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交渉戦

 

 セツトはミツキに手伝って貰い、地球連邦宇宙軍の制服を着た。

 白を基調に金糸で装飾が施されている。サイズはセツトにぴったりで、ミツキがいつのまにかサイズを測って合わせていてくれていたらしかった。


 司令官室に戻り、席に座った。


「閣下、よろしいですか?」


 ミツキに確認され、セツトは大きく二回深呼吸をした。机の下で手を組んだ。


「頼む」


 通信がつながれた。

 通信画面に現われた伯爵は、セツトを見て、一瞬目を見開いた。


「失礼した。貴官が死んだ肉親に似ていたもので」


 いきなりの先制パンチである。

 セツトは受け流した。自分の父親の性格はよく知っている。これはこの通信においてセツトを自分の子として扱わないという意思表示だ。

 セツトとしても、ヴァイエル伯爵公子として対応するつもりはなかった。


「構いません。私はヴァーラスキルブ要塞司令官、シーア・アズナ」


 偽名である。

 セツトが名乗ったこの名は、帝国に伝わる昔話に出てくる主人公の名前だ。


「ヌーブ星系防衛艦隊司令官、帝国伯爵にして提督、ハグラル・ドラグ・ヴァイエルです」


 伯爵も名乗った。

 初対面ということになるのだから、当然の作法である。


「アズナ閣下、まずは通信に応じていただいたことに感謝を申し上げたい。アズナ閣下は、地球連邦宇宙軍でどの程度の立場にあるのですか?」

「私と要塞は現在、地球連邦宇宙軍の指揮下にはありません。現在、独自の判断で行動を取っております。したがって、本要塞に関する全ての権限は私にあります」

「なるほど。それでは2つほどお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「もちろん」


 おそらくそれが、伯爵が通信を申し入れてきた理由である。


「ではまず1つ、先刻そちらの要塞に収容された宇宙船は、我が帝国に対して海賊行為を働いた者です。その者を要塞が収容した理由をお聞かせ願いたい」


 伯爵はセツトとキティの写真を見ているはずだから、おおよそ推測できているはずだ。しかし敢えて聞いてくると言うのは、公式の見解を求めているのだ。

 この交渉は父と子の交渉ではない。

 ヌーブ星系の、そして帝国の防衛を預かる貴族である伯爵と、その星系内に出現した帝国の庇護下にない要塞の司令官との交渉だ。公の交渉である。


「彼女の船は現在、本要塞が保護をしています。事情は詳しく知りませんが、船に重大な損傷を受けていたため、人道上の見地から保護させていただきました」


 明らかな嘘である。

 セツトにしてもこの嘘がばれないとは思っていない。かなりの高速で飛翔していた<黒銀の栄光>号をたまたまで保護できるはずがないのだ。最初から保護するつもりで速度を合わせていなければ。

 しかしこれが公式回答である。

 グルでした、などと本当のことを言えば伯爵は敵対するしかなくなる。

 帝国と表だって敵対する意志はない、ということはこれで伝わるとセツトは考えていた。


「そうでしたか。先ほどもお伝えしたように、その者達は海賊です。我が帝国においてしかるべく裁判を受けさせたいのですが、引き渡してはいただけませんか」


 伯爵が一歩踏み込んできた。

 敵対したくないなら引き渡せ、という返しである。敵対したくないという意思が伝わったという意味も含んでいる。


「申し訳ないが、それはできません。帝国が地球連邦において正式で公平な裁判と認められる制度を持っているものかどうか、我々には判断することができません。そのような状態で、保護すると約束した者を渡すことはできません」


 セツトは、地球連邦宇宙軍に所属していた要塞司令官、としての設定に従って答えた。

 セツトの知る伯爵の性格からして、遺跡であるこの要塞との戦いを選択することはないはずだった。冷静で慎重。帝国全体の利益を考えることができる優秀な貴族だ。将来こうありたいと思ってやまなかった姿だ。


「なるほど、筋は通っていますね」


 セツトには嬉しい言葉だった。父に認められた気がした。


「いいでしょう。その件については今後の交渉の課題とさせていただきたい」


 やはり伯爵はそれ以上踏み込んでこなかった。棚上げである。

 おそらく永遠に上げたままになるだろう。

 しかしこれで、公に敵対しない、という合意ができたと考えていいだろう。


 セツトは、この先伯爵が要塞を帝国の庇護下に置くか、占領して使うようにできる方向を考えるだろうと予想していた。

 セツトとしてはそうせざるを得ない流れにされることを防がなくてはならない。

 ここからは防戦の交渉だ。

 心してかからなければ。


「そうしましょう。もう1つの質問は?」

「貴要塞がここにいる目的をお聞かせ願いたい。いかなる作戦目的によるものですか?」

「本来であれば軍がその目的を外部に明かすなどありえないところですが、伯爵には正直にお伝えしましょう。本要塞は、この星系内で休眠していたのですが、最近になって復帰したところなのです。我々は今後、地球連邦政府から最後に与えられた目標に従い、明日にはこの星系を離れる予定でいます」


 実際には5時間稼げればいいのだが、伯爵が策を仕掛けてこようとした場合に準備の時間を見誤らせるための備えだ。


「目標とは?」

「申し訳ありませんが、軍機です」


 もちろんそんな目標などない。星系を無事に離れるための言い訳である。


「そうですか。たしかさきほど独自の判断で動いていると仰ったと思ったのですが、地球連邦政府の命令、規則に縛られておられるのか?」


 セツトの心臓が跳ね上がった。

 失言だっただろうか。


(いや、そうじゃない。)


 この程度のものは決定的なミスではない。

 伯爵は小さなミスをきっかけに大きなミスを引き出そうとしているのだ。ここで慌てれば主導権を持って行かれる。


「もちろんです、伯爵。我々暴力を預かる者は、命令とか、信念とかといった何かに縛られていなければなりません。我々は、与えられた最後の目標のために最善をつくすのみです」


 これでかわしきれるだろうか。伯爵には響く言葉のはずだ。


「一理ある言葉ですね。では、目標を達成された後はどうなさるおつもりです?」

「伯爵。目の前の戦いが終わらぬうちに次の戦いのことを考えて、目の前の戦いに勝てるとお思いですか?」

「まぁ負けるでしょうね」

「その通りです」


 次の手を探る視線が交錯した。


「貴要塞で補給を必要としている物はありますか。もしあれば、私の責任で補給させましょう」

「ありがたい申し出ですが、補給は間に合っております」


 本当のことを言えば欲しいものは無数にあるが、何を仕掛けられるか、どれだけの情報を持って行かれるか分からない。補給を受け取るわけにはいかない。

 最低限必要な物はすでに奪った。


「そうですか。もし必要な物があれば申し出ください。帝国は、地球連邦とは友好的に付き合うことを望んでおります」

「ありがとうございます、伯爵」


 伯爵はゆっくりとうなずいて見せた。


「こちらこそありがとう、閣下。おかげで貴公達の状況を知ることができ、むやみな戦いを避けることができた。本艦隊は現在の位置で、出立の見送りをさせていただきます」


 正体不明の要塞を監視なしにするわけがない。当然の対応だった。

 そういう建前にしておいて、奇策で占領を狙って来るかもしれない。そういう警戒は必要だ。


「分かりました。見送り、感謝いたします。ワープ時刻が定まったらお知らせすることにいたしましょう」

「よろしくおねがいします。では」

「では」


 セツトは父に対し地球連邦式の敬礼を送った。見慣れぬ仕草に、伯爵の表情が一瞬揺らいだ。

 何か返ってくるより早く、通信画面が消えた。


「ふうー」


 画面が消えた瞬間、セツトはため息をつきながらシートに沈み込んだ。


 なんとかなったが、ちょっと大目に見て貰ったという感じがしていた。今後のことなど、今考えてみても言い訳が苦しい。

 パチパチパチ、と拍手の音が聞こえた。キティだ。キティは司令官室内の空いている席に座って交渉の様子を眺めていた。


「いい交渉たたかいだったわ。貴族っぽい、いやらしさに満ちてて」

「はったり流ではお頭に勝てませんからね」

「人には向き不向きってものがあるの。私にはあんなに奥歯に物を挟んで話すことなんてできそうにない。2人とも素直じゃないのね」

「伯爵によると、素直さは人間にとって美徳だが、貴族にとっては悪徳だそうですよ」

「あぁこわいこわい」


 ミツキが席を立ってやってきて、司令官室の隅に置いてあったワゴンからカップとポットを取った。

 カップがセツトの目の前に置かれ、そこに黒い飲み物が注がれていく。これまでセツトが嗅いだことのない香ばしい香りがした。


「お疲れ様でした、閣下」

「これは?」

「コーヒーという飲み物です。地球連邦軍の士官達の間で、酒を除いて一番人気のあった飲み物です」

「へぇ」


 セツトは一口飲んでみた。苦みと酸味と甘みが渾然となって流れ込んできて、香りが鼻に抜けた。緊張で強ばっていた胃がほどけるようだった。


「おいしいね」

「ほう、どれどれ」


 キティがカップを奪って一口飲んだ。


「これは、新しい味ね。でも好きだわ。ミツキ、私にもちょうだい」

「はい、船長」


 ミツキがワゴンからもうひとつカップを取り、コーヒーを注いだ。


「ありがと。さて、あとは伯爵が何か仕掛けてくるかどうかね」

「監視は維持しております。今のところ動きはありません」



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