5.因幡の白兎
今回は天利ではなく、第3話蛇女で登場した鮫島が主人公です。
鮫島狂司には片想いの幼馴染がいた。
しかし、中学生の時に目の前で同級生と先輩に慰み者にされて自殺した。
鮫島狂司には支えてくれた妹と姉がいた。
しかし、高校生の時に誘拐され暴行され殺された。
鮫島狂司には想いを共にする先輩がいた。
しかし、大学で再開した時には薬と性行為に溺れて狂司の心を傷つけた挙句事故で亡くなった。
鮫島狂司には優しい両親がいた。
しかし、父親の不倫で母親は捨てられ、憎悪に狂った母親は自殺した。
鮫島狂司の過去を知る人間は、神がいるなら余程に彼の事が嫌いなのかとても陰湿なのだろうという。
鮫島狂司はそう言ってくれる人たちに言う。
「別に良いんじゃないですかね、もうなんもかんも諦めてますんで」
僕、鮫島狂司にとっては世界にもう色は無く、ただただ空虚な灰色だった。
ゆっくりと視界がはっきりしてくる、目が覚めたのだと認識して時計を見る、時間は午前5時、起き上がってシャワーを浴びに行く。
熱い湯が体を伝う感覚に自分はまだ生きてるんだなと自嘲気味な笑いが浮かぶ。
風呂場から出て、タオルで体を拭きながら鏡を見る、繰り返し見る悪夢の所為でいつの間にか目元は荒み切って気怠そうになり、あくびをする口から見える歯はサメの様にギザギザしている。
にいって笑ってみる、うん気持ち悪い、僕はいつも通りマスクつけた。
『トリックオアトリート! お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞー』
頭に猫耳や小悪魔の角をつけた可愛らしい女子小学生たちがお菓子をねだってくる、今日はハロウィンだ、受付横に置かれたバスケットから飴を取り、一つずつ子供達に与える。
「鮫島君準備良いっすねー、俺なんかがきんちょ達にあげるお菓子なんて用意してないっすよ」
受付の中でいかにも軽そうな青年、時任雄二はふざけた感じに言う。
「父母の方々にお願いされたからさ」
次の子供集団がこちらに来るのが見える、そう、僕と時任が勤務しているのは私立立花女学院……の初等部の正門横の受付。
『トリックオアトリート! お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞー』
合言葉の様に繰り返される、いや、実際これがハロウィンの合言葉何だろうけどさ、僕は手早く先程と同じ様に子供達に飴を与える。
「あーでも何で俺達初等部なんすか、高等部や大等部の警備に就きたかったっすよねー」
時任が残念そうに言う、多分そういう事を言っているからだと思う、とは思ったが口には出さないでおく。
「まあ、別にどこでも仕事は変わらないから良いんじゃないかな」
「変わるっすよ鮫島君! おつなぱいが! ぷりとしりが! 目の保養は大事なんすよ!」
うん、彼は一生ここか下手すると異動だろうなあ、実は学院の方から高等部や大等部の警備の方の配置してもらえないかと、推薦をもらっているのは黙っておこう。
「ここの子供達も天真爛漫で癒しになるんじゃないかな?」
「鮫島君ロリコンなんっすか、ペドは犯罪っすよ」
「いや、なんでそうなるのさ、僕は社会常識的に健やかに成長する子供達は尊いと言ってるだけだよ」
さいですかと時任はそれ以上はつっこんで来なかった、前の殺伐として色々考えないで済む交通現場も嫌いではなかったが、今のこの穏やかな現場が好きだ。
「あ、あのぉ……」
時任と話していて気づくのに遅れた、足元からした声に視線を向けると僕の腰辺りに揺れるウィッチハット、いつの間に近づかれたのか、僕は飴を一つ取るとしゃがんで少女と目を合わせようとする。
雪の様に白い髪に紅玉の様な真紅の瞳、アルビノって本当にいるんだな……思わず見とれていた僕に少女はもじもじして瞳をきょろきょろさせ、やがて意を決した様に言う。
「と、とりっくおあとりっく……」
「はいどうぞ……えっ」
間違えたんだろうなあ、僕は気にせず飴をあげようとする、しかし少女は受け取らずふるふると首を横に振る。
「けーびいんのおにいさんにいたずらです」
ひしっと飴を持っていた手を掴まれて、と、この時点で凄く嫌な予感がして僕はくるっと回して少女の手を離させると、代わりに手を取って手のひらに飴を乗せてあげる。
「大人をからかうもんじゃないよ……ほら、ハッピーハロウィン」
笑顔を向けてあげると女の子は耳まで真っ赤にして、ぴゅーっと走り去ってしまう。
「鮫島君やっぱロリコンじゃん?」
「時任君、グーで殴りますよ?」
「ごめんなさい」
けらけら笑う時任に僕は溜息をつく、僕はここで選択を間違っていた。
もっと少女に冷たくしておくべきだったと。
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二週間後、僕は学院側の希望により初等部の正門警備から高等部正門警備に回されていた。
と言っても道路挟んで向かいが初等部の正門なんであんまり変わった気がしない、時任の視線が時々痛い程度だ。
時任にしたら羨ましいのかも知れないが、まあ大きなマスクして目が死んでる警備員が立っていても、高等部の生徒さんからは。
きしょい。
とか
きもい。
とか
ヤバそう。
とか、結構酷い言われよう何だけどね、時任はもしかしたらそういう趣味なのかも知れない。
まあ別に気にしないから良いんだけどね、それより気になるのは。
「けーびいんさん、おつかれさまです」
この前のアルビノの少女、名前は確か夜野シズメだったか、わざわざ登校と下校の時、僕の所まで来て敬礼をしに来る。
「ありがとうございます」
答礼をしてあげると花が咲いた様に笑う、それを見てから。
「はい、それじゃあもう日が落ちるのが早いから早く帰ろうね」
時刻は午後3時半、別段まだそれ程辺りは暗く無いが日は大分傾いている。
「けーびいんさんつめたいのです……しずめがかよいづまをしてるのに」
誰ですか通い妻なんて単語を教えたのは、事と次第によっては殴りますよ。
「夜野ちゃん、そんな言葉どこで聞いたのかなー?」
「おかーさんだよ!」
奥さん何考えてんですかね、あれですか僕をクビにしたいから娘さんを送り込んできてるんですか、そうですよね、そうとしか考えられない。
まあ如何にもヤバそうな警備員と初等部の子が一緒にいたらヒソヒソされるよねえ、いやお願いだからさ、その人を変質者を見るような、あっ逃げられた。
「僕クビになるのかなあ……」
「けーびいんさん、くびになっちゃうの?」
「いや、問題起こしてないからならないと思うけどね、ほらそれより遅くなるからお帰り」
邪険に扱いたくは無い、だけどこの子にかまけてるのも問題だ。
幸いにして色々言うけどこういうとこの子は帰ってくれる。
「はーい! それじゃあけーびいんさん、またあしたねー」
夜野はそう言うと道路を渡って向こう側の歩道に行く、交通量はそんなに無いけれど、確認してから渡ってほしかったりするのは僕の願望だ。
「鮫島君は人気者だね」
「そう思いますか細井さん」
僕を人気者だと言う声に一瞬視線を向ける、細井茜、この現場の総合隊長、快活な女性、というのが僕のイメージだが。
「ここの女の子たちってどうにも仮面を被ってるイメージがあってさ、あのこはその点そんなものつけないで君に会いに来てるからね」
「そういうもんですか」
「大事にしてやるんだよ」
今日は何か含みのある感じだった。
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それからまた二週間が経った、秋も終わり空気は冷えてきた。
吐く息は白く、冬の訪れを示している。
「きょーじさん、おはようございますつきがきれいですね」
「はいおはよう、今はそして朝だよ」
僕の防寒コートくっついてる白いもこもこ、もとい夜野を引き剥がすと道路の向こうの正門を指差す。
「夜野ちゃん、早く行かないと遅刻しちゃうよ?」
「だいじょーぶ、まだじかんはあるのです」
時間はまだ8時を回ったばかり、確かに時間に余裕がある、登校する高等部の生徒の中は夜野を見てかわいーとスマホで写真を撮り、なんか操作してるから僕を削っているんだろう。
「えへへ、わたしたちまわりからどうみられてるんですかね」
「警備員と生徒さんじゃないかな」
「ふぇっ!?」
何で驚いてるんだろうこの子は。
「てっきりこいびとどーしにみえてるかと」
「僕にそういう趣味は無いんだけどね、ほらそろそろ行きなさい」
腕時計を見るそぶりをしてから促すと、夜野は不満そうに初等部へ二歩三歩と進み振り返り。
「きょーじさん、またあとでー!」
「はいはい、いってらっしゃい」
運命と言う奴は時に残酷で、どうしてそんなに牙を剥くのか僕には理解出来なかった。
僕はここ一月ほど酷く油断していた、神様が僕を嫌いな事を忘れていた。
一瞬夜野の背中に見えた黒いモノが悪いモノと理解できないほどに。
空から降る白い粒が季節としてはなかなかに早い冬を実感させてくる。
「雪の予報なんてありましたっけ細井さん」
「いや、今日は一日快晴のはずだが……」
「融雪剤出したほうが良さそうですね」
「そうだな、すまないが頼む」
僕は細井から鍵を受け取ると倉庫に向かう、確か去年は大雪だったらしいから今年は多めに置いてると聞いていたから数はあるだろう。
「これだけ積めば良いかな」
20キロの融雪剤が入った袋を台車に二つ積み倉庫を後にする、がらがらと台車を押しながら正門まで戻ってくると、道路の向こうに白いもこもこが見える、どうやら僕の姿が見えなかったので時任に聞いてるみたいだが、僕に気づいたのだろう、笑顔で手を振りながら道路を渡って……。
「危ない!」
時任の叫び。
同時に鳴るけたたましいクラクションの音。
立ち止まる夜野。
それを暴力的に弾き飛ばす鉄の塊。
「夜野ちゃん!」
僕は台車を放って走る、夜野は少し離れた所に倒れていた。
それが間違っている事だとはわかっていても僕は夜野を両手でそっと抱き上げる。
「夜野ちゃん!」
「きょー……じさん?」
僕の呼びかけに夜野が虚ろな目でこちらを見る。
「どーしたんか、あわてんぼさんみたいにー」
「時任さん救急車!」
言った時には時任は既に救急に連絡している、その間にも見る間に夜野の真っ白なコートが真っ赤に染まっていく。
どうしてこの子がこんな目に遭わないといけないんだ、そう思いながら僕は夜野を轢いた車を見る、そこで僕は恐怖に顔を引き攣らせた細井と、その視線の先にいる異形に気づく。
そいつは一言で言えば歪な形の頭を持った骸骨だった、片手には匙を持ち、もう片方の手には……。
『きょーじさん?』
俺の腕の中にいるはずの夜野の首根っこを掴んでいた。
骸骨は愉快そうに歯をカタカタ鳴らす。
「どういう事だ……」
わけがわからなかった。
ただ僕の腕の中が急速に冷たくなっていくと同時に、骸骨の手の中の夜野の目が見開かれていく。
『きょーじさん! やだなにこれえ』
ぱたぱたと暴れる夜野、だが骸骨は夜野を離しはしない。
それどころか手にしていた匙を夜野の左目にあてがい。
ズッズズ……ブチュリ。
『いやあああああああああいたあああああああああ』
激しく暴れる夜野から左目を奪い取ると、匙に乗った眼球を口にする。
ぶちゅぶちゅと租借音と夜野の悲鳴が響き渡る、だがおかしい事に周りはだれもそれを見ない。
いや、見えていないのだ。
「細井さん……」
細井が僕の声に肩を震わせこちらを見る、細井は何かを知ってるのかもしれない、だけど今はそれを問い詰めてる時間は無いだろう、僕は冷たくなった夜野を細井に預ける。
「あれは、あれは君の力ではどうしようもないぞ」
「そうですか、でもやってみなきゃわからないですから」
僕にはこの世ならざるモノを齧り取る力がある、何でこんな力があるのかは知らない。
ただ不便な事に対象となる相手をすり抜けなければいけない、目の前の骸骨は動かないので自分から行かないといけない。
迷う事は無い、僕なんかの命で現状を打破出来るならば安いものだ。
命の価値を比べる事が出来たらこの世でもっとも価値がない命なのだから。
「その手を離せ骸骨野郎」
僕の言葉に骸骨は僕が自分を認識出来ている事に気づいたのだろう、カタカタ歯を鳴らしながら笑い、先ほどまで夜野の眼球だったそれを撒き散らす。
安い挑発だ、だけど乗ってやろうと近づこうとした瞬間、骸骨は泣き叫ぶ夜野を自分の前にして盾にする。
奴は僕の力は知らないだろう、だが僕を動けないようにする為に何をすれば良いかはわかっているらしい。
『どうした鰐野郎! 愛される俺様、この因幡の白兎様を散々にしたみたいに噛み付いてみせろよ!』
骸骨って喋れるんだ、と一瞬だけ思ってしまったが、すぐ変な思考をしそうになった。
なるほど何か人っぽい体の割には頭のが変なのは兎だからか、しかし兎に恨まれるような……。
「鰐野郎? 人違いだとか鰐違いじゃないのか」
『いいや違わねえな、てめえはあのいけ好かない鰐野郎の生まれ変わりだ、俺は未だにてめえと一族を欺いただけで生皮剥いで肉まで喰われた事をゆるしちゃいねえ!』
欺いただけって騙した事を棚に上げて酷い言い様だ、確か神話の話だが皮を剥いだだけじゃない事には驚いたけど、まあ次の骸骨の言葉で全てどうでも良くなったけど。
『てめえの幸せを全部奪ってやったってのに、また幸せになろうとしやがって、魚類のクセに生意気なんだよ!』
ブツッ
因幡の白兎はとても迂闊だった、騙す器量はあったのだ、だが相手を怒らせないという器量は持ち合わせてはいなかった。
「お前が……やったのか……」
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私、細井茜は所謂見える人だ、うちの会社にはそういった能力があるからという事で雇われてる人間が何人かいる、私の目の前で異形よりも異形の様な気配を放つ鮫島狂司もその一人とは聞いていた、だが。
「鮫島君……君は本当に人間なのか……」
まるで深海の底にいるような寒さを感じる、私が腕に抱く少女の冷たさとはまるで違う、鮫島が不意に腕を縦に振る、その瞬間匙を持っていた骸骨の腕がまるで上下からひしゃげて潰れる。
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」
ブツブツと呟きなら更に腕を振るう、次に骸骨の反対の腕が同じ様に潰され、ようやく自分に起きた事が出来たのか耳障りな悲鳴を上げる、それと同時に少女が解放されると私の腕の中の少女に温かみが戻ってくる。
「黙れ」
器用に骸骨の口だけが潰れる、完全に静かになるわけではないが耳障りな悲鳴は無くなった。
「あの世で神様と僕の大切な人たちに詫びろ」
一瞬見えた。
鮫島が骸骨を指差すと、道路の路面から飛び出す鮫が大口を開け、骸骨頬張り噛み砕く。
すると嘘の様に周りの音が聞こえてくる、時任の声、周囲の者達の好奇の声、車のドライバーの混乱した声、いつからか時が止まっていたかと思うほどの感覚。
「細井さん! 夜野ちゃんをこっちに!」
「あ、ああっ」
時任の言葉に私は腕の中の少女が傷だらけではあっても、生のぬくもりを完全に取り戻している事に気づき、歩道に敷かれたブランケットに夜野を横たえる。
振り返ると鮫島はまだ道路にいた、とても悲しげな瞳から涙を流して。
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僕は夢を見ていた。
何で夢とわかったのか、それは自殺した幼馴染が目の前で僕に微笑んでいたからだ。
『狂司ちゃん、暗い闇の底から助けてくれてありがとう』
唇に柔らかい物が触れたと思うと淡い光になって消える。
次に現れたのは妹と姉、彼女達も微笑んでいた。
『キョウ兄! ありがとう!』
『キョウちゃん、ありがとうね』
二人は僕を優しく抱きしめてくれる、温もりが僕を包むとやはり淡い光となって消える。
『狂司君……』
声に振り返ると高校生の時の姿の先輩がいた。
『ごめんなさい……本当にごめんなさい』
僕は先輩の頭に手をやり、撫でてあげる、先輩は僕の手に自分の手を重ね。
『ありがとう……』
先輩も淡い光となって消えた。
『狂司……』
何となく次はと思っていたが先輩の消えた向こうに母がいた。
『貴方が辛いのに傍にいてあげられなくてごめんね、お母さん凄く弱かった』
僕は首を横に振る、知っていたから、母が本当に耐えられるぎりぎりまで僕を見ていてくれた事を。
『これだけ大きくなってくれてありがとうね、狂司』
最後に母が淡い光になって消える、それと共に視界が真っ白になっていった。
「きょーじさん?」
紅玉の様な真っ赤な瞳が僕を見つめている。
「ああごめんね夜野ちゃん」
僕は夜野のお見舞いに来ていた、夜野の母親に是非来て欲しいと言われて会社からも行けと言われて。
僕が来ていいのかというのは甚だ疑問ではあったが、仕事明けに病院に言って名前を言うとあっさり病室を教えてもらえた、しかし僕が病室に入ると夜野は静かに寝息を立てていたので、ベッド横の椅子に座って待たせてもらおうと思った、その間に寝てしまったのだが……。
「きょーじさんだー!」
ベッドから飛び起きて、本当に文字通り飛び起きて僕の足を足場にして僕の首に腕を回し抱きついてくる。
「よ、夜野ちゃん、ダメだよ安静にしてないと」
慌てて僕は夜野を引き剥がそうとするが、まるで万力で挟んでいるかのように離れない。
「きょーじさんはきょーじさんだよね」
耳元で囁くように夜野が聞いてくる、どういう事だろうか。
「わたしがこわいおばけにひどいことされたとき、きょーじさんがたすけてくれたのだけど」
「だけど?」
「きょーじさんすごくこわかった、きょーじさんじゃなかった」
「…………」
自称因幡の白兎の言葉に、あの時の僕は激昂していた、怒りを隠す事も無くぶつけた、それは幼い少女にはとても恐ろしいものに見えたに違いない。
「わたしにやさしくしてくれたきょーじさんだよね」
ハロウィンの事だろうか、そう思っているといつの間にか夜野にマスクを外されていた。
「ギザギザトゲトゲのは、きょーじさん!」
この子に僕の歯を見せた事があったっけ。
ああそういえばなんか、ああ。
思い出した、僕はこの子にハロウィンより前に会っている。
夏休みが始まる少し前、正門の所で泣いている女の子がいて、真っ白な髪なんて珍しいな程度にしか思ってなくて、何で泣いてるか聞いたら正門の門柱の飾りに引っかかった麦藁帽子を指差し、意地悪されたと言ってたから取ってあげたんだっけか。
歯を隠すよりも暑さがつらいからマスクをそう言えば外してたんだよな、あの時は。
「きょーじさんはおじょうさんどうぞってやさしくしてくれたから、それからきょーじさんはわたしのおうじさまだから」
帽子一つ取って懐かれるってスゲー世界だなおい、そう思っていたけどアルビノの夜野はその容姿からいじめられていたと聞かされるのは少し後の話だ。
夜野は愛の告白したかのように顔を真っ赤にするときゃーきゃー言いながらベッドに戻って掛け布団頭から被る、いちいち動作が可愛いやつめ。
色々一段落して僕に平和が訪れたと思って良いんだろうか、墓参りを久しぶりにするかなあそんな事を考えて病室の窓から外を見ると、とても澄んだ青い空が見えた。
空に目が行っていた僕はそれに気づく事が出来ていなかった。
夜野の蒼い左目が僕を見つめていた事に。