起動と決別
ミツキが全ての準備を整え終えた。
「閣下、1万2000年ぶりの縮退炉起動です。せっかくですのでご命令を」
「うん。縮退炉、起動してくれ」
「了解。反物質反応炉出力70%、縮退炉再起動に必要な出力に達しております。縮退炉最終点検よろし、各部に異常ありません」
ミツキが淡々と進めていく。
「縮退炉起動します。外部入力オープン。保持フィールド展開完了。マイクロブラックホール生成します」
振動などはなにもなく、ミツキの声だけがプロセスの進展を教えてくれる。
「生成完了。事象の地平線およびホーキング放射を観測しました。エネルギー変換よし。規定出力の90%を確認。投入質量の調整により規定出力を目指します。要塞内全系統を縮退炉からのエネルギー伝達に変更。反物質反応炉は停止します」
ミツキが何を言っているのか理解できる者は1人もいない。要塞の運用はほぼ全てをミツキが担っている。
セツトや<黒銀の栄光>号の面々にしてみると、ミツキがAIというのがよく分からない。説明されてもよく分からないから、機械でできた人間だ、と言うくらいの簡易な理解でまとめていた。
「本要塞は、縮退炉にて航行中です。次はワープでよろしいですね?」
「うん、頼む」
「了解。ワーププロセスに入ります。総員に告げる。本要塞は現時刻より30分後に恒星間ワープを行う。要塞外での活動は10分以内に撤収のうえ、各員は必要な準備を行われたし」
「ワープ準備の空間微動を観測しました」
要塞がワープ準備を始めたことは、すぐに伯爵に伝わった。
「やはりワープするのか」
セツトが言っていたとはいえ、実際にあれほどの大質量の物体がワープするというのは伯爵にとって驚きでしかない。
今の人類の技術は、地球連邦が持っていた技術の何割もないだろう。
「妨害しますか?」
「いや、敵対行動はしない方がいい。ワープは、星系内か?」
「大質量なので同じに見ていいのか分かりませんが、恒星間と思われます」
「そうか。それでは追跡の準備が足りないな。おとなしく見送るとしよう」
「せっかくの潜入工作準備が無駄になってしまいますね」
「やむを得ないだろう。今回はあの子の方が上手だった」
伯爵の方では、要塞に人間を潜入させて情報収集を行う準備を進めさせていた。あわよくば占領してしまおうという計画だ。セツトの明日にはという言葉を信じていたわけではないが、ここまで早いとは伯爵も予想していない。
(はじめからこの時間しかないと分かっていれば別の手を考えられたな。)
思う伯爵だったが、この点についてはセツトにうまくやられた、ということだ。
まだ子供だと思っていたのだが。
「要塞からワープイン予定時間が送られてきました。あと20分後です」
「そうか」
伯爵は頷いて、少し考え込んだ。
「すまんが、電文を出してもらえるか」
「はい。どちらにですか?」
「目の前にいる要塞司令官どのに決まっているだろう」
「どのような文章を送ればよろしいでしょう?」
「貴官の勇戦に敬意を表す、再会の日まで壮健なれ、だ」
「分かりました」
伯爵の言葉は、すぐに要塞にいるセツトに届けられた。
ミツキが読み上げた内容を聞いて、セツトは一言では言い表せない感情を抱いた。
「喜んでいいのかな?」
「いいんじゃないの。わざわざ送ってくるなんて、伯爵ったら悔しがってるのね。地団駄を踏んでる姿が思い浮かぶわ」
キティは素直に嬉しそうにしていた。セツトには伯爵が地団駄を踏むなどという幼い様子が全く想像できない。
「そうなのかな?」
「私たちは無事にこの星系からワープで飛ぶという目的を達成できるでしょう。この戦いは私たちの勝ちよ」
「なるほどね」
そうキティに言われると、セツトの中にも喜びが多くを占めるようになってきた。
「返信しますか?」
ミツキに聞かれて、セツトは少し考えた。返信を期待しているような内容ではないが、返信をしたいという想いがあった。
「そうだね。内容は……伯爵の武運長久を祈る、然らば。でいこう」
セツトはモニターに映し出されているドラグーンを見つめた。見納めになるかもしれなかった。
「了解」
20分後、<ヴァーラスキルヴ>要塞はワープインした。
伯爵は静かにその様子を見守った。解析によれば、ワープ先は30光年先にある無人のステラ星系であるようだった。おそらくそこからさらにワープを繰り返してどこかに行くのだろう。
「どこに行くと思う?」
伯爵は参謀に訪ねた。
「まずは<黒銀の栄光>号の雇い主のところでしょう。辺境独立諸国のどこかですね。帝都の方では把握しているはずです」
「取られるかな?」
「どうでしょう。セツト様もなかなかしたたかになられた様子、おいそれと敵に要塞を渡すことはしないでしょう」
「そうだな。さて、この件は帝都に報告せねばなるまい。200年ぶりに情勢が大きく動くかも知れないぞ」
伯爵は予言した。
あれだけの大きな石を池に放り込めば、大きなしぶきが上がるのは間違いない。外れる気がしなかった。
辺境独立諸国。
独立といえば聞こえはいいが、その実態は三大国が互いにいがみ合うのに忙しくてほっとかれているというだけのことだ。
三大国とは、帝国、王国、連邦、の3国である。
もちろんそれぞれ正式名称があるが、正式名称を言わずとも誰もがどの国のことか分かるので、儀礼以外で正式名称が使われることはほとんどなかった。
独立諸国にしても一般の感覚では同じようなものだったが、こちらは『多すぎて覚えていられない』というのと、『覚えなくても大きな問題はない』ということによる。そのためひとくくりに『独立諸国』とまとめられることがほとんどだった。
マーズ=カミノ王国も、そうした独立諸国の1つだった。
三大国のなかでは王国よりと目されており、王国製の宇宙船が多く星系内を飛び交っていた。
領土はヤノタ星系第3惑星カリコを唯一の有人惑星とし、近隣の4星系に軌道上施設などを建設して保持している。
<黒銀の栄光>号は、カリコの衛星上にある宇宙港に入港した。
宇宙港といっても、衛星の地表を均して駐船場にしただけの簡素なものだ。駐船場から少し離れたところに宇宙港ターミナルが建てられている。
「着陸終わりやした、各部異常なし」
<黒銀の栄光>号がヌーブ星系で負った損傷は既に修復を終えていた。
要塞のドック施設を使えるようにし、そこで徹底的に修理したのである。
「あっしらの船はあっしらで直しやす」
<黒銀の栄光>号整備陣がそう主張したため、要塞としては資材と工具を提供するにとどめた。資材の材料は賞金稼ぎの船の残骸である。それを要塞側で<黒銀の栄光>号に合わせて再加工して提供した。
すると、提供された部品を使用した部分の性能が上がるという現象が発生した。加工技術の次元が違うためである。
そこで現在、<黒銀の栄光>号改造計画が検討されているところだ。責任者は、なんでも屋キュークである。
「あんなにじゃじゃ馬だった船が、5歳の時のお頭みてえに素直になっちまった……」
着陸を行ったデニアスが嘆いていた。
「5歳のお頭ならいいじゃねえかい」
「なんでい、キュークおまえロリコンだったのか?」
「馬鹿言え、5歳でいいのはお頭に限る。かわいかったろ?」
「ん、まぁな」
「そこ、そういうのは私に聞こえないとこでやんなさい」
「聞こえるようにやるから意味があるんでさ」
「そうそう。褒めるときは大きな声で」
「あんたたち、いまので褒めてるつもりなら相当ゆがんでるわよ」
「今のお頭もかわいいですぜ」
「今の私はかわいいんじゃなくて美しいの。間違えないでもらえるかな」
「そうでした。つい5歳の時のお頭が目に浮かんじまうもんで」
ダルドフとミツキがブリッジに入ってきた。
「お頭、準備できたぜ」
「さて、じゃあお役所仕事済ませてくるから、キューク、しばらくよろしくね」
キティが船長席を立った。
セツトもその後を追って、4人でブリッジを出た。
エアロックで宇宙服を着た。ミツキは素で真空に対応できるが、見る者を驚かせないために着て貰った。
4人は船の外壁に捕まって外に出た。
大気がないためまっさらな黒い宇宙の中、細かいちりが積もった地表が広がっている。正面には青い惑星が浮かんでいるのが見えた。
船外に出ると、船の重力制御システムの影響はなくなる。ふわりと体が浮くようだった。この衛星の重力は0.1Gほどの小さなものだ。
周りには様々な宇宙船が泊まっている。大きな貨物船もあれば、損傷の跡が生々しい船もあった。ここは、宇宙港は宇宙港でも、海賊用の宇宙港なのである。




