独立諸国の港にて
<黒銀の栄光>号の外に出たセツトが下を見ると、低重力用のバギーが用意されていた。噴射によって地面にへばりついて走るものだ。
セツトは船から手を離した。ゆっくりと降下して、バギーのそばに降りた。地表は細かいちりが積もっていてすこしふわりとした。
地表に降りた4人はバギーに乗り込み、ターミナルの建物を目指した。目的地はターミナルにあるマーズ=カミノ王立宇宙軍海賊局の出張所だ。
ターミナルの入り口のエアロックを通って中に入った。ターミナルの中でも重力はそのまま0.1Gだった。この方が広い空間での移動は楽なのだ。
「はい、<黒銀の栄光>号ヘブンバーグさんですね」
出張所の係官は、海賊にも負けないくらい強面の筋肉質な男だ。口調は丁寧だが、下手に武器を持つよりも圧迫感がある。
「そうよ、はいこれ、今回の獲物の記録」
キティは係官に小さなチップ状の記録端末を渡した。その中には今回の航海でキティが襲った船と与えた被害が記録されている。
「海賊報告の提出、ありがとうございます。獲物の売却はどうします?」
係官はすぐにチップの中身を確認していく。
「ちょっといろいろあって、反物質コンテナ一個よ。中身は半分くらい」
「わかりました。申請しといてくださいね。そのほかご用件は?」
「乗組員の登録を新規で2人」
キティはセツトとミツキを指さした。このために今回ミツキを連れてきたのだ。
「はい。お名前は?」
「シーア・アズナとミツキ・アズナよ」
「夫婦ですか?」
「兄妹よ」
「わかりました。出身は?」
「帝国、ヌーブ星系」
「ありがとうございます。カードができるまで少し待ってくださいね。ヌーブ星系と言えば、そこのヴァイエル伯爵家が船長の賞金上積みしてましたよ」
「素敵な話ね。いくら?」
「2億。生け捕り限定だそうです」
「まぁ」
キティは白々しく驚いて見せた。
「伯爵ったら酔狂が過ぎるわ。私と一夜を過ごすためにそんな大金を積むなんて」
セツトはあえて何も言わないようにした。
係官も黙殺を決め込んだようだ。
「2人の乗組員カードです。あと何かあります?」
係官は目の前の機械から出てきた2枚のカードを束ねてキティに渡した。
「ないわ、ありがと」
出張所から出ながら、キティはセツトとミツキにカードを渡した。いつの間にか撮影されたらしい顔写真がプリントされていた。王立宇宙軍2等兵、と書かれている。
「これって何のためのものなんですか?」
「この国の中で貴方たちがもし逮捕された際に、私の所に連絡が来るようになる魔法のカードよ。それ以外何の役にも立たないわ」
「役に立たないんですか」
「そうよ。公式には偽造だから気をつけてね」
「おそろしい」
「持ってるだけなら何もないわ。この国が海賊に名義貸ししてるのは周知の事実だしね」
周知の事実。セツトは全く聞いたことがない。
「この業界では、の話よ。独立諸国には結構あるの。たいてい大国のどこかから支援をもらうためにそうするのよ」
「そうなんですね」
世の中にはセツトの知らないことがたくさんある。
それからしばらくの間、<黒銀の栄光>号はマーズ=カミノ王国に滞在していた。
乗組員達は交代でターミナルの中の飲食店や娯楽施設に繰り出しては時間を潰すのだ。
「みんなよくやるよ」
セツトはパック入りのお茶を飲みながらつぶやいた。
ターミナル内のカフェである。酒が飲めず、こうした場での遊びにもなれていないセツトには、カフェでお茶を飲むくらいしかやることがなかった。
さすがに海賊用の港である。酒場やギャンブルに関する施設が多かった。
テーブルの向かいにはミツキが座っている。表情は相変わらずよく分からない。何が起こるか分からない以上決してそばを離れない、というのがミツキの言い分であった。
「そうですね。命をかけるには、休暇や娯楽といったものが非常に重要ですから」
娯楽に全く興味なさそうなミツキが言うと少し新鮮だった。
「そうなの?」
「ええ。ストレスは生命体の活動に対して非常に深刻な影響を及ぼします。判断の正確性、情緒の安定、そうしたもののためにも休めるときに休まなくてはなりません」
「なるほどね」
だからだろう。<黒銀の栄光>号の乗組員がみな我先にと思い思いの場所にくりだしていくのは。そして最後に取り残された運の悪い数人が気まずそうにしているのを、「僕はカフェで休むから好きに行ってきなよ」というのが最近の定番だった。
<黒銀の栄光>号において、セツトはまだ輪の中にとけ込めていない。キティはよくしてくれるし、他の乗組員も気にかけてくれているが、長年の絆を目の当たりにすると、軽い疎外感を覚えてしまうことがあった。
「要塞にも、娯楽施設はありますよ」
「え?」
「長期的な人員の滞在を目的にする以上当然の設備です。まだ使える状態ではありませんけど」
「彼らの今のはっちゃけぶりからすると、早めに整備してあげた方がいいかもね」
「そうですね。ただ、戦闘設備に比べると優先度が下がってしまうのはやむを得ません」
要塞修復の優先度はまず戦闘に関する設備だ。
主砲をはじめとする各種攻撃兵器、シールド発生器などの防御兵器、弾薬の生産設備、そういったものがまっさきに修復を必要としている。
その次に修復を提案されているのがアンドロイド兵の製造設備。
現状の要塞は、一度内部に上陸されてしまうと打つ手がない。そこで、ミツキのようなアンドロイド、ただし白兵戦闘に特化したものを用意しておきたいというのである。
最後に建艦設備。
ただしこれは生身の人間がいないと艦艇を作っても使うことができないと言うことで、優先順位としては最後尾にしている。生身の人間が必要というのは、ミツキのようなAIは決断を下すことを禁じられているからだという。
「どこかに挟めないか検討しておいてくれ」
「かしこまりました」
セツトとミツキが実務的な話を進めていると、突然、ミツキが立ち上がった。
「何かご用でしょうか?」
ミツキはセツト達のテーブルに向かって歩いてきていた軍人の前に立ちはだかった。
王立宇宙軍の制服を着た背の低い小太りの男だった。知人ではない。くつろいだカフェには似合わない緊迫感をまとっていた。
そのためにミツキが反応し、立ち塞がったのである。軍人は、まさかミツキに遮られるとは思っていなかったようだ。
「貴官は?」
軍人がしばらく何も言わなかったので、セツトが尋ねた。
「失礼した。私はこの国で第3艦隊を預かるルーク・ヴェツィアという者です。シーア・アズナ殿に、いえ、セツト・ヴァイエル殿にお願いしたいことがあって参りました」
今度はセツトが黙る番だった。