海賊主義
銃を突きつけられて、セツト達は大人しく両手を挙げた。
「手錠を」
指揮官の命令で、3人の兵士が動いて、セツト達に手錠をかけていく。兵士達によって服の上からボディチェックをされた。武器を持っていないかの確認だろう。
ぱん、と平手打ちの音がした。
ミツキのボディチェックをしていた兵士がミツキの頬をはたいた音だった。
「生意気な目をしてんじゃねえよ」
「この目は元々です」
ミツキは全く悪びれない。
「遊ぶな馬鹿者」
指揮官は、兵士がそれ以上何かするより早く止めに入った。
「申し訳ありません」
兵士は納得していない表情だが、指揮官の命令に従った。
「大丈夫?」
セツトが声をかけると、ミツキはいつもと変わらない様子だった。
「全く問題ありません、閣下」
ミツキの返答で兵士が明らかにいらだった。しかし指揮官がそれ以上何かするのを許してはいない。
「連行するぞ」
セツト達はカフェから連れ出された。
キュークはターミナルのカジノで遊んでいた。
「じゃ、これで俺の総勝ちな」
キュークが手元に伏せていたカードを表にすると、同じテーブルに着いていた男達が絶望的な顔をした。
キュークの目の前にはコインがうずたかく積まれている。そこに、起死回生の逆転を図って手持ち全部を突っ込んだ男のコインが付け足された。
「キューク、調子よさそうだな」
<黒銀の栄光>号の乗組員の1人、ジャックが、キュークの隣の空いていた席についた。
ジャックは、ディーラーからの参加するのかを問う目線に対して首を振って参加の意思はないことを返した。
「おうよ、今日は負ける気しねぇな。やらないのかい?」
「調子のいいお前相手に戦うほどバカじゃねぇよ」
「じゃ、たかりに来たか?」
「ばかいえ。しかし俺はさっきボロ負けしたところだから、酒をおごりたいって言うんならもらってやらないでもない」
「そりゃいいな。で?」
何か用があるんだろ、とキューク。
「おう。ボロ負けしたから気分転換しようと思ったらよ、あのぼっちゃん捕まってたぜ」
「やけにボロ負けを押してくるじゃねぇか」
「言い続けたらおごってくんねぇかなと思ってよ」
「わあったよ、あとで死にたくなるほど飲ませてやる。で、なんでだ?」
「知らん。酒飲んで暴れたってのじゃなさそうだった。軍警の出張所に向かってたが、捕まえたのは軍警じゃねぇな。あれはたまに見かける艦隊勤務組の制服だった」
「ばれたかな?」
「そうかもな」
「しょうがねぇな。もうちょっと勝っておきたかったが、仕舞いにするか」
キュークは席を立った。
「ジャック、お前は何があったか調べといてくれ。俺は、遊んでる連中集めとく」
「オーケー」
キティのところにキュークから音声のみの通信が入ったのは、それから30分後のことだった。
キティはブリッジでのんびりとニュースを眺めているところだった。
「とこういう経緯で、艦隊勤務のやつらにセツトが捕まっちまったらしい」
キュークは、セツトが捕まったカフェの従業員と客から聞き出した状況をかいつまんで説明した。
「なるほどね」
「すみません。ちょっと好き勝手させすぎたかもしれやせん」
「自由こそうちの船のモットーだからね」
キティの声にはなんら咎めるような空気はない。
「ミツキからは何の連絡も入ってないんで?」
ミツキには通信機が内蔵されている。ミツキがその気になれば<黒銀の栄光>号と連絡することは可能なはずだった。
「ない。セツトがさせないんじゃないかな、私たちに遠慮してるとこあるから」
「まぁ確かに。それで、どうしやす?」
キュークはキティに尋ねた。
「一応うちはこの国と契約して海賊してるんで、ケンカするのはどうかって意見もありますが」
キティは一瞬口をつぐみ、目を閉じた。脚を組み替え、意を決して、息を吸い込む。
「キューク。あなた私をなめているの?」
「いえ」
「私は海賊ラージェ=ヘブンバーグの娘よ。自由と海賊、それが私の船の決まり事。私たちには好きに生き、好きに野垂れ死ぬ自由がある。どうするかなんて聞くまでもない。彼は私の、私たちの獲物よ。獲物を横からかっさらわれて黙ってるですって。この国と契約してるからケンカしないですって。海賊の名折れもいいところだわ。そんな腰抜けは私の船にはいない。そうでしょう?」
「おっしゃる通りで。お頭の意思を確認できてあっしは嬉しく思いやす」
「そっち側はキュークに任せる。まさか本当に躊躇う奴はいないよね?」
「ラージェのお頭が女の腹の上で死んじまってからというもの、あっしらの夢はお頭と一緒に死ぬことですぜ」
キティは笑った。
「いい夢見せてあげる」
「楽しみにしてやす」
「人手は必要?」
「こっちはこっちでやりやす、お頭は船の準備を」
「そう、わかった」
通信が終わった。
キティはブリッジに残っている男達に声をかけた。
「さぁ、出港準備だよ!」
「へい!」
威勢のいい返事が上がった。
そのさらに1時間後、ターミナルの軍警出張所にひとつの通報が入った。酒場で海賊たちがもめて、ケンカをはじめそうだというものである。
軍警はすぐに部隊を組み、ケンカの仲裁に向かった。場合によっては制圧することもある。もめている海賊の人数が多いと言うことで、半数以上の兵士達が動員されることになった。
兵士達が出張所前で隊列を組み、酒場に向かって走って行った。
ターミナルは広い。
さらに立て続けに軍警に通報が入った。今度は3カ所、どこも海賊のケンカである。
「なんなんだいったい」
軍警たちは突然巻き起こったケンカの嵐に対応するべく、出張所に残っていた兵士達をさらに分け、それぞれケンカの現場に向かっていった。
キューク達は出張所の近くの店でその様子を見送った。キュークの周囲にいるのはターミナルに繰り出していた<黒銀の栄光>号乗組員20名である。武装は腰に下げた銃だけだ。
「これでいま出勤になってるのはほとんど出て行きやしたね」
「いいね」
キュークは満足げに頷いた。
長年にわたってあちこちに作っておいた貸し、それを使って知り合いの海賊達に騒ぎを起こして貰っていた。
逮捕されない程度に、そしてできる限り長く引き留めるように。
海賊達は、詳しい事情を説明されずとも二つ返事で引き受けた。軍警は普段たいしたことをしてないくせにターミナルの治安を守るとかなんとか言って多くの海賊達のひんしゅくを買っていたのだ。
「何しようってんだ?」
「そいつは聞かねぇ方がいい」
にやりと笑ってキューク。頼まれた方も悪い笑みを浮かべた。
「そうかい。あいつらに一泡吹かせんだろ、任せてくれよ」
「おうさ、頼んだぜ」
そのくらいのものだ。
キュークは手元のパック入り蒸留酒をぐっと吸い込んだ。
「はやく終わらしちまおうぜ」
空になったパックをテーブルに置き、立ち上がる。周りの男達も立ち上がった。
キュークがすたすたと早足で出張所に向かった。残りの男達はキュークを追うように出張所に向かった。
「おい、待て待て待て待て」
後ろの男達が止めてもキュークは歩みを止めない。出張所の入り口を守っている2人の兵士が、キュークに気づいて警戒するそぶりを見せた。
「よーう、ポリども」
底抜けに陽気な調子でキュークが言った。顔も赤い。
「だー、待てって!」
後ろの男達がキュークを止めようとする。
酔っ払った海賊が絡みに来て、仲間達がそれを引き留めようとしている。兵士達はそう理解した。
「おまえらこんなところ見張って何してんだ、ん?」
キュークが兵士に絡んだ。
「仕事だよ。離れろ、逮捕するぞ」
「おー、酒飲んだくらいで逮捕だと、天下の軍警様はちがうねぇ」
「すいやせん、ちょっとこいつ飲み過ぎちゃって」
ようやく追いついたジャックが兵士に謝った。
「気をつけろよ、早く連れてけ」
「へい、すいやせん。ほら、キューク」
行くぞ、とジャックがキュークを引っ張り、キュークはそれをふりほどくように払った。ジャックがよろめいて兵士の1人に倒れかかった。
「おい!」
はね除けようとした兵士の動きが止まった。ジャックが兵士の顎に銃口を押しつけていたためだ。
驚いたもう1人の兵士には、キュークが対応した。酔っ払いの動きから一転、鋭い動きで懐に飛び込み、銃を突きつけた。
「お前ら、なんだ?」
「海賊だよ。いつも仲良くしてやってるだろ?」
いつもの軽い口調でキュークが言った。
キュークは酒を飲むとすぐ顔が赤くなる。赤くなるが、酔いはしない。そういう男だった。
「うちと契約してるんだろ、よせ」
「契約。契約、ね」
キュークは噛んで含めるように呟いた。
「残念ながら、つい1分前に海賊局に解除の通告をしたところさ。お前さん達が俺たちとの契約を破って俺たちの仲間を海賊容疑でしょっ引きやがったんだから、契約違反だろ。なぁ」
兵士達はなんのことだ、という顔をしている。
「お前らみたいな下っ端が知らなくてもしょうがねえってもんよ。さて、少し中で話そうか。騒いだら撃つ。俺の指は軽いから気をつけろよ」
キューク達と兵士は、仲良く出張所の中に入っていった。




