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提督のお願い

 

「先に言っておきますけど、セツト・ヴァイエルは死んだ人間ですよ」


 最初にセツトが選んだ言葉はそれだった。

 ヴェツィア提督は先ほど席に届けられたパックティーを一口飲んだ。


「もちろん、その情報は我々の耳にも入っております。ただ、まさに公的にはそう、というのが最大の問題となってしまっておりまして」

「というと?」

「公式発表が真実を表すものではない、というのはもうアズナ殿には説明するまでもないでしょうが、今、我々の間で、それならば何が狙いか、という論議になっているのです」


 ヴェツィア提督はセツトがセツトであるという確信を持って話している。


(少しうかつに行動しすぎたかもしれない。)


 伯爵公子以外の肩書きのなかったセツトにとって、どこでどうしていようと放っておいてもらえるのではないか、空似で押し通せる、と考えていた。

 しかし現にヴェツィア提督がこうして訪ねてきたことからしても、そうではなかったようだった。

 大国の間に挟まれている独立諸国にとって、たとえ死んだ伯爵公子であっても何か思惑を考えざるを得ないのだろうと思われた。

 今後は少し気をつける必要がある。


「帝国のスパイだと言うもの、攻め込む口実にされるのではと言うもの、考察は様々ですが、今後どうするのかと言ったところで、上層部は2つに分かれております。大多数対圧倒的少数、という分かれ方ですがね」


 セツトは理解を示して頷いた。


「大多数の意見はこうです。速やかに捕らえて王国か連邦かに引き渡してしまおう」

「なるほど。それで、圧倒的少数派としての貴官は?」


 ヴェツィア提督が1人で来ていることから、捕らえる派閥の方ではない。


「この件に国家として関わるべきではありません」

「僕はそうしてもらえると嬉しいな」

「そうでしょうとも」


 ヴェツィア提督は乾いた笑いを浮かべた。


「それで、お願いというのは速やかに出て行ってもらいたいとかそういうことですか?」


 圧倒的少数派としては、大多数派に押し切られるより先に問題の根本をどうにかしてしまおうと考えてセツトのところに来たのだろう。


「それで済めば良かったのですが」


 ヴェツィア提督がそう返してきたので、事態はセツトの想像よりさらに悪い状態だと分かった。


「すでに大多数派の息のかかった艦隊が用意を進めております。いまから出航しても、戦闘は避けられないでしょう」

「それは大変」


 <黒銀の栄光>号なら逃げ切れるだろうか。

 ドラグーンからさえ逃げ切ったのだ。しかし<黒銀の栄光>号はこの国と契約して海賊をしている。彼らがセツトを乗せて逃げるというのはあまり好ましくないように思えた。

 これまでのところ<黒銀の栄光>号には迷惑のかけどおしだ。これ以上セツトの都合に振り回される側になって欲しくなかった。


「それで、提督の案は?」

「我が国には王国の大使館があります。そこで、アズナ殿には、私と共にそこに行って亡命を申請していただきたい」


 なるほど。捕らえて渡すのではなく自発的にということだ。


「理由は?」

「アズナ殿が王国に亡命を申請するとなれば、我が国としては関知しないという立場を貫くことができます。少なくとも、捕らえて引き渡す、と言うことは不可能になります。我が軍が2つに分かれるのを防ぐことができる」

「圧倒的少数、をもって軍が二つに分かれると言うのならですけどね」


 セツトはまぜかえした。

 ヴェツィア提督が語った今の理由は彼ら自身の都合だ。正直知ったことではない。


「仰るとおり。しかし、私は艦隊司令官ですからね」

「人数としては少数でも、戦力としてはそうではないと」

「はい」

「それで、自発的に僕が亡命申請をしたとして、王国の方で僕にとってよくないことになる可能性は?」

「ご安心いただきたい。勝手ながら下ごしらえは済まさせていただきました。自主的な申請であれば、王国はアズナ殿を受け入れるでしょう」


 ヴェツィア提督は王国の大使と話をしてからここに来たのだろう。しかし大使の方で本国の意向確認はできていないはずだ。そんな日数はない。仮に大使がうんと言っても、亡命の可否を判断するのは本国の方だ。

 そうすると、あまりいい条件とはいえないかもしれない。


 王国はもともと帝国の同胞だった国家だ。

 帝位継承に関する争いで分離独立し、現在では敵対している。元同胞というのがどちらに働くか不透明だ。帝国貴族が王国に亡命した先例はセツトの知る限り存在しない。


 セツトとしては第3の選択肢、なんとか逃げるを選びたいところだった。


 セツトはお茶を一口含んで、思考する時間を稼いだ。


 ヴェツィア提督として軍が分かれる事態に踏み切るつもりはない。すると、彼の艦隊に護衛して貰って出国するというのは実現不可能だろう。

 考えてみたが、行動の選択肢はほとんどなさそうだ。

 要塞は、簡単には見つからないように少し離れた星系に置いてきている。ワープアウトの余波で発見されないとも限らなかったためだ。ワープ可能な船で近くに行かない限り、連絡できず、要塞を動かすことはできない。


 これは状況を甘く見てのんきにお茶をたしなんでいたセツト自身の責任だ。


「分かりました。提督の申し出に従いましょう」

「ありがとうございます。さっそくですが、急ぎたいと思います」


 提督が席から立った。


「そこまで逼迫(ひっぱく)していますか」

「もちろんです」


 ヴェツィア提督の表情は深刻そのもの。どうやら本当らしい。

 セツトが立ち上がると、ミツキも立ち上がった。


「ミツキ、君は来なくてもいいだろう」

「そうはいきません。私は閣下のそばを離れるわけにはいきませんので」

「船に戻ってこのことを伝えた後、自由にしていい」

「申し訳ありませんがその命令は聞けません。私には決断の自由はありません」


 断固たる口調だ。


「アズナ殿、彼女は君の護衛だろう。護衛はいた方がいい」


 ヴェツィア提督が口を挟んできた。


「……いいんだね?」


 セツトはミツキに確認した。どこまで彼女が理解するかは分からないが、要塞に戻れないかもしれない、と言う意味合いを含んでいる。


「私の使命は閣下をお助けすることです。たとえ外であろうとも」


 セツトの想いは伝わったようだが、ミツキの返事は相変わらず迷いがない。


「わかった、行こう」

「了解」


 3人でカフェを出ようと歩き始めた。

 もうすぐ出口、というところで、カフェの扉が開き、軍服姿の男達が入ってきた。入ってきた男達は合わせて10人だ。全員腰に光線銃ブラスターを下げている。


 ヴェツィア提督が身を固くした。

 よくない反応だ。すかさずミツキがセツトと男達の間に移動した。


「これはこれは、ヴェツィア提督」


 男達の中心にいた男がヴェツィア提督に話しかけた。長身のすらりとした男だ。様子からすると男達の指揮官のようだ。


「誰かと思えば犬か」


 ヴェツィア提督の言葉にはとげがある。つまり彼らは「大多数派」なのだろう。


「心外な言われようですね。私はただ国家に忠実なだけです」

「命令に忠実であることを褒めただけだ。気にしないでくれ」


 皮肉の応酬。


「同行願えますかね、セツト・ヴァイエル伯爵公子閣下」

「ここにいるのは海賊船<黒銀の栄光>号乗組員のシーア・アズナ殿だぞ」

「そうですか。それではシーア・アズナを名乗っている伯爵公子かどうかもあとで調べさせていただきますよ」


 ヴェツィア提督と指揮官が言葉でやり合っている。


「切り開きますか?」


 ミツキが小声で聞いてきた。

 セツトは小さく首を振った。出入口は1つ。相手は武装した10人。状況が悪すぎる。


「あいにくとアズナ殿は第1艦隊で保護することに決めていてな。しゃしゃり出ないで貰おうか」


 ヴェツィア提督の言葉に対しても、指揮官の余裕の表情は全く揺るがない。


「残念です、提督」

(あぁ、これは。)


 大多数派の方ではもう方針を定めきっている。セツトはそう理解した。

 指揮官が腰のホルスターから銃を抜いた。


「それでは提督も一緒に来ていただく。容疑は、そうですねぇ、反逆罪あたりにしましょうか」


 周りの10人も一斉に銃を抜いていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「ミツキ、君は来なくてもいいだろう。」 どうして、ミツキを置いていくという選択があったのでしょうか。要塞に戻る手段を放棄するに等しいと思います。どういう思考過程かと不思議に思います。
[良い点] 襲って来てくれたから堂々と撃破して侵略開始で各勢力の空白地帯に新勢力を出現させたり出来そうだけども、そもそも主人公がまだ、覚醒シーンとか無しに流されてここに来ただけだから覚悟完了全くしてな…
[一言]  なんだろう……  要塞端末のミツキならこの距離から要塞の各機能を操作出来そうだなと思わなくはない……  もしそうなら、多数派の皆さんが率いる艦隊が全滅の可能性もあり得る……  セツトさん…
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