伯爵家からの追放
「お目覚めですか?」
その声で、セツトは目を覚ました。
「ん……?」
心地よい眠気がまだセツトの全身を包んでいる。
「旦那様、セツト様が目を覚ましました!」
ベッドの傍らにいたメイドが、誰かを呼んでいる。セツトの頭はまだ大半が眠りの中にあった。
「起きたか!!」
中年男性の渋い声がして、誰かがベッドのそばまで駆け寄ってくる気配がした。
「セツト、分かるか。父だぞ」
「あ……うん……」
少しずつ頭がさえてきて、周囲の状況が認識され始めた。
駆け寄ってきた男はセツトの父、ハグラル=ドラグ=ヴァイエル。ヴァイエル伯爵家の当主だ。
「僕は……」
いつの間に寝ていたのだろうか。まだ記憶が整理されてこない。
「よかった。もう起きないかと思ったぞ」
父の顔は優しかった。セツトを気遣ってくれているのだ。
「何があったの?」
「お前は、接続結晶の移植を受けてから3日寝続けていたのだ。大丈夫か?」
(あぁ、そうだった。)
接続結晶。人間と機械を接続するために移植されるクリスタルだ。14歳になったセツトは、伯爵家の跡継ぎとして、接続結晶を埋め込む手術を受けたのだ。
セツトは左手の甲を見た。
そこに、深い蒼色をした丸い結晶がついていた。接続結晶だ。接続結晶は、非常に高価なものだが、セツトに移植されたのはその中でもかなり純度が高い高価な結晶だった。領土と帝国を防衛する貴族の子弟にふさわしいものである。
「大丈夫、少し眠いけど、体の調子は悪くないよ」
「そうか、よかった。起きれるか?」
「うん」
セツトは体を起こした。3日寝続けていたにしてはどこも痛くないし、不潔な感じもしない。メイドたちが世話をしてくれていたのだろう。
「本当に良かった。身だしなみを整えて食事を取ったら、格納庫まで来なさい。ドラグーンに乗せてあげよう」
「はい、父上」
セツトは14歳の誕生日を心待ちにしていたのだ。14歳になれば接続結晶をもらえて、ドラグーンに乗ることができるようになる。
ドラグーンは、接続結晶によって操縦者とつながることで高い性能を発揮する宇宙戦闘艦だ。貴族はすべて、ドラグーンに乗って帝国のために戦う義務がある。ヴァイエル伯爵家の長男で嫡子であるセツトは、いずれ伯爵家を継ぐことになるはずだった
セツトはメイドに手伝われて服を着替え、髪を整えた。
食堂に行って一人でパンと卵焼きの簡単な食事をした後、セツトは格納庫へと足を運んだ。
ヴァイエル伯爵家のドラグーン<ディア=ヴァイド>は、全長200メートルある、流線型をした美しい機体だ。セツトは先祖代々受け継がれているこのドラグーンがとても好きだった。
搭乗口から中に入り、機体内の通路を通って操縦室へと向かった。
操縦室では父と執事が待っていた。執事は操作盤を操作していて、いつでも接続ができるように整えてくれていた。正面のスクリーンに『接続準備完了』と表示されている。
「さぁ、セツト。座りなさい」
父が操縦席を指し示した。接続結晶を移植する前には決して座らせてもらえなかった場所だ。
セツトは胸躍らせながらそこに座った。長年の夢が叶ったような気がした。操縦席の正面に設置された機械には、機体側の接続結晶がある。
セツトはそこに自身の左手の接続結晶を触れさせた。
「接続」
音声で命じる。機体側の接続結晶が一瞬光を放ち、消えた。スクリーンも『接続準備完了』のままだ。
「……」
おかしい。本来であれば機体側の結晶はずっと光ったままで、それで『接続完了』となるはずだ。
「接続」
もう一度試みる。
結果は変わらなかった。
「な、なんで……?」
「故障か?」
父がいぶかしんで、自分の接続結晶を触れさせた。
「接続」
機体側の結晶が光り、『接続完了』となった。
「……」
セツトは言葉を発することができなかった。何が起こっているのか、理解できなかったのだ。
「セツト、気にするな。きっと起きたばかりで調子が良くないのだろう。さ、部屋に戻ろう」
セツトは父に促され、部屋に戻った。
しばらくして、父は結晶技師を連れてきた。結晶に異常がないか調べるためだ。
しかし技師が何度検査しても、結晶は正常で、ドラグーンとの接続もできなかった。
思いつく限りの検査をし、様々な方法を試した。
一週間後、結論が出た。
原因不明の接続不能、である。
技師は、結晶ではなく公子様の側の問題では、と最後に言い残した。
セツトは部屋から出ることができなくなっていた。
出てこないように、と誰かに言われたわけでも、出れないようにされたわけでもない。部屋から出たくなかったのだ。
誰とも、メイドとも会いたくなかったから、食事は部屋に運んで貰い、たらいの水で体を拭って身を清めていた。
どうすればいいのだろうか。
ドラグーンに乗れない者がこのまま伯爵家を継げるだろうか。頭のいい父のことだ、もしかしたらうまく抜け道を見つけて、ドラグーンを扱えるようにしてくれるかもしれない。
考えればきりがなかった。
そうして2週間ほど部屋にこもっていると、メイドが部屋をノックしてきた。食事時ではない。
「セツト様、書斎で旦那様がおよびです」
父がセツトを呼ぶのはこの2週間ではじめてのことだった。
「わかった」
父に呼ばれては、いやだとも言っていられない。セツトは部屋から出て、父の部屋に向かった。
途中で、いとこのベルクフッドに出会った。ベルクフッドはサーラウッド男爵家の次男だ。セツトとはあまり仲がいいわけではない。
「やぁ」
セツトが挨拶をすると、ベルクフッドも手を上げて挨拶を返してきた。笑顔を浮かべているが、少しいやな感じの笑顔だった。
それ以上何を話すでもない。セツトはベルクフッドとすれ違って父の書斎についた。
父は書斎の中に設けられた応接用のソファーでセツトを待っていた。
「父上、お呼びでしょうか」
「うん。座りなさい」
セツトが座ると、執事がセツトの目の前に茶を差し出した。
「部屋から出てこないから、心配したぞ、大丈夫か?」
「うん……」
セツトは、父の手前、そう答えた。緊張する。セツトは目の前のお茶に手を伸ばして飲んだ。香りが心を落ち着かせてくれるようだった。
「今回のことは父も驚いてしまった。お前も心配だろうと思うが、気にするな」
父の声は優しい。
セツトは父の気持ちがうれしくて、茶をもう一口すすった。
「それで、今後のことについて考えてみたんだが、やはり、これしかないと思ってね」
父の顔が真剣になった。
「なんでしょう」
「セツト、お前は、接続結晶の移植手術後、体調を崩して病で死んだことになった」
「え……?」
「そこで当伯爵家は、サーラウッド男爵家の次男ベルクフッドを養子とすることにした」
「父上、それはどういう……」
「許してくれとは言わん。ドラグーンに接続できない者は、貴族になることはできないのだ」
セツトは崖から突き落とされたような思いだった。
「お前は今日のうちにでも、この軌道城館から出てもらわなければならない。いいね」
「そんな、父う―――え―――」
セツトの視界がぐらりとゆがんだ。体に力が入らない。セツトは一瞬の間に意識を失った。
「……すまない」
ハグラルは、小さく呟いた。ハグラルは速やかにことを運ぶために茶に薬を混ぜたのだった。