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9.影後女 その2

前半は好き嫌いが出るかもしれません。


 影後女。


 この地方では割と有名な異形らしい。


「まあ生まれが相当暗いですからねえ」


 昔々のお話だ、とある村では問題が起きていた。


 それは男ばかりが生まれるという何とも不可思議な事象だった、働き手が増えるから良いじゃないかと言うが、徐々に徐々にそれは問題となった。


 男ばかりが生まれる、つまり子供産む事が出来る女性が年々減っていくのである。


 子供が生まれなければ村はおしまいになるが、村の者たちはどうにでもなるだろうと甘く考えていた、しかし緩やかな崩壊は確実に迫っていた。


「まあ山奥の土地ですからね、嫁いでくる女性なんてまずいない、そして村から出て行った者は基本帰ってこない」


 鮫島と俺と月島は事態を伝える為、クライアントの所に向かっている、その道中で俺は影後女について鮫島に聞いていた。


 最初の頃は村の夫婦たちが子供を作りやすいように助け合っていた、だが生まれてくるのは男ばかりで女が生まれるのは20人に1人位だった。


 悪夢はわかりやすく始まる。


 女を産む道具として扱い始めた、誰かの妻であろうと関係ない、四六時中女たちは犯され、孕まされ、子を産めばまた犯されるという女たちにとって地獄が始まった。


 逃げ出そうとする女は長老の家に作られた牢屋に捕らえられ、逃がそうとした男は女の前で惨たらしく殺された。


 そして挙句の果てに旅で村に立ち寄る者たちまで同じ様にしはじめた。


 なんで? どうして? こんな目に?


「女たちは下衆な村人に抱かれながら怨みを募らせましたが、結局男たちの腕力には敵いません、その内に女たちは思う様になったのです」


 誰か代わりがいればいいのにと。


 そうした女たちの負の感情が生み出したのが影後女だった。


「影後女は男たちそれぞれが描く理想の女となれました、まあ故にもう性事情に頭がお猿さんになっていた男たちは影後女を抱き、女たちは見向きもされなくなったのを見計らって逃げ出しました」


 女たちの負の感情の塊が都合の良い存在なわけがあるわけもなく、影後女を抱いた男はやがて生命力を吸い尽くされて殺されていく、そして恐ろしい事に男が一人死ぬ度に影後女は増えて行った、そう……男の生命力で増えたのだ。


「さあ流石に猿でも抱けば死ぬと理解すれば抱くに抱けなくなる、しかし普通の女はもういない、欲望に耐えかねた男の数だけ影後女は増えていく、村の破滅はもう目の前でした」


 下衆の末路に相応しい終わり、しかし終わりとはならなかった。


 逃げだした女の一人が旅の巫女と侍に村の事を話、実直で世間知らずの巫女が侍の忠告も聞かずに、一人で村を救いに来てしまった。


 巫女は強い霊力を持っており、影後女たちを一人残らず自分の髪に封印した。


「それでめでたしめでたし、となるわけもなく、久しぶりに抱いても問題無い女が来ればまあ察しがつくと思いますが」


 巫女を心配して追ってきた侍が見たものは、変わり果てた巫女の亡骸を抱く村人たちだった。


「まあ殺し合いのプロと素人が殺し合いをすれば素人が負けますね、村人に巫女の顛末を聞かされた侍は激昂し、村人を皆殺しにした後、巫女の亡骸から髪を切り取り、女たちと巫女の無念を鎮める為に巫女の血族と侍の血族たちで祭ったそうです」


 鮫島は実に気分の悪そうな顔で俺への説明を終える、月島が教えてくれようとしたが止めた理由がよくわかった。


「しかし異形は巫女の髪に封印されたんだろ? なんで今更出てくるんだ?」


「凄く言い難いんですけど日本人が悪いんですよね」


 おう、何か急に範囲が広がったな、村規模の話が急に国規模の問題になったぞ。


「天利さん小説読んだり映画見たりします?」


「あんまり……読まないなあ」


 自慢じゃないが趣味なんて無い、割と無味乾燥な人生を送っていると言われると否定は出来ない、いや否定したいんだけど流行とか追いかけるのが実にめんどくさい。


「最近の作品傾向って昔の愛と勇気と友情でーみたいなのは無くなって、登場人物たちを不幸のどん底に落とすのが流行りなんですよ」


「何その流行り、頭おかしいんじゃないか? 日本人って俺も日本人だけどそこまで陰湿だったのか?」


「うーん、美味しい物でも食べ続ければ飽きるってやつですね、まあ基本的にそういう物が蔓延したら早い話負の感情ってのが日常に溢れるわけですね」


 巫女の髪封印されているのは云わば負の感情の塊、外部にそれが満ちれば呼応するようになる、だがそれだけで封印から出て来る事が出来るならば、日本各地に伝わるヤベー妖怪とか実際にぽんぽん出て来そうだが。


「ああ、そうですね、天利さんが多分考えている通り、それだけが原因じゃないんですよ」


「聞きたくない」


「所謂チャラ男って奴ですか? あれが祭事に関わる重要な女の子誑かしちゃって」


「日本男児ってここまで救いよう無かったっけー!?」


 いや、俺もクズ親父の血を引いてるから人の事言えないんだけどさ、ともかく、諸々悪い要因が重なって封印が解けてしまったと、不幸中の幸いだったのは祭りを行う巫女の命日位にしか影後女は現れない事だった、しかし。


「ええ、祭りは明日ですね、だけど既に現れたって事は……」


「封印が弱まっている、てかナチュラルに襲われた時点で封印もクソもないよな」


「まあ僕と天利さんってある意味それが想定されて呼ばれてるんですけどね」


「もしかしなくてもあれか、影後女たちをこの地に留めて置く為のエサか」


 正解ですね、そう言って笑う鮫島の隣にも影の女がいる、他にも数体見えるがもういつもの見えておりません、のスタンスを貫く。


「下級の影後女は僕には見えないんですねよね、多分そこら中にいるんでしょうね」


 月島は見る事も攻撃する事も出来るが、影後女の対象にはならない。


 鮫島は強い影後女しか見えないが攻撃出来る、影後女の対象である。


 俺は全ての影後女を見る事が出来るが、影後女の対象である。


「…………あれ、もしかして俺が一番やばくね?」


「天利さんってこういう時無駄に勘が良いですよね」


 やめろ鮫島生暖かい目と笑顔で俺を見るんじゃない、何で俺には鮫島や月島みたいな力が無いんだ、いや、まあ2人のやっばい過去を森重から聞いてるから贅沢言えないんですけどね、2人の過去からしたら俺の過去なんてろくでなしの親父がいる程度だからね!


「まあ、別に餌と言うわけで僕と天利さんが選ばれたわけじゃないですよ」


「慰めはいらねーよぉ……」


「僕と天利さんが一番会社の中で女性というものを忌避しているからですね、天利さんの理由は知らないですけど、僕は多分生涯を女性と共に過ごす事は出来ないでしょうからね、ああ、別に同性愛とかそういうのじゃないですよ」


 寂しそうな、でも優しげな顔で言う鮫島に、俺は悪態をつくのをやめざるを得なかった、人間が出来てるってこういう奴の為にある言葉だと思う。


 気がつけば周りにいた影後女はいなくなっていた、何でいなくなっていたのか最初はわからなかったが、振り返ると遠巻きにこちらを窺う影後女たちの姿が見えた。


「天利君……?」


 俺の腕をがっちりホールドしていた月島が、いや、今も現在進行形でがっちりホールドしている月島が影後女たちの方を見てから俺を見上げる。


「生きてたのね月島」


「影後女になってほしい?」


「嘘ですごめんなさい」


 月島が静かだった理由、影後女が闊歩する中を突っ切って来たから、月島は超ですまないレベルでお化けとかそういう類が苦手だ、物理攻撃をして倒せるのにも関わらずにだ、天は二物を与えても三物は与えなかったらしい。


「2人とも、わかりあっているからイチャイチャしていると置いていきますよ?」


 呆れ顔の鮫島が俺と月島を見ながら言う、なんて言うか短時間で鮫島の様々な表情を見た気がする、以前はもっと表情筋が乏しかった気がするが、何かがあったのかもしれない。



==========================



 天利さんと月島さんって本当に付き合っていないのだろうか?


 そう思えるくらいには2人は親しげに見える、森重さんの話だと天利さんは淫魔みたいな父親の所為で恋愛観が歪んでいるらしい、まあ僕も諸悪の根源は討ち果たしたものの、普通の恋愛を出来るかと言うと無理な気がする、いや、多分僕は生涯一人でいるだろう。


 僕は失いすぎてしまったのだ、殺したはずの糞兎がどこかで笑っている気がして頭を振って霧散させる、今は仕事をするべきだ。


 今回の仕事の切り札の月島さん。


 そして影後女に対して絶対的なジョーカーとなる天利さん。


 森重さんには黙っていろと言われてるから教えていないけど、天利さんの眼は普通の見えるだけの眼ではないらしい。


 サトリの眼。


偽る者を見抜き、暴き出す眼、さっきの月島さんに化けていた影後女、僕には月島さんにしか見えなかった、だから多少雰囲気が変でも行って良いかと聞かれて首を縦に振ってしまった。


 多分それが僕と天利さんの部屋にあいつが来た理由だろう、よく妖怪とかは招かれないと入れないのがいるらしいし、しかし正体を見抜かれるとまでは影後女も思わなかったのだろう。


 森重さん曰く。


『君と天利君ならいかなる誘惑にも勝てるだろう、特に天利君は理想が高いからまず大丈夫だろうな……ただ、彼には身を守る手段が無い、だから君が守るのだ』


 僕は天利さんを、彼を守れるのだろうか。







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