6.生霊と死霊とドッペルゲンガー
人は己の内に違う己を持つという、どっかの心理学者が言ったとか言わないとか。
出来る事なら俺、天利孝はその違う己に代わってほしい、是非とも今。
「先輩先輩、何をそんなに照れてるんですか」
「照れてるんじゃなくて打ちひしがれてんだよ」
他人からするとお洒落ショッピングモールのカフェの片隅、俺の目の前で超ジャンボ50センチパフェを攻略している鷹瀬麻美にそう返すと、鷹瀬は不思議そうな顔する。
「先輩くらいのレベルだと、普通こんな可愛い女の子とデート出来ないですよ? もっと幸せそうな顔してくださいよー」
「悪かったなレベル低くて」
そう、別にデートじゃない、ネットで注文するよりも買いに行く方が安いから、という理由で備品を買いに来ただけである、隊長が鷹瀬を連れて行くと店のおっさんがおまけしてくれるから、という理由でいるだけだ。
「ああっ、先輩ウソウソ大好きです愛してますから拗ねないで」
「めっちゃなめくさってるよな俺の事、買うもん買ったし俺は帰るぞ、何が悲しくて明けに尊敬の欠片もない後輩のお守りをせないかんのだ」
伝票を掴んで俺はさっさと席を立とうとするが立てない、腰が上がらない。
「逃がしませんよ先輩」
にっこり笑顔の鷹瀬が俺の腕を掴んでいる、掴んでいる鷹瀬の腕からは逞しさのオーラを感じる、というか何で俺動けないの。
「今日こそ先輩と、あらうっかり調子が悪くなって先輩そこで休みましょうああそんな先輩私きゃー!」
こいつの頭の中の俺は一体に何をしているのだろう、いや考えてはいけない、考えたら負けな気がするから思考を一時停止、再起動する。
「別に俺は鷹瀬の頭の中がお花畑でも、俺に何の害も無いなら構わないが」
「人の頭の中をラフレシアの花園みたいな言い方しないでくださいよ」
「違うのか?」
「ハエトリ草とウツボカズラですね」
「こえーよラフレシアよりタチが悪いじゃねえかよ!」
以前の鷹瀬は何だろう、無害なわんことかそんなイメージだった、なのに今はどうだ、名に違わぬ猛禽類のような肉食女子みたいに。
俺はいたいけのない草食獣だ、うん、いやまてそれだと鷹瀬に食われるから駄目だ。
「わかったわかった、鷹瀬は明日シフト入ってるから、遊ぶとしても無理の無い範囲だからな……」
俺はとりあえず離してもらう為鷹瀬に従う、すると鷹瀬は意外そうな顔で俺を見てくる。
「先輩、前は警備の護身術フルに使って逃げてましたよね? 何か心変わりが?」
「特にそんな物は無い、強いて言うなら諦めの境地というものを悟っただけだ」
嘘だけどな。
本当はこいつの体の傷は癒えても、未だに見知らぬ若いナンパ男に声をかけられると以前の事件がフラッシュバックするのか、動けなくなってしまうのを知っているからだ。
「それともお前は逃げて欲しいのか?」
わざとらしく向き直って俺の腕を掴んでいる、鷹瀬の腕を掴む、途端に鷹瀬は赤面して俺の腕を離す。
「先輩……ずるいです……イケメンじゃないくせに」
「イケメンじゃないと許されない世界とかクソくらえ」
まあイケメンじゃない方が生きやすそうではあるんだが。
俺は基本構われたくない、もうあれなんだ、普通の女の子と普通の恋愛をして普通に結婚して普通に老いていく、なんて人生は好んでいない、正直な所、親父の血筋を絶やす為に時々テレビで話題になるような孤独死で良いと思っている。
基本的に親父はクソである、初対面か知り合ったばかりの人間は俺の親父嫌いっぷりに怪訝な顔をする、だが俺の事情を聴くと、10人に6人くらいは納得してくれる。
あれは俺が高校生の頃の話だ、確か夏休みの事だ、親父は出張でいなくてお袋と居間でのんきにそうめん啜ってた、夏はやっぱりこれだよねって笑いながら話してたが、そこに予期せぬ来訪者が来た。
年の頃とは俺と変わらない女の子が訪ねてきた、もちろん俺の同級生じゃないしお袋の知り合いの娘ってわけでもないが、女の子がこちらに差しだして来た紙袋から親父のお気に入りのワイシャツが出てきた、確か勝負服とか言ってた気がしたなあなんて思ってたらお袋のこめかみに青筋が……。
「……さんには大変良くして頂いて」
すいません、恋する少女の様に顔を赤らめながら親父の話するのやめてもらって良いですかね、お袋! ステイ! この子に罪は無いぞ! あのぼんくら種マシンガンの親父が悪いんだぞ!
俺は親父が出張でいない事を伝え、来た事はちゃんと伝えるからと言うと、少女はとても悲しげに肩を落として帰っていった、ねえ親父ほんとになにしたの。
ちなみにその後俺の食っていたそうめんは空の旅に出かけて俺の腹に収まる事は無かった。
思い出すだけでも胃が痛くなる。
本人に自覚が無い、本人は普通にしているつもりなのである。
色魔か何かが憑いてるかと思ったけど、そんな事もなかった。
回想終了、今夜はそうめんかひやむぎにしようそうしよう。
「先輩?」
俺が俺的黒歴史を回想してる間に鷹瀬はパフェをたいらげていた。
どこに入ったんだろあの量、まあ乙女には別腹があるらしいからそういう事にしておいてやろう。
「食い終わったなら行くか、領収書出してもらえば経費で落とせるから俺が会計しとくぞ」
「あっ、先輩待ってくださいよー」
俺は商業施設とかショッピングモールってやつが嫌いだ。
仕事で来る分には良いが私用ではあまり来たくない、理由は物凄く簡単だ。
「合計で3101円になります」
俺の目の前でレジを打つ綺麗なねーちゃん、その横にはどこぞの高校の女子の制服を着たボロボロぐずぐずに腐った何か。
『しねしねしねしねしねしねしねねねねねねねねねねねねねねねねね』
めっちゃ呪詛の言葉吐いてるんだけど、ねえおねーさん何してくれてんだよ。
「こいつで、後領収書お願いします」
トレーに3101円乗せてそちらの方には目を向けない、目を合わせたらアウトだ。
領収書にうちの会社の書いてもらい受け取りさっさとその場を離れる、怪訝そうにする鷹瀬に理由を話すべきか悩みやめる、何でか鷹瀬にくっついてきてる、ねえなんで来るのかなあ。
『見た見た見た見たみたみたみたみたみたたたたたたたた』
たまたま目が合ったからついてきたんかーい、多分実際には見てないんだろう。
「鷹瀬、レジの後ろに何か面白いものであったのか?」
「えっ? ああ来月から新パフェ登場って広告があったから見てただけですよ?」
鷹瀬の言葉を聞くと腐った何か立ち止まる、時間にして10秒程したらレジにまだいたおねーさんとこに戻って行った。
異形はあらゆる所に現れる、不特定多数の人間が多い場所程多い、職場のオフィスビルは何故かいないのが不思議だがとりあえずそれは置いておく。
「何ですか先輩? まさかまた一緒にデートしたいとか?」
「デートじゃなくて買出しな、後俺は家から出たくないから」
「きゃっ♪ 自宅デートがしたいんですね、それじゃあその日は準備してから行きますね」
「どう解釈したらそうなる……まあ行くぞ」
俺と鷹瀬は店を出てとりあえず歩く、特にどこのお店に用事かあるとかそういう事は無いので、鷹瀬が立ち止まって気にした店に入っては移動の繰り返しをする。
「ねえねえ先輩、私たちって傍から見たらどう見えてるんでしょうね?」
「兄と妹じゃね、ワガママな妹がやる気の無い兄を荷物持ちにつれてきてる」
さっきの鷹瀬の言葉を蒸し返すわけじゃないが、自慢じゃ無いが俺の顔面偏差値は高くないと自負している、普通かちょっと目つきが悪いから減点くらい、中の下ってくらいだろうか。
「兄と妹……近親相姦とか燃えますね」
「燃えないよ!? お前の脳味噌どうなってんのさ!?」
「言い方が酷いですよー先輩、別に先輩がお兄ちゃんだったらとかそういうのじゃないんです」
俺じゃないなら良いだろう、というか鷹瀬が実は腹違いの妹とかうちの場合普通に可能性があるから恐い。
「本当に、本当にですよ……二人の心が重なり合って両想いなら、兄妹でも良いと思うんですよ」
「ほう……」
「お互いがお互いの事が必要で、想い想われ添い遂げるのって素敵な事だと思うんですよね、今の世の中って家族の結び付きが薄いじゃないですか、やれ奥さんをDVがエスカレートして殺しちゃったとか、やれ子供を躾と称して殺しちゃったとか」
まあテレビをつけてニュースを見ていれば週に一度は聞きそうなくらい、最近そういうニュースが多い事は否定出来ない、何が原因とか言われると俺にはわからないが。
「最初は愛がちゃんとあったのかもしれません、だけどいつの間に無くしちゃって、本当はパートナーと探すべきなのに、パートナーに知られる事が恐くて言い出せなくて、いつか関係は歪になって悲しい結末となってしまう」
「まあな、無くしちゃいけないものを無くしたらなあ」
「人間はカンペキじゃないんですよね、カンペキじゃないからこそ人間なんだと思いますけど、あっ、ちなみに日本は近親相姦って実は罪にならないですから、ドイツとかだとなるらしいですけど、だから同意の上ならずっこしばっこしやっても倫理以外はなんの問題も無いんですよ」
「ちょっと鷹瀬の事感心したのに最後の一言で台無しだ、ねえ俺の感動を返して」
「チッ、それとなく倫理を崩せば先輩のガードが下がるかと思ったのに」
その一言のおかげで俺の心はピーカブーガードだよ。
「それで、何で急に他人から見てとか気にしてんだ?」
「いや、恋人同士に見えるかなーって」
「見える奴には見えるし、見えない奴には見えないだろ」
「先輩にはどう見えます?」
「当事者の片割れだからワカンネ」
客観的な視点について当事者に聞かれても答えようが無い、多分嘘でも良いから恋人同士見えるって言ってくださいよとか言われるんだろうな。
「そういう時は嘘でも良いから恋人同士に見えるって言ってくださいよ」
俺はヤバいもんは見えるけどエスパーではない、エスパーだったらもっと楽に……いや楽に生きれないな多分。
気がつけば俺と鷹瀬は夕日によって茜色に染め上げられたテラスに来ていた、休憩がてらそこら辺のベンに腰掛ける。
「そういえば先輩は彼女っていないんですか? ほら幼馴染とかラノベ主人公の負けヒロイン的な」
「オンナがいたらほいほいお前と買い物なんて出来ねえだろ、幼馴染を負けヒロイン言うなし」
寝取られたと言えば語弊はあるが、まさか俺の親父に片想いがずっと続いていて現在進行形で続いていて、そのおかげ結婚も浮いた話も無いとか言えない。
「まあ、なんだろうな、そういうものには恵まれてはいないな」
親父の事を話すと楽なんだけどな、何でだろうか、鷹瀬に話して親父に興味を持って欲しくない、いやなんでかわからないけど。
「何ですか割と寂しい青春だったんですねえ」
寂しいって言うな、自覚はあるんだから。
「恋愛してたら楽しい青春ってのも疑問に思うがな、っと」
俺は隣に座っていた鷹瀬の肩を掴んでぐっと自分の元に引き寄せる。
「ピエッ!?」
「おう、寂しい青春送った先輩を慰めてくれや」
奇声を上げる鷹瀬の耳元で囁きながら、ベンチの端を見てる振りをしてそれを見る。
くたびれたスーツの男、首から上は影が渦巻くように歪んでいる、渦巻く影の上をごちゃごちゃに顔パーツが動いている。
『ハァ……ナニガダメダッタンロウ』
男が溜息をつくと生臭い臭い鼻腔をくすぐり、吐き気を催すが飲み下す。
『アァ……ナニガダメダッタンロウ』
男は同じ言葉を繰り返すと今度はブルブルッと体を震わせ、黒ずんだタールの様な液体をテラスの床に撒き散らす。
じゅぅーと液体が落ちた所から音がするとほのかに焦げた臭いがする、こいつは関わっちゃいけない奴だ。
『ナアドウオモウ?』
男が体を不自然に曲げて俺の方に体を向けてくる、俺はそれに答えない様に、奴を視界の端に入れつつ鷹瀬を見る、鷹瀬は目を見開いて硬直している、やっちまったかなと思ったが、恐怖の色は無いのでトラウマで動けなくなってるわけではなさそうだが。
「なあ鷹瀬」
「え、えとあの慰めると言うのはつまり」
「わかってるなら話が早いな、是非ともお願いしたいんだが」
もう片方の腕を鷹瀬の腰に回し、鷹瀬を抱き寄せるようにして俺の方に引き寄せる、でないと奴がこちらに体を向けた所為でとんでくる液体が鷹瀬にかかってしまうから。
「こ、こんな、しかも外でなんて」
俺の腕の中で身動ぎをさせつつも拒否するそぶりはない、状況的に嬉しいのだが心情的には非常に嬉しくない、後でどーしよ。
『アデエ? ミエテナイノカー』
男はつまらなさそうに体の向きを変えると。
一番近くの柵を乗り越え。
そのまま。
落ちた。
ほんの一瞬の事だったろう、だがとてつもなく長く感じた。
そこからの俺の行動は褒めて良いくらいに早かったとは思う、俺は鷹瀬を連れてテラスから館内に戻ると階段を駆け下り、建物から出て出来るだけ離れる、鷹瀬が何かブツブツ言っていたが駅前まで来た所で別れを告げる、凄く不満そうだったが。
「今度はちゃんとデートだ、買い物のついでじゃなく鷹瀬と向き合って一日を過ごしたいから」
真っ赤な顔して鷹瀬は絶対ですからね! と言って上機嫌で帰っていった、チョロインとか絶対に思ってないからな絶対な。
人の形をした異形を一日二体も見たのは久しぶりだ、俺の知る限り人の形がしっかりしていればしているほどやばいんだが……何か今日は酷く疲れたので帰ったらすぐに寝るとしよう。
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今日はとても良い日だった。
だから私はお礼をしなければいけないと思った。
「こんばんは、バケモノさんたち」
真夜中のショッピングモールのテラス、私と異形2人は相対していた。
『しねしねしねしねしねしねしね』
『アア、ヤッパリミエデタンダネエ』
昼間に麻美を通して見た2人、向こうは私見られてると認識した、だけど孝さんが上手く取り繕ってくれたからそれを誤解と思ったらしい。
『ころすころすころすころすころすころろろろろろろろす』
『フフフ、コンドハマチガエナイカラネ』
まず男の方が私に近づいてくる、殺したくて取り込みたくてたまらないのだろう。
もしかしたら性的に辱めたかったりもするのかも知れない。
でも残念。
「私、とてもお腹が空いてるの」
私の両手が男の頭を捕らえる、形なんて無さそうな男の頭、だけど私は掴む事が出来る。
『だからね、いただきます』
普通の人間の口があるあたりに私は自分の口をつける、そして。
ズッ、ブチブチブチジュルルルルッ!
男の体が私を拒絶するよう跳ね、震え、また跳ねる。
でも逃してあげない、逃してあげるわけが無い、孝さんに無駄な気を遣わせて存在してられると思っている方がおかしいのだ。
ゴクッゴクッゴクンッ
『ぷはっ、まあまあね』
もうそこに男の存在を示す物は何も無かった、全部全部平らげた、ぜーんぶ私のお腹の中。
『ねえ、どこに行くの?』
私は先刻までそこにいて、今まさに逃げようとしていたもう一人に声をかける、あれ程腐ってぐずぐずぼろぼろのだったそれは、いつの間にかそこら辺にいる所謂ギャルみたいな見た目になっていた。
『私の大切な人の害に少しでも成りえてしまったのに……まさか逃してあげるとでも?』
恐怖を顔に貼り付けて、逃げる事も出来ずあたしに髪を掴まれるとそこで我に返ったように暴れる。
『やだ……やだやだやだやだごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
『あら貴方、私と同系統なのね』
掴んでわかった、これの大元はまだ生きている、多分ここでこれをどうにかすると、大元は良くて植物状態か悪くて死ぬだろう、別に生かしておく義理もない。
『いただきます』
ブチュンッ
『なーんてね、逃げて良いわ、というか自分の体に帰りなさい』
きまぐれだった、誰かが不幸になっても別に私は痛くも痒くも無い。
『恋敵に怨念を送ってる暇があったら、その分も全部ぶつけなさい、そうして勝ち取るの』
私の大元が勝ち取れていないので説得力は無い、だけど私の言葉に少女は何度も頷いて消えていった。
腐った見た目は本人の心が腐ったが故の見た目だったのだ、本来の自分を取り戻せたならそれはプラスに働くだろう、随分とお優しくなってしまったな私は、一体誰の所為だろう。
『孝さん……』
私は夜空を見上げて未だに私が虜に出来ない男の名前を呟く、彼が欲しくてたまらない。
だけど頑張るのは私じゃなくて私だ。