがあるだろ、え?」
男はそのまま掴んだ髪を持ち上げた。微少な重力のおかげでミツキの体が浮き上がり、そのまま男が腕を振るのに合わせて房の寝台の上へと投げ出された。
「ミツキ!」
「ご主人様は黙って見てろ!」
セツトが声をかけて、ようやくミツキがセツトを見た。
どうするのか、と決断を求めてくる目だ。
それを言うのは簡単だ。しかしその結果どうなるのだろう。外の状況が分からない、警備は何人、その先はどうする、不透明なことが多すぎた。
分からないことは怖い。
何もしないという選択肢をとってしまいたくなるほどに。
けれど。
(それで安全策をとったつもりでこの結果じゃないか。)
セツトの脳裏に伯爵家を放り出されてからこれまでのことが一瞬で賭け巡った。
<黒銀の栄光>号の男達は、キティは、リスクを理由に何かをしなかったことはなかった。したいことをする。最悪死ぬだけの話だとやってしまう。
恐ろしくもあり、羨ましくもあった。
けれど。
いまはきっと。
リスクを負担しなければならないときだ。
「ミツキ、振り払え」
セツトは命じた。
「了解」
応答は短い。
「何言ってや“!!!!!!!!」
男の言葉が途切れた。ミツキの膝が男の急所を思いっきり蹴り上げていた。
男は蹴られた衝撃で宙を飛び、壁に突っ込み、悶絶した。
「ひっ」
セツトの隣でヴェツィア提督が縮み上がった。それほど強烈な一撃だった。
ミツキは寝台からゆっくり起き上がった。床の上に転がっている男に歩み寄っていく。
「私にだって自衛のために必要な最低限度の実力は搭載されているんですよ」
ただしその基準は地球連邦の白兵戦用アンドロイドと比較してのものであって、今の時代のレベルではない。
ミツキは片手で男の首を背中側から掴むと、持ち上げ、壁に押しつけた。
「まぁそもそも私に女性機能は搭載されていないので、結局がっかりするだけだったと思いますけど」
そう言いながら目つきがゴミを見る目になっている。
「閣下、この男はどうなさいますか」
ミツキが問いかけてきた。
「どうせすぐ出て行く、気絶させておけばいいよ」
「了解」
ミツキがするりと男の首に腕を回し、締め上げた。数秒で男の体が力を失い、落ちた。
ミツキが手を離すと、微少な重力に従い、男がゆっくりと床に落ちていった。ミツキは男のポケットから鍵を抜き取り、自身の房の扉を開けた。
「次はそちらの房ですが、鍵がないようなので少し離れていてください。鍵を焼き切ります」
セツトとヴェツィアが扉から距離を取ると、ミツキは扉の鍵の部分に人差し指と中指をそろえてかざした。指の先から光がでて、ばきんと鍵が壊れる音がした。
扉が開いた。
「お待たせいたしました、閣下」
「提督はどうされます?」
セツトはヴェツィアに訪ねた。 ヴェツィアがぽかんとしていた。
「き、きみは一体……」
素手で人の脊椎を握りつぶす、指先で牢の鍵を切断するといった様子を見て、ヴェツィアは驚愕を隠せなかった。
「一言で言うと機械の体らしいですよ」
セツトが説明したが、ヴェツィアの理解できないという顔は変わらなかった。
理解を待っている暇はない。
「提督、このままお残りいただいても構いませんし、逃げるならご一緒に」
「あ、ああ。それならここを出るまではご一緒させていただこう。その後私は艦隊に戻ろうと思う」
「わかりました。よし、それじゃあ行こうか」
留置場の中には見張りはいなかった。留置場の入り口には内側から開けられないようになっているドアがあり、見張りはあくまでその外側にいた。
「はい。閣下、先に確認しておきたいのですが、この先兵士の妨害が予想されます。どうされますか?」
ミツキがセツトに聞いてきた。
この先では確認する余裕も、先ほどのように締め落とす余裕もない。先に方針を明らかにしておこうということだった。
「私は単なる兵器です。躊躇も、殺意も、感傷もない、ただの剣です。これを振るうのは閣下です。決意も、殺意も、未来も、すべて閣下ご自身のもの」
ミツキにしては珍しく芝居がかった物言いだった。
「閣下、ご命令を」
殺すのか、殺さないのか。
セツトは拳を握った。
要塞主砲を撃てと命じたときとは違った。あのときはどこか間接的だった。これからする命令も、理屈では変わらないはずなのに、感情が拒絶していた。拳を力一杯握り、震えそうになる体を抑えた。
「障害は粉砕する。制限はない。殺せ」
「了解」
ミツキの応答はいつも短い。
ポニーテールを引っ張るのは犯罪です。
帝国だったら死刑に処される重罪ですよ。嘘です。




